こんにちは。私は石です。年齢はわかりません。元々はでかい塊だったと思いますけど、ある日その塊が崩れて離れ離れになってしまいました。今は小石です。


 私が覚えている範囲では、山にいました。ずいぶんと昔の話です。私は崖の一部でした。雨で地盤が緩んでもろくなり、私を含めたその一部が崩れ落ちました。そのとき下にあった木や草を巻き込んで押しつぶしてしまいました。もしかして、動物もその中にいたかもしれません。私がいたことで、それらの命を奪ってしまいました。私の意思ではなかったのですが、巻き込んでしまい結果的に残念でした。私の意思……イシなだけに。ははは。


 それからずっと崖の下にいました。雨が降るたびに少しずつ私の身が削られ、身体の形が変わっていきました。ちょっとスリムになりました。そのうち私の上にも泥や朽木、生物の死骸などが積もり、土になりました。そして、植物が生えてその上で生物が暮らすことになりました。その間、私は下に埋まっていました。石の上にも三年、ということわざがあるそうですが、そいつらは三年どころか何千年も居座っていました。ふてぶてしいやつらだ、と思いました。


 私は自分のイシでは動けないのでしばらくずっとその下です。暗い中で埋もれていてちょっと寂しかったです。土を被っていなかった頃が懐かしかったです。ポカポカしたお日様の光が当たり、ざわざわと森が風を受けて揺らめく音や小鳥の鳴き声が聞こえてきました。土の下にいるとそれらを感じ取ることができませんでした。その代わり、大地の声が聞こえやすかったです。


 大地は私より長く存在していますが、大地よりさらに下にいるものは、とても若いです。大地の底から生まれた、大地の子です。それがどこかから噴出され、大地の一番上にやって来ます。そうしてやってきた大地の子の上に、命が生まれます。そしてその命の上に、さらに若い大地の子が積もって、またその上に命が育ちます。こうして大地はまわっているのだよ、と大地が教えてくれました。最初は私の上で暮らすなんて卑しいやつらだ、なんて思っていたけれど、考えを改めました。私の上の子たちの上にもまた大地の子らがやってきて、私も大地になるんだ。だから、いずれそうなるのだから、その通り道を邪魔してはいけないんだとわかりました。私は大地の声を聞いてすとんと腑に落ちた気がしました。ストーンなだけに。ふふふ。


 でも、大地の子はわがままです。すぐにぐずります。ぐずるたびに、大地が動かなければなりません。その力を抑えなくてはなりません。抑えようとしたら、大地は揺れます。地震ってやつです。抑えても抑えきれないほどに、大地の子はすごいパワーです。若い子は元気がいいのです。大地の子らが噴出するときもすごいパワーです。勢いよく出てきます。そのときも、大地は揺れてしまいます。


 大地が揺れると、その上に暮らしている命が危険です。私みたいに崩れて落下し、その下敷きになってしまう命も少なくないでしょう。とても申し訳ない気持ちになるのですが、こればっかりはどうにもなりません。大地がまわっている証なのです。これが起こらなくなってしまったら、大地はまわらなくなって死んでしまいます。


 だから、地の底からうごめく声が聞こえてきたら、私たちは私たちの上にいる命にそれを伝えるようにします。この声は大地の子の産声です。大地の子がまた誕生するのです。私たちにとってはお祝い事なのですが、上にいる命にとっては災難です。だから、潰されないように逃げるように警告します。わざと小さく揺れたりして、これからすごく揺れるから避難してくださいね、と教えます。私たちにはこれくらいしかできないですが、気づいてくれたらうれしいです。まだ生きている命たちは岩や土に埋まって大地の子の一部になるのはまだ早いですしね。


 さて、ここまで大地の子の一部として話していましたが、私は大地から流れから一時的に切り離されてしまいました。大地の営みによって、大地の上に戻ってしまったのです。揺れによって私たちの仲間も大きく動いてしまい、その中から押し出され、再び地表に出てしまいました。いわゆる地殻変動です。その際に私も崩れてバラバラになり、ずいぶんと小さくなってしまいました。


 小さくなった私は、私だったものと一緒に川の中に落ちてしまいました。川で暮らす命たちはさぞびっくりしたでしょう。小さくなったとはいえ、彼らよりはずっと大きいですから、そんなのがいきなり現れたらひとたまりもないでしょう。


 川の中は、雨風にさらされるよりもずっと早く身が削られました。みるみるうちに、小さくなった私の身体はさらに小さくなっていきました。このまま削られてそのうち砂粒になり、とても小さな存在になるのだなと思いました。それはそれで大地の一部となのですが、思っていたのとちょっと違うなと思いました。今まで私の上の命たちよりずっと大きな存在だったので、そう思うだけかもしれません。


 しかし、水の中は今までとは全く違う環境で、それはそれで楽しかったです。大地の声こそあまり聞こえませんし、日の光も森の音もありませんが、水の音がします。雨の音とも違った感じで、それはそれでとても新鮮でした。新たな環境でも、結局は慣れなんだな、と思いました。


 流水で全身が削れていくと、水の力を借りて動けるほどに身軽になっていきました。私はちょっとずつ川下に流されていきました。短い期間のうちに次々と景色が変わっていくというのも初めての経験なので、これもまた新鮮でした。あのとき押し出されて川に来なければ絶対に経験することはありませんでした。身を削りながらあちこち見て回るのも、なかなかロックな生き方ではないかと思います。えへへ。


 そんな旅も長くは続かず、気が付けば私は河原に打ち上げられていました。久々の水の外ですが、もうちょっと旅を続けたいなと思っていたので残念でした。雨などで川の水が増えてまた流されることもあったのですが、すぐにまた河原に打ち上げられてしまいます。地上とも水中とも言い難く中途半端な感じなので、はっきり言って気持ち悪かったです。この頃にはすでに私は小石と言ってもいいくらいの大きさになっており、元々ゴツゴツしていた身体は削れて丸くなっていました。


 そんなある日、河原に引っかかっている私を、だれかが拾っていきました。石を拾うというのは、意思を持った命だけが行うことができる行為です。大地や大地の子らは意思どおりに動くことはできません。自分にイシという名前がついているだけに意思どおりに動けないのがくやしいです。


 とにかく、拾われた私はその命が暮らす場所に持ち込まれました。すると、不思議なことに何か固いものを使って私の身体を削り始めました。ただでさえ小さくなっていた身体がさらに小さくなって消えてしまうのかと思いました。しかし、削るのは特定の部分だけで、私の身体がなくなることはありませんでした。


 いつの間にか、私の身体は河原にいた頃とは見違えるようにピカピカになっていました。削られていたと思っていた私の身体は、規則的に形が整えられ……まるで、森の中にいた頃に見た鳥のような姿になっていました。


 それ以来、私は見たこともないような場所にポンと置かれ、たくさんの命に注目されるようになりました。その命たちは、口々に「ゲージュツダ」「スバラシイ」などと言っていました。意味はよくわからないけれども、悪い気はしませんでした。


 大地の流れからはいったん離れてしまった気はしますが、そのうちまた戻ると思います。大地の子の上で暮らしている命もいずれは取り込まれてしまいます。そのときに一緒にその流れに帰っていくでしょう。しかし、今この瞬間は、楽しいです。そこへ戻るまでのもう少しの間は、楽しんでいきます。

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