2214年、カナダ。鞍馬光平君(17)の事案。

❶英語で我儘は「my mother」とは言わねえよ。

「主任、このままじゃペイロードが足りませんよ。」

「そんなこたあ、分かってらあ。」

部下の指摘は自分が痛いほどよくわかっている。イザナギの船長になることが決まっている鞍馬哲平くらまてっぺいは苦慮していた。彼は生体型コンピューターの小型化の研究主任だった。


 なんといっても「小型化」ってえのは大和人の十八番おはこ中の十八番おはこの技術だが、彼は壁にぶちあたっていたのだ。


 コンピューターの最高峰、ってのは人間の脳だ。スーパーコンピューターがどうのこうの言っても、人間の脳でその働きをさせたら本当に小さくなってしまうんだ。もう、それだけでも「小宇宙コスモ」といわれるくらいの性能だ。まあ、「ペガ●ス流●拳」は打てねえけどね。その働きやら仕組みを応用したのが「生体型コンピューター」だ。

 

  ただ、「人間並み」の性能が精一杯だったのだ。でも人間というのは、実は一生かけても脳の1%も使っていないといわれているから、実際の性能は人間の脳の100分の1ということになる。


「せめてあと20倍の性能が欲しい。」

でも、納期は確実に迫っている。どうしたものか。そいつが哲平の悩みだった。一休さんじゃああるめえし、木魚たたいて、ポクポクポポク、チーンとでる頓智とはわけが違う。


「叔父さん、便秘かい?」

 久しぶりに哲平は甥の光平こうへいの見舞いに来ていたのだが、くだんのコンピューターの性能のことばかり考えていて、上の空だったらしい。


 鞍馬光平は哲平の兄慎平しんぺいの息子で、高校2年生だ。しかし、幼いころから心臓に重篤な障碍を抱えていて、成人式は生きて迎えることは難しいだろうと医師からは宣告されていた。


 移民船への乗船が決まってから、哲平と妻の可南子かなこは暇を見つけては光平の病室を訪ねるようにしていた。光平はそれはそれは宇宙船の話を目を輝かせて聞くのだ。でも、僕も行きたい、というような言葉だだは一度も口にしたことはなかった。


「すまん。光平。出ないのはう●こじゃなくてアイデアなんだ。」

おおよそ科学者らしからぬ下品な表現に、哲平の妻、可南子は眉をひそめた。

「ちょっと哲平さん、いい加減にしてね。」

可南子のカーテンを引く音の鋭さが彼女の心の機微を表している。

 

  大きく開放された窓から、ブリティッシュ・コロンビアの初夏の穏やかな陽射しが、さわやかな風とともに病室に入り込む。

「大丈夫だよ可南子さん。叔父さんのお下品は生来のものだから。」

光平が屈託なく笑った。


「なんでおめえさんが知ってんだよ。」

「ばあちゃんが言ってた。」

光平は哲平を軽くいなすと真面目な顔で言った。

「でも、詰まっているなら出ようもあるけど、空っぽじゃどうしようもないね。」

光平に痛いところをつかれる。


「ぐぬぬ。……でしょ。」

可南子がくすっと笑いながら哲平の気持ちを代弁した。

「おいおい可南子まで…」

哲平は生体型コンピューターの性能の伸び悩みで行き詰まっていることを述べた。ロケット開発で楽しくないことを光平に伝えたのはこれが初めてだった。


光平は枕元に座る哲平から顔を背け、窓からゆらめくカーテン越しに見える空をしばらく見ている。

 そして口を開いた。

「ねえ叔父さん。お願いがあるんだけど。」


「ん…?」

哲平は決してわがままを言わない光平が唐突に口にした『お願い』という言葉に少し驚いた。

「あのさ、そのコンピュータの部品に僕の脳みそを使ってくれないかな?」

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