第5話

 週が明け、月曜日となった。この日から、0時限授業が始まったのである。0時限授業とは学年主任の教諭が主催する、帰宅部生を対象とした、朝授業が始まる前と放課後の時間を利用した勉強会のことである。曜日ごとに教科が決まっており、たいてい授業の復習のプリントが配られ、集まった生徒がそれを解くということが行われる。部活動が行われる時間よりは短い時間で行われるが、原則遅刻も早退も禁止という方針である。月曜日は英語であった。放課後のその時間、良和はプリントを解きながら、美術室へ行ってみることを考えたがる心を何とか統制して、単語練習に集中しようとした。しかし、やはりいつも勉強するときのようには集中できなかった。

 0時限授業を終えて、良和は記憶を頼りに美術室へむかった。美術室は連絡塔の地下一階の一番奥の暗い廊下の先にあった。ドアが開いていたので、良和はそうっと覗いてみた。インクとニスと古い木材のにおいがした。部屋の中にはあの見覚えのある金髪の男子生徒が一人でいるのが見えた。他には誰もいなかった。金髪は立って教室の後ろのほうで腕を組んで絵を眺めているようであった。すらりと背が高く、痩せていた。良和が開いているドアの中央へ足を踏み出すと、金髪はさっと後ろを振り向いた。そして良和を睨みつけた。

「何だ君、なんの用だ」

「いやあ、用というか……」

「美術部員でもないのに放課後美術室の周りなんかうろつくんじゃない! 君のような奴とは一緒にいたくないものだな。不愉快だ」

「お前が中山静か? 」

「何で僕の名前を知っているんだ。君は見ない顔だが外部生か?僕は外部生なんかに用はない」

一瞬沈黙があった。良和は胃の苦しさを覚えた。静は良和の顔をじっと見て、こういった。

「ああ、君確か〝「た」なんとか〟とか言ったねえ」

「谷川だよ。覚えるならせめて「たに」くらいまで覚えておけよ」

「君ら雑魚どもの名前なんか一々記憶しているもんか」

「俺ら〝雑魚ども〟なの!? 」

「ああそうさ。君らなんか、学校の試験のお勉強しかできない無個性で不愉快な雑魚どもだ。不愉快な奴の条件を知っているか?不愉快な奴というのは、愚かであるか卑劣であるか、愚かな上に卑劣であるかのどれかだ。君は卑劣そうじゃないから愚かなんだろう」

 勉強の厳しさを少しは知っている良和は、自分が賢いなんて思ったことはないが、こんな頭の悪そうな、しかも初対面の不良なんかに愚かだとまくし立てられるのは腹立たしかった。しかし喧嘩をするのも嫌なので、とりあえず話を続けようとした。

「お前一人称「僕」なの? 」

「そうだけど何か文句あるか? 」

「文句はないけど……お前一人称俺の妹と一緒だよ」

「そうかい。結構な妹さんをお持ちなもので。それはともかく、僕は君なんかと話す暇はないし話す気もない。さっさと帰れ」

静は廊下へ出てきて、長い腕で良和の来た廊下の方をピンとさした。さすがの良和も愛想がつきた。こんな奴ともう話したりしない。良和は顔をそむけて帰っていった。

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