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 ノワールが話していた洞窟の場所を、アンジエールも心得ていたようだ。セシリアの足ならすぐに到着していたのだろうが、風や地吹雪に阻まれながら移動をしていると、思っている以上に時間が掛かってしまう。だが、アンジエールが千鶴の歩調に合わせて歩くことで、必要以上に疲弊することからは免れていた。

 そうでなくとも、常に気を張り、自らの身体に気を使い続けている。少しでもこの緊張感を解いてしまえば、必死に目を背け続けている現実に飲み込まれるのではないかと、千鶴は気が気ではなかった。

 アンジエールとノワールを囮に残して自分だけが逃げてしまったことも、自分を背に乗せ、導いてくれたセシリアを見殺しにしてしまったかもしれないということも、千鶴の肩に重く圧し掛かっている。それらすべてのことを、仕方のないことだったのだと受け入れかけている自分もまた、千鶴には許せずにいた。

 少なくともルミエールを助け出すまでは、絶対に自分を許してはならないのだと千鶴は思う。自分自身に気を許してはならない。緊張の糸が切れてしまった瞬間、襲い来る現実に飲み込まれて前に進めず、後ろにも戻れなくなってしまうような、そんな気がしていたからだ。


「大丈夫か?」


 洞窟に到着してからほとんど口を開かず、膝を抱えて座り込んでいる千鶴に、アンジエールが声をかけた。

 以前にもここで何度か休息を取ったことがあるらしく、その時に使用していたらしい毛布が置き去りにされていたのは、千鶴にとって幸運だった。たき火の燃えかすはそのままだったが、肝心の薪がなくては火を熾すこともできない。だが、薪があったところで、千鶴には火を熾せるだけのサバイバル力はなかった。

 しかし、毛布に包まってアンジエールに身を寄せているだけでも、十分にあたたかい。

 断崖絶壁、落下防止の柵さえない細い道を、後ろから風に煽られながら一人と一匹は歩いてきた。ノワールが教えてくれていた岩壁の亀裂は、ともすれば見逃してしまいそうなほど目立たないもので、アンジエールがここだと言って足を止めなければ、通り過ぎていたことだろう。

 千鶴の視線の高さまで、亀裂は到達していなかった。身を屈めてようやく、そこに穴が空いているのだと分かる。しかも、その亀裂は奥へ、奥へと伸びているようではあるが、どれだけ進んだところで、しばらくは延々と暗闇が続いているだけだった。

 アンジエールは亀裂に入りたがらない千鶴の背中を額で押しやり、早く行くようにと急かす。

 ここに身を隠せば、とりあえず風や地吹雪からは身を凌げるはずだ。そう思いながら、千鶴は腰を低くして亀裂に身体を滑り込ませた。それに続いて、アンジエールもほとんど伏せるような姿勢のまま、つっかえてしまわないよう慎重に後ろをついて来る。

 不思議なことに、いくらか進んだ辺りから、千鶴の目には周囲の様子がぼんやりと視覚できるようになっていた。当初は暗闇に慣れてきたからだろうと考えていたが、どうやらそうではないようだ。そもそも、この洞窟には外から光が差し込んでくるような隙間などない。

 アンジエールが言うに、この辺りの岩には特殊な鉱石が含まれていて、その鉱石は熱を得ることで、淡く発光する特性があるのだという。恐らく、千鶴たちの体温や息遣いに反応して、僅かな光を帯びているのだろう。

 更に奥へ進んでいくと、腰を屈めていなくても歩ける程度の空間が開けてきた。後ろをついて来ていたアンジエールでも、窮屈さを感じない程度の広さがある。もう少し進んだ先には、ぽっかりと開けた空洞が現れた。その場所が、ノワールが言っていた洞窟のようだった。


