❸ 星の瞬く時、僕は。

 光平の容態が急変した、という知らせを受けた哲平と可南子は病院へと急いだ。病院についた二人を迎えたのは哲平の兄で光平の父親でもある慎平であった。慎平は二人に話がある、と告げてから待合室に二人を引っ張り込んだ。


「もうじき、光平は死ぬ。」

やめていたはずのタバコをくわえながら慎平はつげた。

「人工心肺につながれて、ただ生かされているだけなんだ。もう、自分の力で一秒たりとも生きていけない。つまりあの子はもう…...死んだんだ。」


  顔を手で覆う可南子の嗚咽が漏れる。

「本当に二人には世話になった。改めて礼を言う。本当にありがとう。あいつはお前たちの話を本当に嬉しそうに、目を輝かせて聞いていたんだ。お前たちが帰った後のあいつの表情はとても幸せそうだった。」

慎平は深々と頭を下げた。床に慎平の涙がぽたぽたと落ちる。


「そこで、あの子の父親として、またお前たちの兄として俺のわがままを聞いてもらえないだろうか?」

慎平の声は揺れていた。初めて聞く弱弱しい兄の声に哲平も涙が止まらなかった。


「あの子を、光平を一緒に宇宙に連れていってやってはくれないだろうか。光平はお前たちのことが本当に好きなんだ。実は、あの子は自分が死んだら自分の脳を研究に使って欲しいと何度も倫理委員会に手紙をかいていたんだ。そして極秘に、という条件で献体を受け入れてくれるそうだ。それで特例の措置として、人工心肺で脳の機能だけ守っているんだ。あの子にとって科学の進歩とかどうでもいいんだ。あいつはお前たち二人を、そして人類の未来を守ってやりたいんだとさ。」


 きっと慎平にも父親としての葛藤があったのだろう。重い障害と生まれたときから戦い続け、十分苦しんだ光平を安らかに眠らせてやりたいという気持ちと、彼の一部だけでもいいからどこかで生きていてほしいという願い。


 子供のない哲平にはうかがい知ることすらかなわない苦しみだったろう。義姉さんの気持ちも複雑だったに違いない。障害を持つ子として光平を世に送り出してしまった自責の念や、わが子が死に至るまでもがき、苦しみ続けるさまを見続けるのはどれほどつらかったろうか。


そんな二人から、まだ、成功も保証できない実験に、彼の脳を受け取る意義と資格を哲平は自分の中に見いだせずにいた。


「彼の遺言だ。」

 

慎平は光平のスマートフォンを哲平に手渡した。そこには弟や妹、これから生まれてくる弟(もしくは妹)、祖父母に至るまで一人一人にあてられた動画があった。その一つに哲平と可南子にあてたものもあった。二人がそれをクリックすると、その動画は始まった。光平は死を覚悟しているとは思えないほど穏やかな顔であった。


 「叔父さん、そして可南子さん。やっぱり僕は宇宙に行きたい。これは僕の夢だ。だから脳だけでもいい。僕はイザナギのクルーになりたいんだ。人体実験とかいわないでほしい。僕は死んでも本当に死なない。イザナギによって僕の夢は生き続けるんだ。


 たとえ宇宙でチリとなりはてようと僕はかまわない。どうせ僕の身体は地面に埋められ、墓地の中でチリになる。いったいどんな違いがあるんだよ?


さあ、一緒に行こう。叔父さん、可南子さん。僕は連れて行ってとは言わないよ。僕が連れて行ってあげるんだ。あの宇宙そらの向こうへ。二人を、そして、人類の未来を。」


「中二かよ。」

哲平はつぶやいて目をつむる。瞼の裏に屈託のない笑顔の光平がうつる。


「高二だよ。」

そういってるのかもしれない。光平の最後の演説、哲平は眼だけ泣いていた。号泣する可南子の肩を抱きながら。窓から見える満天の星空はいつもよりずっとにじんでいる。


「光平、大気圏を出ると星は瞬かないんだぜ。お前にも見せてやるよ。今度は俺の番だな。」


 倫理委員会の立会いのもと、光平の脳は摘出され、実験室へと運び込まれた。

光平の脳を組み込むことにより、コンピューター内の化学物質の信号変化や伝達のスムーズさが格段にアップした。まるで光平の脳がコンピュータの信号伝達のコーチをしているかのようだった。


 実験は大成功だった。倫理委員会は光平の「遺言」を公開し、物議と感動を巻き起こした。彼の勇気と自己犠牲の精神は讃えられるとともに、生体脳を合法的に入手されるための法律も整備された。


 それが、「移民宇宙船の特殊生体コンピューターに献体に関する調整法、ならびに入手手段適正のための管理法」、通称「鞍馬光平法」である。ちなみに、法律家もラノベ作家も長いタイトルが好き、というよりは必要悪だと考えているである。

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