第二十三話 長月圭は困惑する

 ジリリリリリリリリ……カチッ


 目覚ましの音で、僕は目が覚めた。

 洗面所で顔を洗った後、僕はリビングへと向かう。


「あ、トモおにいちゃん!おはよ~!」


「おはよ~兄ちゃん。朝ご飯、もうできてるよ」


「おはよ。ありがと、祐」


 そう言って僕が自分の椅子に座るのとほぼ同時に、祐が三人分の朝食をテーブルに用意し、椅子に座った。


「それじゃあ、いただきます」


 そして、祐がそう口にし、


「いただきま~す!」


「いただきます」


 いつも通りの朝が、始まった。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「それじゃあ、涼学校に行ってくるね~!」


「いってらっしゃ~い。気をつけるんだよ~!」


「うん!」


 祐の言葉に涼は元気よく返事をし、いつも通りの時間に家を出ていった。

 その後、祐は自分の椅子に座ると、


「今日の兄ちゃんは、大丈夫そうだね」


 朗らかな笑顔で、そう呟いた。


「……昨日の僕、そんなに変だった?」


「うん。帰ってきたときは……まぁ、比較的落ち着いていたけど。朝の兄ちゃんはもう……。なんていうんだろう、心ここに非ずっていう感じだった」


 ――菜月と同じこと言ってるし……。


 そんなことを思いながら、僕はあははと苦笑いをする。

 

「昨日は、心配かけてごめん。でも……もう、大丈夫だから」


 そう口にした僕に、祐は何か聞きたげな視線でじっと見つめてくるが、


「――そっか」


 そう言って、にっこりと微笑んだ。


「それじゃあ、もう行くね」


「うん、いってらっしゃい」


 僕の言葉に頷き、祐は家を出る。

 

 ――ありがとう、祐。


 でも、もう平気だよ。

 だって、



「僕はもう……覚悟ができたから」



 新しい世界へ踏み出すように、僕は玄関の扉を開いた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――朋は……。昨日、うまくやったのだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は上靴に履き替え、教室へと向かっていた。

 

 昨日の放課後。

 朋を止めなかったことに、後悔はしていない。

 俺は男だから、どう頑張ったって無理なのだ。

 朋は、女の子が好きなのだから。

 きっとあのときは、単純に行くか行かないか迷った挙句、一番聞きやすい俺に意見を求めたのだろう。

 勘違いはしない。

 それだけ朋に頼られてるって思えるだけでも、俺はうれしい。


 それ以上は、求めちゃいけないんだ。


 教室の前までたどり着き、小さく深呼吸した後、俺は扉を開く。

 俺は真っ先に、朋の席を見た。

 そこには、すでに荷物を整理し、椅子に座る朋の姿があった。

 しかし、いつもの光景とは明確に違った。


 朋は、隣の席の沢渡さんと向かい合って話していた。


 頬を少し染めながら、朋はうつむきがちに何か喋っている。

 そんな朋を、沢渡さんが穏やかな表情で見つめていた。


 ――そっか。うまくいったんだな、朋。


 俺は、素直にうれしかった。

 これできっと、朋は幸せになれる。

 それだけで、俺は十分にうれしかった。

 だからこそ、俺が感じる寂しさは、隠し通さなければいけない。

 俺が感じる悲しみに、気づかせてはいけない。


 これからの朋との関係を、守るために。


 そのとき、ふと朋と目が合った。

 俺は微笑みながら、朋に向かって右手を上げる。


 対する朋は目を見開き、顔を真っ赤にしながらうつむいた。



「……」



 ――あれ……?



 え、ちょっと待って……。

 

 その反応は……何?


 お、俺……何か怒らせるようなこと、したかな……。

 あれ、たぶん怒ってるよな……。

 どうしよう、なんか席のとこまで行きにくい……。


 少しの間、扉の近くで立ち止まっていたが、意を決して自分の席へと向かう。

 俺の席は朋の一つ前なので、必然的に朋の方へ向かうことになる。

 朋はちらっと俺を見てはすぐうつむくのを繰り返している。

 そんな朋の顔は、依然として真っ赤なままだ。


「お、おはよ」


 俺は少しカタコト気味で、そう挨拶する。


「……おはよ」


「おはようございます」


 沢渡さんはいつも通りだが、朋は明らかに様子がおかしい。

 俺は助けを求めるように沢渡さんを見るが、沢渡さんは困ったように笑うだけだ。


「え、えっと……。どうかしたのか?なんかお前……様子、変だぞ?」


「……なんでもない」


 えぇ……。

 そんなわけ、ないだろ……。


「その……。俺、何かしたかな……。えっと、もしそうだったなら謝る……すまん」


「え、いや……!そ、そういうわけじゃないから!!」


 咄嗟に朋は顔をあげ、焦るように顔を俺に近づけた。

 すると、俺の眼前で朋の顔はさらに真っ赤に染まり、仕舞いには顔を伏せてしまった。


 ――ど、どうなってるんだ……?


 今までにない朋の様子に、俺はかなり戸惑っていた。

 まるで朋が、何を考えているのかわからない。

 

「は~い、みなさ~ん。朝のホームルーム始めますよ~。席に座ってくださいね~」


 そうこうしている間に、近藤先生の口からいつもの合図の言葉が発せられた。


 俺は戸惑いながらも、ひとまず先生の方へ体を向ける。

 すると、後ろから俺の机にそっと小さな紙が置かれた。

 二つ折りのその紙を開くと、


『放課後、屋上に来て』


 そう記されていた。

 この字からして、間違いなく朋からの言葉だ。

 わざわざ屋上に呼び出すということは、きっと他の人には聞かれたくない話でもあるのだろう。

 朋の様子がおかしいのは、その話と何か関係あるはずだ。

 恐らく、沢渡さんは知っている。

 ただ沢渡さんが朗らかな表情でいるということは……そこまで深刻な話ではないのだろうか。


 そっと後ろを振り返ると、朋はいまだに顔を伏せたままでいた。

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