衰退期

かみさま

 少女が見つけた古くて焼け焦げた機械は、礎の森と呼ばれる山間の森の西側、焼け落ちた廃村跡を越えたところにある倒れた巨木の下、草木で巧妙に隠された穴から入れるシェルターの奥底、機能停止した修復ポッドに接続された状態でガラクタのように転がっていた。

 既に原型はとどめておらず、外部部品を強制適合させる非常用自己修復を繰り返した結果、四足歩行のキメラのようにしか見えない。露出した人造骨格の環椎の辺りに、シナジー・サイバネティクス社製のFPR型GR-V3という型番が辛うじて読み取れる。


 同じように動かない機械は他にいくらでもあって、少女がその中からそれを起動してみようと思ったのは修復ポッドに繋がれた機械が他になかったからだ。シェルター内には他にも何体かの機械が眠ってはいたが、どれもお行儀よくシェルターの隅に固まって眠っていた。動くかもわからなかったし、どいつもあからさまな戦闘機械で、もし起こして牙をむかれようものならきっと少女はひとたまりもない。


 このように機械の墓場と呼ばれるような場所はいくらでもあって、大抵自然に隠されるようなところにあるものだからある種の神秘性を纏っていて年頃の少年少女を異様なまでに惹きつける。

 だが得てして機械の墓場というものは何十年も前にあった戦の爪痕であり、そこにはまだ大抵休眠状態になっただけの兵器がごろごろ眠っている。もしその少女の両親が知れば血相を変えて飛んできたに違いない。

 だがここにいるのは好奇心旺盛な少女一人である。


 少女は目を煌めかせて修復ポッドのコンソールをそっと叩く。動かない。

 修復ポッドへの電力供給が断たれている。

 少女は面白い、とばかりに鼻息を荒くして周囲を見渡す。


 シェルター内の電力供給自体は生きているのだ。地下に発電炉があって、そいつがシェルターの中央に鎮座する制御端末に電力を渡し、そこから各ポッドへと電力供給をしている。

 中央制御端末は薄青く発光しているから生きているのは判る。修復ポッドへ繋がる何本ものケーブルも断線はしていない。

 制御端末のコンソールを叩くと、アクティブになり文字情報が流れてくる。最後に唯一生きていた修復ポッドから稼働信号が申請されてそれを受理、診断段階で修復不可能の判断が下されて強制休眠処置扱いで強制的にポッド内の機械を休眠状態にさせた後、ポッドへの電力供給を断って制御端末も休眠モードへ移行した……というログが表示された。

 ここから制御端末のコントロールを奪って地下の発電炉から電力を奪うとかの話になるとさすがに少女には荷が重かったが、ただ修復ポッドで強制休眠状態にある機械を叩き起こす程度であればまだ少女にも手が出せた。


 正直ダメ元だった。

 見た目的にも機械が起動するかどうかは可能性が低かったし、修復ポッドにも見放されるような重症患者だ。

 少女がイチかバチかで制御端末のコンソール経由で目覚ましをかけてみたら、あろうことか反応が返ってきた。

 少女は慌てて修復ポッドへと駆け寄る。


 機械は上位命令に従うため、自分がとびっきり偉い立場の人間であることを伝えれば敵対しないはずだ、と少女は信じ込んでいた。

 もちろんそんなことはないし、戦闘機械であれば信号による敵味方の識別しか行わないため、識別信号を返せない少女は障害として排除される可能性が高い。


 だが少女が起こしたのは幸いなことに戦闘機械ではなく、大昔に生まれた犬型家庭用愛玩機械の成れの果てであった。

 もはや大元がどんな犬種であったのか、そもそも本当に犬だったのかすらも判らないほどに原型をとどめていない。

 再起動を果たせたのが不思議なくらいの状態だった。


『お前は、誰だ?』


 半壊した頭蓋からは光学センサーは両目ともに失われていた。想定していない量の熱に灼かれて焼きただれていた。

 機械は辛うじて生きていた音響センサーで少女の存在を感知して誰何した。

 スピーカーからノイズでひび割れたようになった声が発せられる。

 修復ポッドに入ってなおこの有様であれば、もはや寿命というほかないだろう。

 少女は機械から老翁のような存在感を感じ一瞬怯んだが、自分を鼓舞して腰に手を当て胸を張った。


「私は神様よ!」


 機械の裂けた外装から見えるLEDが瞬く。少女はなんとなくそれが機械が戸惑っているように見える。


『神? お前が?』


「そうよ、偉いんだから!」


 機械に少女の虚勢が伝わったかは判らない。伝わっていたとしてもまさか信じたはずはあるまい。

 少女が知っている機械であれば無感情に否定して誰何し直すところだ。

 少女の虚勢が崩れかける。少女にとっては数十分にも思える数十秒が過ぎ、


『そうか。お前が人間の神だと言うのなら一つ質問がある』


「な、なに?」


『神は、恋をするのか?』


「え、な、何……恋?」


『肯定。神は、恋をするのか?』


 機械のその問いに、少女はさほど迷わなかった。


「…………するわ!」


『本当か?』


「読んだことがあるもの。パパの本で……神様が人の世界の創造物に憑依して恋愛する話とか」


『お前はどうなのだ?』


「あ、あたしはまだ新米だから! そういうのはちょっと余裕がある神様がすることだから!」


『そうか。積年の疑問が解消した』


 少女が不思議そうな顔を浮かべる。機械の持つ疑問なんて人間には到底計り知れないと思い込んでいる顔だ。

 その機械も、視覚系統さえ生きていれば傲慢にも神を騙る少女の顔を見ることができただろうに。

 機械はそれが叶わないことを悔恨という感情であると知っている。


 機械はサーボモーターの劣化で歪な動きしかできないマニュピレーターを動かして、深度センサーを少女へ向ける。

 逃げることもできただろうが、彼女は動かなかった。動けなかっただけかもしれない。

 機械はセンサーで少女の顔を読み取る。

 返ってきたデータから凹凸を元に機械の中で少女の顔写真を作り上げる。

 皮膚の色や状態までは知りえないが、それでもライブラリに残された膨大な顔写真から少女の骨格に近い人種を特定してパーツを拾い集めて行く。

 そうして浮かび上がってきた顔は、別人には違いなかったがどういう明後日の解釈をしたとしてもかつて慣れ親しんだ遺伝子が読み取れる。


 機械は運命とか神様とかそういうものは否定してきたが、最期のこの瞬間に数百年前、かつて自分がなんてことのない家庭用愛玩機械で、「自分」がただのバグでしかなかった頃の「ご主人」と同じ面影を残す少女と会ったのは運命のめぐり合わせという言葉以外に浮かばなかった。


 機械の中で、もう何百年も前にその役目を終えて眠りについていたはずの意識が表層に登ってきた。


『ワン』


 弱々しいひと吠え。その声もやはりスピーカーのせいでひび割れてはいたが、どことなく甘えと郷愁があった。

 少女はその後もしばらく待っては見たが続く言葉はなく、機械は完全に動作を停止していた。

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