2221年、アルゼンチン。棗凜太朗君 (17) の事案。

① アイドルはやめられない!

「母さん、人生に『やり直し』はきかない。だから、俺は自分の信ずる通りに生きる。」

俺はこう言って家を飛び出した。まあ、また3日経ったらまた帰るんだけどね。


「バカ言ってないで勉強しな! それこそ、人生に『取り返し』がつかないよ。」

後ろから母の怒号が響いた。


母親にカッコいいことを言ってはみたが、俺の行動の方はそれほどかっこいいものでもない。俺は世に言う、「ドルヲタ」つまり「アイドルオタク」なのだ。


 無論、俺はその呼称を受け入れることを良しとはしない。というのは、俺は既存の人気アイドルに現を抜かしている『踊らされている』連中とは違うのだ。

 むしろ、キラリと光るダイヤの原石のようなアイドルを発掘し、それを磨き上げるべく、日夜応援を続けているのである。そう、ブームを起こす側の人間なのだ。もちろん俺はマネージャーでもなんでもない。しかし、俺の精神はすでにPプロデューサーを超えているのだ。




 ところで、俺の名は棗凜太朗。「なつめ、りんたろう」と読むのだ。現在は働き盛りの高校2年生である。

 今はこうして、月に一度の定例会コンサートに出席するべく、州都の「玉の原」へ向かう高速バスに揺られているのだ。晩秋の5月の空は、白々と明け始めていた。


 バスは南半球の大平原パンパのど真ん中を真っ直ぐに伸びる高速道路をひたすら走り続けている。腕時計に目をやる。一晩中走っても、まだ朝5時だ。あと2時間はこのままバスに揺られなければならないだろう。俺はもう一度眠るために目を閉じる。しかし、これから行くコンサート会場でやるべきことを考えると高揚感のため、そう深くは眠れないかもしれない。


まず、街に着いたらコンサート会場へ赴き、並んで整理券をゲットする。一番良いフリー席を取るためには時間を惜しめないのだ。そして、夕方にもう一度並び、一晩をそこですごして翌日昼までの開場を待つ。良い席を狙うためにはこうするほかはない。そして、コンサートが終われば再びバスへ向かう。こうして、毎月のように俺は0泊3日の旅をするのだ。定例会コンサートに行くためにだ。


 俺の占めるべきベストシートを狙う「ハイエナ」どもよりも早く、そこへ到達しなければならない。この時ばかりは全速力だ。


アルゼンチンのパンパと呼ばれる大平原の隅っこに、大和州はある。第三次世界大戦、本土に核攻撃を受けた大和国は多くの国民と国土の大半を失い、幾つかの国に分かれて移住し、それぞれ自治州を作っている。


 それも、もう、70年近くも前のことだ。だから、俺の家族の中で戦争のことを知っているのは曾祖母ぐらいだろう。それも、とっくに呆けてしまって、施設に入ってしまった。


 ただ、核戦争の傷跡は世界中に残っていて、世界の人口はどんどん減っているそうだ。まあ、俺も子供は要らんのかもしれん。まあ、どうせ、こんな生活を続ける限り、出会いも貯金も無いもんな。




辛気臭い話はまあ、こんな所で。


 俺が今夢中になっているのは「ブエナス・チキータス47」というアイドルグループだ。大和人だけじゃなく、ハーフの娘もアルゼンチンの娘もいて、すごく可愛いのが揃っているのだ。主に、大和語とスペイン語で歌ったり、踊ったりしている。


 ここ中南米ではトップクラスの人気と言っていい。俺がそのメンバーの中でも特に「推して」いるのが久遠唯くどお・ゆいである。

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