❹ 今、そこにある危機。
それは、あとテラフォーミングの完了まで10年をきったというころ、小惑星がスフィアと衝突したのである。直撃地点に近い4基の移民船は大破、墜落してしまった。これはのちに「メテオ・ストライク」と呼ばれた事件であった。残る移民船は14基である。
これまでテラフォーミングに300年近い歳月をかけたのに、このままではこの惑星は人類の生存に適さない氷河期に突入する可能性があった。
「各移民船のホストコンピューターの人格プログラムを統一し、並列化することを提案します。ナノマシンの有効活用のためになんとしてでも実現させなければなりません。」
これまで船ごとにバラバラにやってきたテラフォーミングを一元化すればもっと効率的に速度をあげて、氷河期の突入を阻止できるはずだ。鞍馬夫妻は船長会議で熱心に主張をつづけた。みな迷っていたが、イギリス船「ヴァージニア」の船長、ジョージ・ハミルトン博士の一言で決心がついた。
「300年、そう、300年の時間は一瞬ではすまされません。我々にとってその期間はコールドスリープでは甘いひと時の夢かもしれません。しかし目を覚ましている人間にとっては違います。この期間のずれは、スフィアとガイアとの間に明らかな歴史の差が産み出されることでしょう。もし、そうなれば、将来、我々スフィアはガイアの人々に搾取されるようになるかもしれません。」
皆愕然として顔を見合わせた。哲平はたたみかける。
「博士のおっしゃる通りです。みなさん、我々は「コールドスリープ」を便利で安全な『タイムマシン』のような《揺りかご》だと思うべきではありません。このままでは我々はこの移民船を『タイムカプセル』のような《棺》にしてしまう恐れがあるのです。」
科学者にとって誰かに「出し抜かれる」というのは最も恐ろしいもののひとつであった。この鞍馬博士に出し抜かれるのがみな恐怖だったが、もっと恐ろしいのは「停滞」であった。
こうしてホストコンピュータは一つの人格プログラムによって統一される。そのプログラムはメテオストライクによって命を落とした、スフィアグループのリーダーであったアメリカ二番船船長ジャスティン・カーク博士のファーストネームをとって「JUSTIN」と呼ばれた。中には「Just in time」(直ちに)という意味だ、と皮肉る者もいた。ただ、それもあながち誤りでもなかったが。
こうして、テラフォーミングの効率は格段にアップし、氷河期への突入はなんとか回避できた。これでもうひと眠りすれば、楽園となった惑星が我々を迎えてくれる。誰もがそう信じてコールドスリープに突入した。
しかし、ことはそううまくは運ばなかったのである。
哲平は久しぶりに光平の夢を見ていた。幼い光平は懸命に哲平と可南子を呼んでいる。そのころ、まだ二人の名字は別々だった。哲平は可南子とこのまま付き合いを続けていてもよいか迷っていたのだ。とある医療機関の検査で自分が不妊症であることを告げられたからである。核汚染の影響であった。
突然船内にアラートがなり響く。緊急事態だ。
「どうした?」
着替えもそこそこにカンファレンスルームに到着した哲平を待っていたのは衝撃的なニュースだった。
「ジャスティンが暴走を起こしました。」
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