ボーンマニア

 火葬場。日本で葬られる人間が最後に行きつく終末の地。魂なき肉体はここで1000℃の炎で焼かれ、生前の形からは想像もできないような小さな骨片へと姿を変える。

 人々は小さな骨となった亡骸を見て、ようやく人が亡くなったのだという事実を認識する。動かなくなった屍を見ても、まだ原型を保っているため、それが死んでしまったとなかなか信じることができない。信じることを脳が拒否するのだ。また動き出すような気がして、生前のイメージを捨て去ることができないのだ。それを捨て去るために、火葬する。跡形もなく燃やし尽くし、誰もそれを人間だと認識できなくするように。

 この日も火葬が行われた。若くして病気で亡くなった女性の遺体だ。これから辿るはずだった人生を惜しまれながら、遺族によってその最期の姿を見送られた。彼女の身体を焼く炎は天へ導く浄化の炎か、それとも罪を裁く地獄の業火か。それは魂を失った今、本人すら知りえないことだろう。

 やがて骨と灰だけになった彼女の身体が炉から取り出され、遺族たちの目の前に運ばれる。火夫が骨を一つ拾い上げて、遺族たちに説明する。


「これが喉仏のどぼとけです。ほら、ここを見ると座禅をしている仏様みたいでしょう。だから喉仏というのです。そしてこれは……」


 説明の最中、突然後ろからバタバタと走ってくる音がして、何者かがその場に乱入してきた。遺族にとっても火夫にとっても見知らぬ男である。


「んほおおおおおおおお!! 喉仏! 軸椎じくつい! 素晴らしい骨だ! ああ、軸椎!」


 その男は突然寄声を発しながら今しがた置かれたばかりの骨にぐいと顔を近づけた。


「ちょっと、なんだね君は! ご遺族の知り合いかね!」


 火夫は剣幕で乱入者に怒鳴りつける。その男は平然と答える。


「ん~~ん!! 知~~らない!! そんなの関係な~~い!!」


「じゃあ出てってくれないか!! 迷惑だよ!」


 火夫はその男を引きはがそうとする。遺族たちは驚いた顔をしたまま、一言も話さずにその様子を眺めている。


「え~~!! なんで~~!? ここに骨があるから来ただけなのにぃ~~!」

「いいから離れなさい! この骨は君のじゃない!」

「ええ~~? こんなに素晴らしいのにぃ! ああ、軸椎!! 上から二番目にある頚椎けいつい!! 喉仏って言われてますけどねぇ~~、実は本当の喉仏じゃあないんですよぉ~~!! 本当の喉仏はですねぇ~、喉頭隆起こうとうりゅうきという甲状軟骨こうじょうなんこつの出っ張った部分でしてねぇ~~、軟骨だから焼いたら残らないんですよぉ~~!! だからこの軸椎はですねぇ~~……」

「誰か! こいつをつまみ出してくれ! 警備員さん!」


 すぐに警備員数人がその場に駆け付け、彼を力づくで引き離す。男はじたばたともがきながらわめき散らす。


「ああっ、まだ見てない骨が沢山あるのにぃ~~!! ああっ、大腿骨だいたいこつ!! 太くて立派な大腿骨!! 大腿骨はですねぇ~~……」


 男の骨の解説がむなしく辺りに響き渡る。その解説は警備員に引きずられながら、だんだんと遠ざかっていく。彼の姿が見えなくなったころには、再び静寂が訪れる。


「……妙な邪魔が入りましたが、続けましょう」


 火夫は改めて遺族たちに説明を再開する。しかし、遺族たちはポカーンとした顔のまま、その説明がまるで耳に入っていないようだった。

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