何か太郎

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんはそのへんによくいるふつうのおじいさんでしたが、おばあさんは熊を素手でなぎ倒すほどの剛腕の持ち主。日本中に蔓延る鬼を滅ぼすのが彼女に与えられた使命。彼女らは家を持たず、鬼を求めて常に旅をしながら暮らしていました。おじいさんは荷物持ちのために引きずり回し、おばあさんは現れた鬼たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……それはもう、天下無双の大活躍でした。おばあさんは村に出現した野良の青鬼を倒して言いました。


「ぬるいわ……ぬるい! 鬼と言えども実力はこの程度のものか。少しは骨のある奴らだと思っていたのだが……とんだ見込み違いだったな、じいさん」


 おじいさんは重い荷物を背負いながら、ぜいぜいと息を切らしながら言いました。


「そ、そうじゃのう、ばあさんや……わしは全く歯が立たないが、ばあさんにとっては楽勝ですのう」


「そこでじゃ、じいさんや。噂の鬼の本拠地、鬼ヶ島に直接乗り込もうと思うのじゃが、どうかのう」


「え、えぇ……わしもついていくんですよね、ばあさんや」


 おじいさんはうろたえながら言いました。


「当然じゃ、でなければ誰がわしの荷物を持つのじゃ、じいさんや」


 おばあさんは不思議そうな顔でおじいさんに言いました。おじいさんはとても困惑した顔で言い返しました。


「ばあさんや、ちょっと、ちょっと待ってくれんかのう……わしには流石にちと堪えますわい。ここは戦力を整えるために、まず川で洗濯して特別な「何か」拾ってくるのがいいと思いますのう」


「はぁ? 何でわしがそんなことをしなければならんのじゃ」


 おばあさんがキレ気味に言いました。おじいさんはびくびくとしながら話を続けます。


「その「何か」の中には子供がおりますのじゃ。その子供は鬼を倒すために生まれてくると言われる子じゃ。そしてその子を育て、わしら一行の戦力として加えるのじゃ。きっと鬼退治に役立つ。この前立ち寄った村で信頼できる筋から聞いた話じゃ、試してみる価値はあろう」


「ほう、それで?」


 おばあさんは腕を組みおじいさんの話をじっと聞いていました。


「十分に育ったらその子にお菓子を与えましょうぞ。いつもわしらが作っている魔性の菓子『キヴィ団子』じゃ。これは使う人が使えば動物を洗脳して仲間にすることができるという話はばあさんも聞いたことがあるじゃろう? それを使ってさらに戦力を整えるのじゃ。このほうが直接鬼ヶ島に乗り込むよりずっと安全じゃよ、ばあさんや」


 おばあさんは少しの間目を閉じて考え込んでいましたが、やがてかっと目を見開きおじいさんに言いました。


「断る! わしが鬼ヶ島に乗り込みたいのはただ鬼を滅ぼすためだけではない。戦いを愉しみたいのじゃ。そんなまどろっこしいことをしている暇があるのなら、さっさと行ったほうが良いではないか。だいいち鬼なんぞわし一人で十分じゃ、仲間など不要! よもやわしを力を信用しておらぬな? ならば、この戦いでわしの戦いぶりを改めて目に焼き付けておくがいい。絶対惚れ直すことじゃろう。さあ、早速鬼ヶ島に向けて出発するぞ、じいさんや!」


「とほほ……やっぱりだめか」


 おじいさんはおばあさんの暴走を止められなかったので、肩を落としてしょんぼりしました。おじいさんは重い荷物を担いだまま、おばあさんの後に続きました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る