❺ 俺の忌わの際の言葉が超絶かっこ悪いんですけど!
また、俺もカウンセリングの本などを読むようになった。俺は「一粒の麦」という言葉がとてもすきだった。
「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」
まあ、言ったご本人の意図とは違うのだが。俺はただ自分のためだけに生きようとしても誰も幸せにはできない。死んだつもりでみんなのために働けば、みんなの笑顔、それもたくさんうみだせるかもしれない。そういう意味で考えたのだ。
その話を茉莉にしたら、うなずいてた。少し涙をうかべて。
ありがとう、茉莉。でも俺は人を殺してしまったという十字架を、この先一生背負っていかなければならないのだろう。でもそれは俺一人の仕事だ。お前を巻き込むわけにはいかない。
俺が感謝の気持ちで傍らの妹を見ながら歩いていると、突然強い殺気を感じる。俺は死角からいきなり何者かに激突され、そのはずみで転倒する。
俺にのしかかった男はふらつきながら立ち上がる。逆光で顔はみえないが手には光るものを持っていた。ナイフだ。それも果物の皮どころか獣の皮すら剥ぐことができそうなほどの大きなやつだ。
俺は激痛とともに、下半身に生温かさを感じた。ぶつかったくらいで失禁しちゃうとは、お爺ちゃんか俺は。しかも赤いし。血尿なんて、親父の世代の話… 。血?
「なんじゃあこりゃあ?」
ここで言えたら大うけなんだけどなあ。俺は激痛のあまりのたうつことさえできずに空を仰ぐ。真っ青な空だ。周りは騒然とする。悲鳴があがり、パニックになる。俺は去年以来の脂汗というものをかいていた。
「兄貴の仇だ。」
俺を刺した男は震える声で告げる。彼は俺が昨年殺してしまったビルの弟ロイであった。
「こいつは死んで当然だ。ざまあみろ!」
周囲の人間に取り押さえられながらそう叫んでいた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
妹が俺を抱き上げる。 俺の意識が飛ばないように呼びかけているのか。茉莉は真っ青な顔をしている。
「お願い!誰か救急車呼んで!」
違うな妹よ。そういうときは「衛生兵(メディーーック)!!」と叫ぶのだ。きっとうけるにちがいない。現実でなければ、だが。
「茉莉」
俺は血で濡れた手で妹の袖をつかんだ。
「なに、お兄ちゃん。」
茉莉は大きな目から涙をぽたぽた垂らしながらおれを見つめた。
「冷蔵庫の一番上の卵な。あれはプリン用だ。弁当に使わないでくれ」
「バカ、こんな時に何言ってんの?」
あれ、いま一番気になっていることを伝えたらおこられてしまった。女の子は難しいな。
俺の頭は混乱していた。死んだら茉莉や家族や友達ととは二度と会えないという恐怖。そして、やっと罪から解放されるという安堵感。
「俺は一粒の麦に……なれるだろうか。」
俺の意識は急速に遠のいていった。
俺は救急車で搬送された。刺し傷は心臓近くの動脈も傷つけていたらしい。その未明、俺は死亡を宣告された。
死亡の宣告。といっても俺はまだ完全に死んだわけじゃない。 人工心肺につながれてかろうじて生かされている状態だ。そんな修羅場に、両親や妹のもとにとある政府機関の人間が面会を求めてきたのだ。
「親御さんは『鞍馬光平法』をご存知ですか?」
鞍馬光平法とは生体型コンピュータの進歩のために脳を提供した少年の名に因んだ法律で、家族か本人が希望すれば生体脳を生体型コンピュータの研究のために献体できるという法律だそうだ。
「お兄ちゃんが言ったの。僕は『一粒の麦』になりたいって。」
俺の言った意味と茉莉の取った意味はきっと違うと思う。
これを盾に茉莉は、渋る両親を説き伏せた。きっと俺が、たとえ一部だけでもどかで生きてい て欲しい、という気持ちがそうさせたのだろう。こうして俺は、いや俺の脳は生体コンピューター「オモイカネ」のパーツとして移民宇宙船イザナギに載せられ宇宙へと旅立ったのだ。
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