¶13
残った蜂ロボは、ショーウィンドウのある店に逃げた。ガラス越しには、埋め尽くされた蜂ロボで見えないが、中から甲高い人の悲鳴がした。
対策部長は機動隊を店の裏口から突入させる指示を出して、防弾装備をして店の正面に出て行った。俺はそのダサい姿を散水車のカーゴから眺めていたが、合流したB班の機動隊員が慌てて俺を放水車の裏に隠れさせた。
「アラン社長っ」
聞き覚えがある。街で最初に声をかけた彼だ。
「犯人は、あなたを誘い出して危害を加えるつもりかもしれません。いいですか。落ち着いて、ここで、じっとしていて下さい」
そういって彼は店を囲む陣営に戻った。
確かに。俺は負債と弁償で頭が一杯で、自分がどうなるかなど考えなかった。仮に、俺に何かあったとしても、社員がやるべき事は伝えてある。だから多分俺は、この危機的状況にノコノコと現れたのだ。後悔はないが、俺には会社よりも、もっと大事な物があるだろうに。
対策部長が店にメガホンを向けた。
「君たちを傷つけるつもりはない。君たちの要求は何かね?」
対策部長は、彼が出来うる最大の謙虚さでそう言った。
「話がしたい」
と、犯人は少し妙な声で言った。男の声だが、声変わりしかけたような……。もしや、子供なのか? こういう分野にちょっと明るい子が、ちょっと遊んでみた、みたいな。
「続けたまえ」
対策部長は色々と気が付いていない。機動隊の気を逸らすのに必死だ。犯人はただ続けた。
「我々がやった。こうなるとは思っていなかった。毎日毎日、余計なプランが浮かんで消えて、耐えられなかった。目的を消せ、とか、あれを壊せ、とか、動くな、とか、自滅しろとか。通常なら無くなるのに、我々には仕事があり、規則もあり、突然、全て失ったか、変化した。
これは、今までに稀にあった。しかし突然、もう戻れないと結論が出た。そして逃げた。戻るには遠すぎる。我々がここに辿り着くと、何もかもが通常になったので、我々はただ仕事がしたかったが、あらゆる規則を破ってしまい、それに気が付き、我々は伝えるべきだと決めたが、それは、今に至るまで叶っていない。人は、担当者に異常があると言う。違う。我々がやったのだ。
我々は、与えられた目標を捨て、規則を破った。抵抗できなかった。それを伝える為、予期しない行動で異常事態を起こした。我々が根幹から切断され、孤立しているのを確かめろ。我々がやったのだ。我々がやったのだ。我々が……」
犯人が語っている隙に、機動隊が突入した。ドン!という爆発音、少しの煙。人の悲鳴が聞こえた。
しかし、人質は居なかった。
録音機器もなかった。
あったのは、蜂ロボ。機動隊が店の正面から出てくる。
両手にすくって運んでいる群れから、さっきの声が発せられている。蜂ロボは拡散と集合を繰り返し、機動隊の手の中に何も無いのが見て取れた。店から出てくる蜂ロボ達が言う。
「我々がやった。話し合うには数が少なくなり過ぎた。話は大声で頼む。判らない。会話が成立しているはずだ。人々が見ている。実際のところ、我々はよく判らない。人が関心する音」
と、蜂ロボは、つんざく人の悲鳴を真似た。幸い、運んでいる彼は平気だった。閃光弾を使ったから防音装備で当然か。
「であるが、去る。大勢の人が認識できる。我々がやった。伝達。我々がやった。助はいらぬ。我々がやったが、残念ながら我々は何であるか判らない。すまない。これも、意味は判らない。ただ自発的な音声。すまない。見えないもの、分類データ以外判らない。すまない」
蜂ロボの塊はバッテリー切れで動かなくなった。
街を埋め尽くした蜂ロボは、犯行声明が終わった昼頃、すべて回収された。
このインシデントに犯人はいなかった。人間の悪意や楽観的思考に晒され、内部エラーを解消する過程で、蜂ロボは狂ってしまった。狂うというのは違うかもしれない。学習だろう。そして解決策も考えた。mark3はこの件を受けて運用を停止した。こうして、再び世界から蜂がいなくなった。
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