❸ 妹さん、事件です!

俺は悲鳴の主が茉莉じゃありませんようにと祈りながら声がするほうへと急ぐ。夕暮れの光が差し込む陰で大きな男の尻がこっちを向いている。その下には女性の足がじたばたしていた。

 

 男は女性の服を剥ぎ取ろう躍起になっていた。よかった、男はまだパンツはいてるよ。そう安堵した俺は、 手にしたパイプ椅子で思い切りその尻を叩き上げた。


「やめろ!」


 手ごたえはあった。男は声を上げると、痛みにたまらず立ち上がり、尻をさすりながらこちらをにらみつけた。ジェフ・バーキンソンとかいうシドニーからの「留学生」だ。ラグビー部員でフランカーをやってるだけあって身体がでかい。それにしても、お前たちを応援するチア部の部員を襲うとは。


「あっちにいけ!」

とかわけわからんことを言っている。しかし、その隙に女性はそこから逃げ出せそうだ。下にいたのは案の定茉莉であった。


「茉莉、逃げろ!」

俺の号令にまさに脱兎のごとく走り出す。俺も続いて一目散に逃げだした。しかし、俺は人にぶつかって転んでしまったのだ。


「どうもすみません。大丈夫ですか?急いでいたもので…。」

手を差し伸べると、そいつは見張り役の男だった。ジェフと同じ留学生のビル・マックギースというやはりラグビー部のプロップだったかなあ、をやってる選手だった。 俺は偶然にも茉莉を捕らえようとする男を阻止する、というファインプレイをやってのけたのだ。


「そいつを捕まえろ」

ジェフが叫ぶ。俺は二人につかまると、まさにぼこぼこになるまで、けられたり殴られたりしていた。俺は半分意識をなくしながらも、茉莉は逃げ切れたか心配だった。そうだ、ほかに仲間がいたらどうしよう。心配はそこだった。

 

 彼らは、殴り疲れたのか、一旦暴行が収まった、俺はなんとか這ってでも逃げようとすると、薄暗くなった廊下に、差し込む月の光で鈍く光るものを目にする。拳銃だ、むろん、秋津洲では所持も持ち込みも禁止されている。これはジェフが茉莉を脅すために使い、先ほど椅子で殴ったときに落としたものであった。


 俺は這い出すとそれを掴み、両手で構えた。フルオートの拳銃だ。漫画かアニメでしかみたことのない代物だ。俺は安全装置を解除する。


「動くな(freeze)!」


 一生に一度は言ってみたいセリフの一つを俺は言ってみる。ジェフは半笑いを浮かべ、そいつはおもちゃじゃない。良い子だから返しななんてことを言いながら近づいてくる。良い子って…俺たちタメですよ。そしてじりじりと間を詰めてくる。

 

 俺は恐怖のあまり威嚇しようと背中のほうにノールックで一発発砲した。パン、という乾いた音、ギャン、という悲鳴のようなうめき声、排出された薬きょうが床に落ちる音、そして人が倒れる音。俺がもう一度ジェフに銃口を向けると、彼は悲鳴を上げながらまさにほうぼうの体で逃げて行った。俺は痛みと安心のあまり筋肉が弛緩して俺は座り込む。 ふと横を見るとビルがうつぶせに倒れていた。頭の周りには血だまりがあった。


「ビル…さん?」

呼んでも応えない。俺が近づくと、そこには眉間から血を流し、白目を剥いて絶命しているビルの姿があった。


「まさか、死んでる?」

俺は人を殺してしまったショックと、体中の打撲による痛みで拳銃を握りしめたまま気絶してしまった。

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