真ん中。
ハンバーグの付け合わせは。
幸福に心が緩んでしまったら、信頼や絆みたいな目に見えないものを信じてしまったら、甘えて寄り掛かって溶けて腐って、もう二度と立ち上がれなくなるのではないかと怯えている私を、彼等は知っているのだろうか。
「お姉ちゃん」
涼やかな声の主に合わせて目線を下げる。
「ごめんごめん、ボーッとしてた」
「大丈夫?無理しなくてもいいよ?」
「うん、大丈夫、続き読もう」
その物語はとても美しく、物悲しい人魚のお姫様の物語。私も彼女も大好きなお話だ。淡い色で彩られた絵本は彼女の宝物。それを読んであげるのがすっかり日課となっている。
「お、今日も仲良しだね」
「兄さ」
「お兄ちゃん!」
絵本を放り投げて駆け寄る妹の背中が眩しい。微笑む兄がその髪の毛を撫でてやる優しい手が眩しい。二人が連なって手を取り合う姿が眩しい。ああ、ここは本当に、眩しい世界だ。
「ただいま」
「……うん、おかえりなさい」
私はきちんと微笑んでいられるだろうか。こんなに歪で不器用な私でも。あの二人を不安にさせずに、いられているだろうか。
本物の義兄妹になってしばらくが経った。彼等はとても優しい。彼等はとても仲が良い。彼等はとても。……そう、とても、幸福そうだ。溢れんばかりの幸せを手にしている訳ではないだろうに、何故それほどまでに輝いて見えるのだろう。それはきっと、彼等だけの特別な繋がりが存在しているからだろう、と思った。素直にそう、思った。私にはない。寂しいけれど仕方ない。そんな恐ろしいものを手にしてしまったら、私はもう、ひとりで立てない。
拒絶も出来ず、縋れもしない関係に、存在価値はあるのだろうか。
なんて独りごちてみた所で、何も変わらない。変わる訳がない。分かっているんだ。私の勇気が足りないだけだって。でも今更どうしろってんだ。私は何も持っていないのに。
「お姉ちゃんっていつも遠くを見てるね」
「え、そうかな」
唐突な指摘に心が揺らぐ。
「うん、いつ消えてしまうか分からないから、こわい」
それはとても細く小さい叫びで、そっと私の心を抉る。ごめんなさい。あなたを傷付けるつもりはないんだよ。
「まぁまぁ仕方ないさ。僕らが兄妹になってからまだそんなに長い時間が経った訳じゃないんだ。ゆっくりでいいんじゃないかな」
兄の余裕に満ちた優しさが、ざっくりと私の感情を抉る。ごめんなさい。歩み寄ろうとしない愚かな人間で。
私だって、と喉が鳴る。あの頃にはなかった渇きが私を苛ませる。飛び込みたいよ、でも怖いよ、ひとりの方が、これじゃ、
「楽だったなぁ……」
「ん?何か言った?」
「ううん、何も。なんでもないの」
兄は言った。「あの子は大切な妹だから」
妹も言った。「あの人は大好きなお兄ちゃんだから」
それなら私は、と飛び出しかけた言葉を飲み込んで、そうなんだ、ふたりは仲良しだねって笑ってみせたのは、私だ。飛び込むのを躊躇ったのは、私なんだ。
分かっているのに募る孤独に名前を付けて飼い慣らせたなら、ここまで苦しむこともなかったかもしれない。大好きの気持ち、大切にしたい想いが膨らめば膨らむほど、彼等との溝を意識する。私は、あなたたちの側に、いけない。
「今日は何を食べようか」
「ハンバーグがいい」
「ならポテトサラダも付けないとね」
「にんじんの甘いのも」
「大根おろしの和風か、デミグラスの煮込みか、どっちがいい?」
「どっちも!」
「よし。じゃあどっちも作ろう。それで好きな方を好きなだけ食べよう。それでいいかな?」
妹と兄の考えた献立に微笑みながら、泣くのだ。
「うん、たのしみ」
彼等の内側を知ることが出来ない私自身を憎みながら、泣くのだ。私は自分を殺すことしか、できないのだから。
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