「うん、大丈夫。ありがとう」

「手がまだ痛むだろう」

「少しだけ。でも、さっきよりはずっと良くなっているから」


 無機質な岩肌に囲われているというのに、ここは妙に落ち着く空間だった。月明りのような淡い光が、気持ちを鎮めてくれているのかもしれない。

 ここへ来て、アンジエールが最初にしたことは、千鶴の怪我の手当てだった。もちろん、大きな前足を器用に使って薬を塗ったり、包帯を巻いたりしてくれたわけではない。ただ、べろり、と千鶴の怪我を舌で舐めたのだ。

 千鶴は一体何をするのだと素っ頓狂な声を上げたが、奇妙なことに、そうされた手の平の痛みは徐々に和らいでいた。話によると、アンジエールの唾液には治癒や鎮静の作用があるらしい。

 もはや、千鶴の知っている犬とは、あまりにかけ離れた生物だ。ここへ来て不可思議なことばかりを経験している千鶴には、まあそういうこともあるのだろう、というある種の寛大さが芽生えはじめていた。


「そんなことよりも」


 自らの怪我をそんなことと言い捨てた千鶴を、アンジエールは少しだけ睨むように見た。しかし、千鶴は構わずに続ける。


「あの人たちは何者なの?」

「元々はこの辺りを縄張りにしている山賊の類だろう。今はブランに金で雇われているものと思われるが」

「ブランってルミエールさんを連れて行った、頬に傷のある人?」

「愚かな男だ」


 アンジエールは言いながら鼻の頭に皴を寄せた。


「女王への忠誠心を失い、今では北の魔法使いに心酔している」

「北の魔法使い?」

「ブランが王と呼んでいる男のことだ」

「ここにはお祖母ちゃん以外にも魔法を使える人がいるの?」

「いることにはいる。だが、そう多くはない」


 今更魔法というものを疑おうとは思わない。道中、魔法とは何たるかという説明を受けていたこともあり、千鶴はその言葉に疑問を抱きはしなかった。

 千年も生きている少年や、言葉を話す犬、のような生き物――しかも、翼を生やして飛ぶことができる――を、千鶴はこの目で見たのだ。氷をまとった銀の矢に、言葉では説明しようのない何かを感じ取ったのも確かだった。あれも魔法の類なのだろう。


「この王国にいる、魔女や魔法使いと呼ばれる者のほとんどは、自らで魔法を生み出せるほどの能力は持たない。核なる力が必要なのだ」


 核なる力という言葉の意味が分からずに首を傾げると、アンジエールは後ろ足で耳の裏を掻きながら先を続けた。


「核なる力とは、チトセのような者が持っていた力のことだ。この国を支えられるほど強力で、特別な者にだけ与えられる」

「その、核なる力というものは、魔法とは違うの?」

「核なる力が原動力となって、魔法となる。多くの魔女や魔法使いたちは、その力の恩恵を受けて魔法を使用する」

「お祖母ちゃんはもう亡くなっているのに、それでも魔法の力はなくならない?」

「ああ。こうなってしまった今でも、この王国を支えているのはチトセの核なる力だ。封印の石が仮の魔法の源となっている。それを一つ破壊するごとに、魔女の能力が破壊者の身体に流れ込む。普通は次の女王が引き継ぐ能力だが、北の魔法使いはそれを自らのものにしようとしているのだ。そして、この王国の新たな王になろうとしている」

「あのね。こんなことを言ったら、あなたたちは怒るかもしれないのだけれど……私はね、それの何がいけないのかなって思うの」


 以前にも感じていた疑問を、千鶴は思わず口にしてしまった。

 祖母がこの世界を去って、どの程度の月日が過ぎたのかは分からない。けれど、それはこの国の民にとって、途方もなく長く感じられる日々だったに違いないのだ。


「その人も魔法使いなのでしょう? お祖母ちゃんとは正反対な物の考え方をするような人だとは聞いているけれど、この王国をどうにかしようとしていることは、間違いないみたいだし」

「だが、あれは正当な継承者ではない。王位が正常に継承されなかった前例がないので何とも言えないが、我々は北の魔法使いが王国を牛耳ると同時に、魔法の力も失われるだろうと考えている、ということは、前にも話して聞かせたはずだな」


