ごはんよー

「たかふみ、ごはんよー」


 コツコツ、と俺の部屋の扉を叩く音がする。俺はイライラした調子で返事をする。


「うっせえばばあ、今いいところなんだから邪魔すんな! 黙って入り口に置いておけ」


 俺はイライラのあまり思わずゲームのコントローラーを投げそうになった。母は俺の言う通り沈黙した。それから少し経ったとき、先ほどより小さな声で母が言った。


「……ここに置いておくから、冷めないうちに食べてね」


 母が食事を置くときの決まり文句だった。だが、そんな何気ない一言も今日の俺にとってはイライラを増大させる燃料の一つだった。


「うっせえ、わかってるよ! さっさとあっちいけ!」


 俺は大声でまた母に言い放った。コトリと外で音がした。母は食事だけを置いて、黙って離れていった様子だった。


 俺は引きこもりの男だ。基本部屋から出ずに、狭い部屋でずっと暮らしている。食べ物も今のように母に運んでもらっている。今回は怒鳴ってしまったが、それは俺の虫の居所が悪かっただけで、いつも食事を作って持ってきてくれる母に感謝していないわけではない。とはいえ、最近はずっと気分が悪く、きつく当たり過ぎる日が多い気がする。その点は少し反省している。



「たかふみ、ごはんよー」


 今日も扉の前に母が立つ。俺は今日も虫の居所が悪く、それどころかいつもよりも更にむしゃくしゃしていた。格闘ゲームのオンライン対戦で相手が異様に強く、何連敗もしていたのだ。腕に自信があった俺だったが、その幻想が対戦相手に粉々に砕かれたことでやりようのない怒りがこみあげてきて、俺は今すぐにこの鬱憤を別の何かにぶつけたくてたまらない気分だった。


「——っだから! 俺がゲームしてるときに話かけるなっつったろばばあ!!」


 俺は立ち上がり、思いっきり外開きの扉に近づいて勢いよく開けた。ガシャン、と大きな音がして、外に立っていた母に扉が直撃して吹っ飛んだ。持っていたお盆がひっくり返り、食器が割れて散乱し、みそ汁や肉じゃがの汁が床を濡らした。俺は下を向いたままぜいぜいと息を切らしていた。久しぶりに大きく動いたためだ。俺はゆっくりと視線を足元でひっくり返ったお盆から前の方に移した。そこに倒れていたのは母ではなかった。


「なんだ……これ」


 人の形をしているが、全身が白いプラスチックのようなものでできており、顔には目も口もないノッペラボウで、まるでマネキンのようだ。関節にはボールのようなものが埋め込まれていて、これにより滑らかに腕や足を動かせるのです、と説明しているようだった。首は吹っ飛んだ衝撃のため折れていた。折れた首の割れ目からは電線が覗いており、一部ちぎれてバチバチと火花を散らしていた。


「コこ……ニ……おイて……サめな……うチ……ネ」


 人形のようなものが発声した。ガガッ、という壊れた機械のようなノイズが混じっていたが、いつもの決まり文句だった。そして、これは聞き慣れた母の声だった。


「え……いったい……どういうこと……」


 俺は怒りに任せて扉を開いたことを後悔した。とても怖くなった。見てはいけないものを見てしまったように思った。いつも僕に食事を持ってきてくれたのは母ではなかったのか。そして、持ってきてくれたこの人形は何なのか。


 俺は唇をわなわなと震わせて少し立ちすくんだ後、ゆっくりと部屋に戻り、扉を閉めた。俺は何も見ていない。今のは夢だ。幻だ。また母が食事を持って僕の部屋にやってくるに違いない。きっとそうだ。俺は扉なんか開けずに、部屋の中でただ母に罵声を浴びせかけていただけなんだ——。



 母は二度とやってこなかった。それから日を置いて、部屋の扉の前で異臭がするようになった。何かが腐ったような臭いだ。それから小さな蠅が扉の隙間から入ってくるようになり、部屋の居心地も悪くなった。さらに数週間か経つと、部屋の中にも異臭が立ち込めるようになった。この時期になると、もう居心地の悪さも母が来ないこともどうでもよくなっていた。

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