ばばばばば
僕は吃音症だ。要するに「どもり」があり、何かを言うときに、頻繁に言葉がつっかえてしまい上手く話せないのだ。僕の場合は最初の一音を連発してしまうことが多く、たとえば「よろしくお願いします」と言おうとすると「よよよよよよよろしくお願いします」となってしまう。そのせいでいろんな人にからかわれたり、いじめられたりしていた。
僕だって、馬鹿にされたくはない。僕にだって尊厳はあるのだ。しゃべることで僕の恥ずかしいところが露呈されて、それを餌にみんなによってたかって馬鹿にされる。僕にとってそれはとても苦痛なことだ。だから僕は人前でしゃべるのを止めた。しゃべらなければ、どもることもない。僕の恥部を晒さずに済むのだ。
でも、それだけで苦痛から逃げ切ることはできなかった。しゃべらないなら、それはそれでからかいやいじめの格好のネタになるからだ。「普通の人間」ならば、会話をすることで仲間意識を確かめ合い、結束する。でも、僕は会話をしない「異端な人間」だ。多くの人にとって僕はコミュニケーションをとることのできない得体のしれない生物なのだ。だから排除しようとする。よくわからない遺物が視界に入ることに嫌悪感を示すのだ。
そして、今もそんな「普通の人間」にからまれている最中だ。昼休みの学校での出来事。教室の端にある自分の席で、一人でお弁当を広げて食べているところに、彼らは複数人で群れて僕を取り囲み、意地の悪そうな目で僕に話しかけてきたのだ。
「よぉ、だんまり。お前、相変わらずしゃべらないんだな?」
彼はいじめっ子グループのリーダー格。僕に一方的に「だんまり」というあだ名をつけてきたやつだ。身体が大きく貫禄があるやつで、殴り合いになったらまず僕では勝てそうにない。彼と取り巻きは気持ち悪いくらいニヤニヤしていた。
そして、不意に食べている途中の僕の弁当を手、で払いのけるようにして机の下に落下させた。
「おぉっと。手が滑ったぜ。ごめんなぁ? でも、これくらいでまさか怒らねえよなあ? 何せ、お前は「だんまり」なんだからよ」
彼はギャハハと笑い声を上げた。取り巻きも笑いを必死にこらえている。
僕は悔しく思った。僕のだんまりを馬鹿にするのはまだいい。いや、良くはないしこれも十分悔しいのだが、いつものことなので悲しいけど慣れていた。そんなことより、弁当を台無しにされたことに強い憤りを覚えた。これは母が思いを込めて作ってくれたお弁当だ。その思いが、やつらのせいで無駄になってしまった。許せない。やり返してやる。
でも、どうやって? もやしのようにひょろひょろした僕の腕では到底かなわない相手だ。それに人数でも負けていて、どう考えても返り討ちにされる。
でも……。それでも、許してはおけない。まずは腕力に頼らずに反撃しよう。しかし、それは言葉で返すということ。腕力以外で暴力に対抗できるものは、言葉しかない。だから、僕はしゃべらなければならない。ならばやってやる。だんまりを解禁だ。きっとどもってしまうだろうが、関係ない。激しい怒りが僕を突き動かす。
僕は言い放とうとする。
——馬鹿にするなよ!!
「ばっ、ばっ、ばばばばかに」
やはり、僕はこんなときでも上手く言うことができない。昔から馬鹿にされてきたことを思い出して情けない気持ちになり、泣きたくなった。
「えー? 何て? こいつ、言ってる意味わかんねー!」
いじめっ子リーダーはまた笑って、僕のことをあざけった。僕はより強い悔しさを覚えた。でも、負けない、という思いも強かった。たとえどもっても、言い切ってやる。僕を馬鹿にするな!
「ば、ばばばばばばばばばばば!」
「まだ言ってやがる、こりねーな」
取り巻きもどっと笑いだした。しかし、僕は続ける。
「ばばばばばばばばばばばば!!」
僕は一生懸命言おうとする。言いたい言葉にはならないが、それでも言おうとする。そんなとき、変化は起きた。
「ばばばばばばばばばばばばば」
僕の口唇から高速で発せられる破裂音は空気中に振動して周囲に響き渡った。椅子が揺れ、机が揺れ、部屋が揺れ、そしていじめっこたちの鼓膜を揺らした。
「おい、何かおかしいぞ!」
いじめっ子は気づいたが、もう遅い。既に僕の反撃は始まっているのだ。
「ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!」
僕の声の振動はだんだん大きくなり、彼らは耳を塞がざるを得ないほどのとてつもないものとなり、やがてそれは衝撃波となって、椅子、机、いじめっ子を大きく吹っ飛ばした。
「ぐああああああああああああああ!!!」
いじめっ子は叫び声を上げながら、机もろとも教室の端っこの壁に叩きつけられ、気を失った。
やった、あいつらに僕は勝ったんだ!
吃音の「だんまり」はたちまち学校中で有名となり、いじめっ子はいじめを止め、僕をいじめる者はその後一人も現れなかった。
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