 千鶴はアンジエールの言葉に、神妙な面持ちで頷いた。


「あなたはその魔法使いの、ええと――」

「ネイジュ――それが、北の魔法使いの名だ」

「そのネイジュさんとは知り合いなの?」

「互いに見知ってはいる」


 そう答えたアンジエールの耳が、どこか居心地が悪そうに倒れたのを、千鶴は見逃さなかった。この優しい獣が嘘を吐いていると直感的に感じ取り、じろりと睨み付ける。


「私に嘘は吐かないって、約束をしたはずでしょう?」

「……そうだったな」


 アンジエールはその目に諦めの色を浮かべると、これ見よがしに大きなため息を吐いた。

 再び後ろ足で耳の裏を掻こうとするので、千鶴は身をよじって手を伸ばし、代わりにかりかりと掻いてやる。その間、アンジエールは何かを考え込むように黙りこくっていた。


「……私とネイジュは、かつて友人だった。少なくとも、私はそう思っていた」

「今は、違うの?」

「端的に言えば、敵同士だ」

「どうして? 喧嘩でもしたの?」

「掻い摘んで説明すれば、そういうことになる」


 不味いものでも口にしたかのような顔で、アンジエールは言った。どうやら、二人の間には複雑な事情があるようだ。立ち入ったことを気安く訊ねても良いほど、千鶴とアンジエールの付き合いは長くない。だがそれでも、千鶴は聞かないわけにはいかなかった。


「ネイジュさんは、どういう人?」

「聞いてどうする?」

「本当は良い人なら、話せば分かり合えるかもしれない」

「やめておいた方がいい。我々も対話による解決を求めて何度か使者を送っているが、芳しい回答を得られたことは一度としてなかった」

「ネイジュさんはずっとお祖母ちゃんのやり方に反対していたのでしょう? お祖母ちゃんのことを嫌いだったの?」

「残念ながら、好意的な感情を抱いてはいなかっただろう」


 アンジエールは首を横に振った。


「だが、ネイジュとの決別の理由に、チトセは何の関係もない。私とあの男は、ずっと以前から険悪な間柄となっていた」

「原因がお祖母ちゃんでないのなら、どうして……?」

「確固たる理由は覚えていないが、彼女よりも何代か前の女王が原因であったと、そう推測している。恐らくは、価値観の相違だ」


 歴代の女王の記憶をなくしてしまう者たちには、諍いの理由さえ定かではないのだ。険悪な雰囲気だけを残して、その理由だけが消えてしまう。それは後に、ほんの微かな柵だったはずのものを、取り返しのつかない感情へと変化させていったのだろう。  

 ただ少し肩と肩がぶつかってしまっただけの話が、殺し合いにまで及んでしまうかのように。


「記録によると、その女王は政に対して酷く粗悪で、軽はずみな行動をすることが多かったとある。他国による干渉を容易に認め、賄賂を受け、魔法を蔑ろにした。到底名君とは呼ばれなかった」


 うん、と千鶴が相づちを打つのを待って、アンジエールは先を続ける。


「ネイジュは、好んで宮使いをするような男ではなかったが、それでも女王に協力的な魔法使いだった。故に、その女王の行いを何度も諫め、道を説こうと努力をした。だが、当の女王は一切聞く耳を持たず、行いを正すでもなく、道を逸れ続けた。そして、女王は他国の王子に恋をすると、この王国を放棄し、逃げ出したのだ」

「え、そんな……」

「ネイジュは激怒した。おそらく、私も同じ反応を示しただろう。女王が王国を棄てるなど、前代未聞のことだ」

「それで、女王が国を棄ててしまった後は、どうなったの?」

「他国がこの王国を侵略しようとやって来た」

「その王子がいた国?」

「ああ、そうだ。女王自身が、自分を妻とするならば、王国を王子に譲り渡すと勝手な約束をした。幸か不幸か、本国では継承権がないようなものだったが、権力に対しては異常なまでに貪欲だった王子は、自らでは決して振りかざすことのできない権力を欲するあまり、女王を娶ると、大軍を率いて王国へと進軍してきたのだ」

