大根役者

 僕が所属する学校の演劇部には妙なものが置いてある。いつも練習のときに部屋の端っこでぽつんと座っているのだ。

 それはいつも足を組んでいるように見える、根の先が二つに分かれた大根だった。


「やあ、大根さん。今日も元気だね」


「こんにちは、大根さん。その白くて綺麗な足、うらやましいわ」


 部員たちは大根さんを見かけるたびに気さくに話かける。大根さんは他のどの役者よりも愛されている、この部のアイドルだ。

 大根さんは観客ではない。僕らの練習を見守るだけではなく、一緒に参加してくれる頼もしい仲間なのだ。大根さんは常に僕らの隣に座り、励ましてくれる。ステージ練習のときも、ステージの端っこに鎮座して部隊を彩ってくれる。本番のときもステージの裏にいて応援してくれる。もし失敗しても、大根さんを見れば不思議と元気が沸き、くよくよと落ち込むよりも次に向けて頑張ろうと思うことができるのだ。演劇部の皆はそんな大根さんのことが大好きだった。

 大根さんは部室で大切に扱われた。毎日部員が交代交代で水を与え、身体を拭いて綺麗にした。暇さえあれば大根さんに話しをかけた。楽しいことを話したり、悩みを打ち明けたりした。ときどき大根さんの頭を撫でて可愛がった。大根さんは何も言葉を話さないが、僕らに癒しという返事をいつも返してくれた。僕らにとって、大根さんはかけがえのない存在になっていった。


 ある日、大根さんを巡って悲劇が訪れる。突如、姿を消したのだ。

 部員全員がどよめき、顔面蒼白で慌てふためいた。これは大ごとだ。事態を重く見た部長は号令を放った。大根さんをいち早く捜索し、行方を突き止めよ。


「ダメだ、どこにもいない」


 さんざん動き回った後、僕は息切れぎれに部長に報告した。部室、体育館、校庭……。大根さんが居そうな場所をくまなく捜索したが、見つからなかった。


「なんてこと……私たちはこれからどうしたらいいの」


 女子部員が嘆いた。部室の中には重苦しい空気が立ち込めていた。


「くそう、最後に部室にいたのは僕だった。僕さえしっかり確認していれば……!」


 僕は悔し気に拳で壁を叩いて言った。後ろから男子部員がポンと僕の肩に手を置いて声をかけてきた。


「いいや、お前だけのせいじゃない……俺たち全員が悪いんだ。お前ひとりに任せずに、一人ひとりしっかりと戸締りを確認したり、大根さんに気をかけてあげていれば……っ!」


「……でも、一番悪いのは俺だ。だから俺が大根さんを見つけ出す。必ず!」


 僕は決意をしたようにうつむいた顔を上げ、低い声で言葉尻を強くして言った。


「俺も探す!」


「私もやるわ」


「お前ひとりに重荷を背負わせるわけないだろ!」


 仲間たちが一斉に声を上げた。暗い部室の中で僕にだけ射し込んでいたスポットライトが、次々と他の部員たちにも当たっていくようだった。


「みんな……」


 僕は感嘆したような声を出した。そして台詞を続けた。


「ありがとう、みんなで手分けして大根さんを見つけよう!」


 演劇部の心は一つになり、にわかに活気づいた。そして、互いの健闘を祈り、大根さんを探すためにそれぞれ散っていった。


 この日、大根さんが見つかることはなかった。それもそのはず、大根さんの居場所は僕の家、僕の部屋だからだ。明日この大根を演劇部に持っていこう。ちょっと腐っているが、皆は喜ぶだろう。そして、僕は部のヒーローになる。僕は大根さんを救い出した英雄だ。脇役ばかりやっている僕だったが、この劇の主役の座は僕が頂く。

 それにしても、僕の演技も捨てたものじゃないな。みんなコロッと騙された。もう大根役者卒業と言ってもいいのかな?

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