③ ラスト・ストーリーは突然に!

定例会の終わり、バスの出発までの時間、俺がぶらっとしていると、新曲のタイアップ先のブースがあった。そこには麗しい「ゆいたん」のお姿を入れる、「YSI協力ロケット」が、なんと、無料配布されていたのだ。ペンダントの「ロケット」と宇宙船の「ロケット」がかけてあるのがややベタだと思ったが。


「いやいやいやいや、棗氏。ただより高い物はござらぬ。」

山田氏がふらふらとそこへ吸い寄せられていく俺を引き止める。


「献体申請書?」

怖いほどの笑顔を貼り付けたスタッフに何やら不穏な書類を渡されてしまった。


「それにサインしていただければ、この『プラチナロケット』を差し上げます。これにはシリアルナンバーがついておりまして、特典といたしまして、ななな、なんと、次回の定例会で催されます『ゆいたん』との握手会の参加券が付いています。」


スタッフは揉み手をせんばかりに勧めてくる。


俺は怪しいと思いつつも、その豪華特典にほだされ、つい、そうついそれにサインしてしまった。


「いやあ、円盤(CD)買わずに握手券、悪くない。」


俺は帰りのバスに揺られながらホクホク顏であった。バイト代のほとんどは、バス代とチケット代とCD代で消えてしまう。ただで手に入るなら、こんなに良いことはないだろう。


「ホントのホントに大丈夫でござるか?」

帰りのバスに揺られながらも山田氏はまだ疑っている。


「献体、ってたって、死なないと取られないんだから大丈夫だって。そう簡単に死んでたまるか。」


 俺はバスの硬いシートに身を寄せ、眼を瞑った。しかし、何時間か寝た後、俺は異変に気付く。エンジン音が異常に高いのだ。スピードも異常なほど上がっている。真夜中のハイウエイで真っ直ぐな道ではあるけれど、これはあんまりだ。すると、今度はバスが蛇行をはじめた。


「棗氏、何かおかしいですな。」

山田氏が俺を揺り起こそうとする。バスの中がざわつきはじめる。


「なんか、どころじゃないよ。」

俺はだんだん酔ってきたのか気分が悪くなって来た。


「運転手に一言申し上げに行ってくるででござる。」


山田氏は、揺れる車内でふらつきながら前方へと歩いていき、一段下がったところにある運転席へと向かった。


しかし、山田氏の挙動がさらにおかしい。

「やばいよやばいよ。やばいでござる。この運ちゃん、意識がないでござる!」

衝撃の言葉だった。


「誰か!誰か手伝ってくれ。ブレーキを引かないと。」

山田氏の要請に出張って来たおっさんがハンドブレーキに手を掛けた。


「おい、いきなりそんなものかけたら……」

誰かが声をかける間もなくブレーキが、運転手の身体が邪魔なせいで中途半端に引かれる。


 「グキキキキキキキ……。」

バスは異音を立てると挙動を一気に失い、片輪走行を始めると、一気に壁面に衝突する。そこはちょうどガードレールしかない部分で、バスの勢いを止めることなどできなかった。


 そして、その勢いでハイウエイの外にバスごと下の崖へ目指してダイビングしていった。そして激しい衝撃、人が、荷物が、車内を飛び交い、転げまわる。窓ガラスが割れ、外から軽油の臭いが流れ込む。


俺もあちこちを打ちつけ、負傷する。痛い、痛すぎて声も出ない。今べったりとついている血糊はもうだれのものだか分からない。


俺は遠ざかる意識の中で上に向かって手を伸ばした。


「ゆいたん。握手会、俺は行けるのだろうか」


そこで俺の意識はブラックアウトしたのだ。

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