「……あなたたちは、どうしたの?」

「目的はどうであれ、私とネイジュの利害は一致していたはずだ。王国はそのまま戦場となり、国土の大部分が荒らされてしまった。森の木々は切り倒され、水は穢され、動物たちも食い殺されて、取り返しのつかないことになりかけていた」

「その戦いには、勝てた……?」

「負けていれば、今頃この王国はその王子のものとなっていたことだろう」


 千鶴は戦争というものを知らない。もちろん、歴史上の出来事としては理解しているつもりだった。だが、自らの目で見たことがあるわけではない。だからこそ、軽率な言葉を口にするわけにはいかなかった。勝利しようと、敗北しようと、一度失われてしまったものは、もう元には戻らない。


「王子の軍は退けられたが、話が違うと、女王は王子に捨てられた。かくして、女王は王国に戻った」


 だからといって、めでたしめでたし、とはならないだろう。一度でも国を棄てた国主が、何事もなかったかのように受け入れてもらえるとは思えない。


「あなたは女王を許したの?」

「どうやらそのようだ」

「今の気持ちは違う?」

「国を放り出して男に現を抜かすような女王を擁護しようとは思えない。だが、当時の私は女王を許した。それに対して、ネイジュは決して、女王を許そうとはしなかった」

「それが喧嘩の原因?」


 アンジエールは肯定も否定もしなかった。すべては記録から得られた情報であり、自らの記憶とは違うものだ。憶測の域を出ず、確証はないのだろう。しかし、その表情はとても苦々しげだった。


「女王はこの期に及んで我々の行いを責めた。余計なことをしてくれたと恨み言を漏らし、この王国を呪うようになった」

「呪うって?」

「呪いも魔法の一つには違いないが、主に負の結果を招く魔法がそう呼ばれる。この女王の場合は、王国に干ばつを招いた。女王自身の心が乾ききっていたのだろう、切り倒された森も、そうでない森も枯れ、生き物たちは水を失って、実りもなくなった。日照りが続き、国民は飢えた」

「全部自分が蒔いた種なのに、そんなのって逆恨みじゃない」


 そのようなこと言ったところで身も蓋もないが、千鶴は素直に思ったことを口にしていた。アンジエールにも、異論はないようだった。


「王国の魔女、女王に匹敵するほどの力を持っていたネイジュは、なんとかこの国を立て直そうとした。しかし、それらの試みはことごとく女王の力に阻まれ続けた。ネイジュはいつしか女王に愛想を尽かし、最終的には、女王を亡き者にしようと企てた」

「殺そうと、したの?」

「いかなる女王でも、それがどれほど愚かしい者だったとしても、王国に戴いた君主であることに変わりはない。女王が何の準備もなく命を落とせば、この王国は崩壊する。女王の魔法が失われれば、私やプティーのように魔法で生かされている者たちは、いずれ消滅することになるだろう。だから我々は、女王を護るより他になかったのだ」


 千鶴には、どちらの言い分も正しいことのように思えていた。

 どれほど差し迫った事情があるにせよ、人殺しは認められるべきではない。だがしかし、すべての手を尽くし、国を護るためにはそれ以外に手段がないのだと、そのような状況に追い込まれてしまえば、誰にもその決断を責めることはできないはずだ。

 国のためを思った者の決断を、千鶴は非難することができなかった。けれど、結局はアンジエールも同じ思いだったのだ。互いに国のためを思っていた。ただ、手立てが違っていただけなのだ。


「我々は女王を護りながら、王位を明け渡すよう説得も続けた。金剛石の指輪が正しく継承されれば、それが誰であれ新たな女王となる。私は次期女王に相応しい魔女を探した。そして、王位の継承を済ませると、愚かな女を異世界へと移送し、この世界から追放したのだ」

