第一話 始まりの言葉
――あぁ……ホント最悪。
昨日の夜の出来事が頭の中からはなれず、全く寝付けなかったようだ。
――はぁ……。普通に男として生まれてれば、こんなことには……。
ため息をはきながら、昨日の出来事を嘆いているこの少女は、古河朋。
ショートカットの黒い髪に、透き通るような白い肌。全体的に整った柔らかな面差しをしていて、体は少し華奢なように見えるが、瞳には強い意志のようなものを宿らせる、少し小柄な少女だ。
しかしこの少女、古河朋は、女の子の体をしているが心の中は男の子、という性同一性障害というものを抱えている。
そのことを一番のコンプレックスに感じているが、一人称を「僕」と言い、いまだに少年の心を持ちつづけ、懸命に生きる健気な少女である。
――はぁ、眠い。
朋が眠さをこらえながら学校へ向かっているとき、後ろから声が聞こえてきた。
「あ、朋。はよ~」
今朋にあいさつしてきたこの男は、長月圭。朋の幼馴染であり、唯一無二の親友である。
朋のよき理解者であり、朋が女子扱いされるのが嫌いなことを知っているため、あえて朋を男友達のように接している。
「あぁ、圭。はよ」
力ない言葉で、朋はその挨拶に応えた。
「なに、朋、どうしたんだ~?そんな気力をどっかに置いてきたような顔して」
「あぁ……。また、起きたんだよ。最悪の出来事が」
「え、なに。またどっかの男子に告白されたん?お前もてるよな~」
圭は茶化すようにそう呟く。
「お前、一発殴ってやろうか?」
朋は拳に息をふきかけ、温め始めた。
「いえ、結構です」
「はぁ……。まだそっちのほうがよかったかもな。断ればそれで終わりだったし」
「ほぉ、じゃあなにがあったん?」
圭は少し驚いたようにそう言った。
「男数人がこっちに来て……。いわゆる、ナンパだよ」
圭は少しの間呆然とした顔になり、
「あちゃ~。お前ついにそこまでされたのか~。まぁ、どんまい」
意外とあっさり、そう呟いた。
「……え、そんだけ?もっとこう……なんかないの?」
朋はあっけにとられた顔になる。
「え、なに、もっとこうって……お前は何を期待してたんだ?」
「いや、だってさ。なんか、え、お前ナンパされたの!?とかさ、もうちょっと、こう……驚くところじゃない?ここ」
「もし俺が笑いながらそう言ってたら、お前絶対俺殴ってただろ?」
「そりゃもちろん」
朋は即答した。笑いながら前提かよと思ったようだが、あえて口に出さなかった。
「殴られるの嫌だし……。そもそも、お前がナンパされても別に驚かないだろ。お前かわいいし」
「はぁっ!?」
朋は顔を真っ赤にしながら驚いた。
「え、ちょっ……はぁっ!?お前何言ってるの!?気持ち悪っ!!」
「まぁまぁ、そんな顔真っ赤にして怒らなくても」
圭はそう呟いたが、朋の顔には怒りの表情とは違うなにかも混ざっているようだった。
「そういえば、前から思ってたんだけどさ」
「話逸らすなよ!」
「まぁ落ち着けって」
言い聞かせるようにそう呟いた後、圭はこう口にした。
「――お前、もし付き合うなら……。男と女、どっちと付き合うの?」
この発言がきっかけとなったかのように、日常が徐々に崩れ始めていくことを、彼女たちはまだ知らない。
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