❷ 餌付けのススメ!

 あまり社交的ではない俺だったが、彼女の心を開こうと努力はしていた。転機になったのは、やはり妹を持つ友人が「女は甘いものをくわせておけばたいていご機嫌だ」という信念を俺に教えてくれた時だ。俺はネットでレシピを調べ、比較的安易なぜりーを作り始めた。「ちょっと味を見てくれないか」、という控えめな入り方で、だんだん「もうこれだけ? 」という感じで俺は妹の餌付けを始めた。


 この効果は抜群で、妹と会話する機会も増えてきた。俺はさらにプリンやケーキとステップアップしていく。俺が手作りにこだわったのは単純に金がないからで、継母の分を必ず一つ確保しておけば、材料はいくらでも使ってよい、という許しがあったからだ。そのうち、家を訪ねてくる妹の友人たちにもスイーツを振舞うようになり、俺はだんだん性格も社交的になっていった。なんでも一つ自信のあるものができると、人間は積極的になれるものだ。


 妹の俺への呼称も「尊さん」から「お兄ちゃん」になるまでステップアップしてきた。まあ、このままでは再び「尊くん」にグレードダウンする悪寒がするが。

 俺は中学では優秀な方で、この地区では一番の進学校である今の高校に入学した。まあ、さすがにここでは中の上くらいの成績ではある。一方、俺なんかよりさらに輪をかけて賢い茉莉も俺と同じ高校に上がってきた。


 ちなみに俺は「義妹」という表記はしない。彼女とは一切そういう気持ちを抱かず、ただ兄として守っていきたい、そう誓ったあの日から彼女は実の「妹」同然なのである。


その事件が起こったのはもうじきクリスマス休暇が始まる初夏のことだった。


うーむ。北半球の人間に違和感があるかもしれないが、ここは南半球なのである。季節が真逆なのだ。

 

 茉莉は中学からチアリーディングをやっている。高校入学後も早々にチア部に入って即トップチームに入ると、放課後遅くまで練習に励んでいた。俺は食品研究部(ピザな女子…げふんげふん、マシュマロ女子が多いので陰ではピザ部と揶揄されている)で「指導」を終えると、自習室で勉強しながら茉莉の帰りを待っていた。

 

 一応、茉莉のボディガードというか、盾くらいにはなるだろう、と毎日一緒に帰宅することにしていた。当時は「兄ちゃんが卒業したらどうしよう。」と心配そうだったが、今ではその危機は払拭されている。残念ながら、もう同級生なのだ。


 その日はチア部が練習から引き上げているところを窓から確認していたので、そろそろだな、と思っていたのだが、待てど暮らせど茉莉が来ない。俺はスマホのGPS機能を頼りに茉莉を迎えに行ったんだ。すると、遠くから男女が争うような声と、続いて女性の悲鳴が上がる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る