③ 深き (胸の) 谷ゆくも

でも、その地震はいつものとは全く違った。俺はさっきのゲームで味わった足を砂地に取られる感覚を思い出していた。

次の瞬間、地面が猛烈に突き上げる。俺たちはフライパンで炒られるポップコーンみたいに跳ねまわった。

「舜……」

真っ青な顔をしたキャルが俺の腕にすがりつく。俺は恐怖で心臓がドキドキしているのか、キャルの胸の柔らかさに

ドギマギしているのか。まあ、非常事態でも男はこうなんだ。


ものすごい轟音がする。

「やばい、建物が崩れるんじゃないか?」

俺は足がすくみきったキャルを引きずるようにドアへと向かう。ドアを半分開けたところで、部屋の天井が抜けた。

大量の埃や土砂、モルタルやらが巻き上がる。俺はキャルを庇うように倒れ込む。やばい、閉じ込められた。

しかも、身動きが取れない。


俺は背中に激しい痛みを感じる。剥き出しになった鉄筋がどこかに刺さったのかもしれない。

俺もキャルも埃まみれで「バカ殿様」みたいになったお互いの顔を見て笑った。

「痛え。」

しかし、俺は激痛で笑えなかった。


「あんた、どっか怪我したの?」

俺の下にいる「バカ殿様」が訊いてきた。

「ちょっと背中になんか刺さってるんだ。」

きっと俺は真っ青な顔をしてるのだろうが、薄暗い上に顔が「バカ殿様」になっているので判りづらいかもしれない。

「安心しろ、俺はお前を守る。」

「な……なにかっこつけてんの?」

俺がぐったりしたのでキャルは慌てる。

「ちょっと、あんた胸に顔当たってる。」

「ああ、天国へ行けそうだ。」

俺はすでに意識がもうろうとしていたが懸命に手足を突っ張っていた。キャルを守りたい、ただその一念だった。

「馬鹿なこといわないで。」

「俺、お前のこと、昔からす……。」

それが俺の最後の言葉だったそうだ。


携帯電話が通じないため、親たちが俺たちを発見してくれたのは1時間ほど経ってからだ。レスキューは呼ばれたもののなかなか来てはくれなかった。町は大混乱に陥っていたし、アジア人より白人の救出が優先なんだとさ。


結局二人が救助されたのは地震発生後から12時間も経っており、その時にはすでに俺の意識はなく、キャルの胸に顔を押し付けたままだったそうだ。くそ、意識さえあればどれだけ極楽を味わえたものを。まあ、ここを残念がるのが男という哀れな生き物である。


俺は仮死状態と宣告され、人工心臓が無ければもはや1秒たりとも生きてはいない存在となったのだ。

 泣き崩れる両親の元を訪れたのは、大和州政府のエージェントであった。


「宝井舜介くんのご両親ですね。この度は、大変残念なことのなりました。こちらが見舞金です。急場のご入用にお使いください。」

彼らは大金の入った封筒を渡す。きょとんとする両親に彼らは言った。


「ところで、お父さんお母さんは『鞍馬光平法』をご存知ですか?」

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