「……え?」


 千鶴は大きく目を見開くと、アンジエールをまっすぐに見つめた。どくん、と心臓が大きく跳ねたような気がした。


「待って、それじゃ……」

「察している通りだ。当時の女王は、チトセや君の祖先ということになる」


 千鶴はアンジエールの目を見つめたまま、思わず絶句した。

 何と酷い女王なのだろう。あまりに自分勝手で、救いようがない人だと思いながら、千鶴は話を聞いていたのだ。それなのに、自分がその系譜を辿っていると分かった瞬間、身体の隅々にまで悪寒が走った。同時に、酷く落胆する。


「しばらくはその新たな女王の下で、王国の再建が進められた。しかし、ネイジュは城には戻らなかった。我々のやり方に賛同できず、北の大地に移り住むと、そこで権力を振りかざすようになった。既に以前の女王の記憶は消し去られているのにもかかわらず、ネイジュには、ただ憎しみのような強い怒りの念だけが残されてしまった。もしかしたら、ネイジュの力が優れすぎているばかりに、女王への怨念にも似た思いだけが、消えずに残ってしまったのかもしれない」


 ここまでの話を聞いて、千鶴はようやくアンジエールが嘘を吐こうとした理由を理解した。今の千鶴にして聞かせるには、少し重すぎる話題だと、そう思ったのだろう。確かに、その通りだった。

 昨日訪れたばかりのこの世界で、今日、自らの知られざる起源を聞かされた。次から次へと降りかかる騒動と真実の数々からは、目を背けてはいけないのだろう。これは現実だ、現実なのだと、自らに言い聞かせるようにして心を落ち着かせる。


「新たな女王の血筋が途絶えたのは、チトセが女王となる前だ。国を預けるに相応しい者が現れず、次期女王を指名できないまま女王が病に倒れ、もうこれまでかと頭を抱えていた時、チトセが果ての洞窟から現れた」


 そう言ったアンジーエルの目には、きらきらとした星屑の輝きが蘇っていた。祖母のことを話すとき、アンジエールはとても幸せそうな顔をした。


「王国の魔女として最も尊い血筋でありながら、記録に残されている限りでは最悪と謳われている魔女の子孫である彼女を受け入れることに、反対する者は多かった。この世界から異世界へと追放された血筋の者だ、私も当初は信じてよいものかどうか、判断しかねていた」


 それでも、アンジーエルは祖母を受け入れた。アンジエールばかりではない、プティーやルミエール、その他の者たちも、祖母を受け入れてくれたはずだ。それこそ、ただ一人を除いては。


「……だから、ネイジュさんはお祖母ちゃんを嫌ったのね」


 千鶴は両腕で膝を引き寄せて、しっかりと抱き締めた。そうして、祖母を抱き締めているつもりになっていた。


「お祖母ちゃんが、この国を棄てて滅ぼしかけた女王の子孫だから、信じられなかったんだ」

「ネイジュの本心は誰にも分らない。だが、彼女に女王は務まらないだろうというのが、ネイジュの考えだった。かつての女王と同じように、いつか王国を棄てて逃げ出すのが落ちだと言って、彼女を玉座に据えることを良しとしなかった」


 そこまで言うと、アンジエールは深く息を吐き出し、すうっと肩の力を抜いた。そして、穏やかな眼差しで千鶴を見やると、少しだけ微笑んだような表情になる。


「チトセは確かに、国主としては少し優しすぎたかもしれない。しかし、王国民の多くは彼女を慕っていた。愛してさえいた。君たちの祖先とは比べるべくもなく、名君と呼ぶにふさわしい人物に成長してくれるだろうと、私たちは心から信じていた」


 何が良く、何が悪いのか、やはり千鶴には分からなかった。

 かつては女王と呼ばれ、ここで生きていた祖先の血が、千鶴の中で今もまだ生き続けている。ネイジュはきっと、歴史が繰り返されることを恐れたのだ。王国の危機が迫る最中、異世界から女王の帰還に浮足立ち、警戒しながらも期待を抱く。それを危うく感じていたのだろう。

 そして、その予感は見事に的中したのだ。

 理由はどうであれ、祖母はこの世界、この魔女の王国から去り、二度と戻らなかったのだから。

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