友達製作委員会
中学二年生の良馬くんは恥ずかしがりや。なかなか人に話しかけられず、友達もいないのでいつも独りぼっち。お母さんや先生も心配して色々と手を打つのだが、彼自身が動かないため効果が上がらない。良馬くん自身も、諦めからか、友達を欲する様子もなく、彼の周囲にあるのは哀愁だけで他に誰もいないのだった。
そんな良馬くんだったが、ある日、一大決心をした。友達を作らなければならないと思い立ったのだ。なぜそう思ったかという理由は、漫画の主人公に憧れたからだった。
良馬くんはこれまで小説も漫画も好きではなく、これまであまり読んだことがなかった。作り話は全てくだらないものだと、この年頃特有のすれた考え方をしていたのだ。だからフィクションの物語を嫌い、できるだけ本を避けて生きてきていたのだが、学校で読書感想文が出されたため何かを読まざるを得なくなった。
良馬くんは、周りの皆が本を一生懸命読んでいても、やはり一人だけ何も読まずにぽつんと座っていた。しかし、このまま読むのを拒否していては読書感想文など書くことはできないので、見かねた先生がそんな良馬くんに何か読みなさいと叱った。だが、いくら叱っても良馬くんは読むのをかたくなに拒む。あまりの彼の強情ぶりに、流石の先生もお手上げだ。
先生としてはなんとかして彼に課題を提出してもらわなければならないので、もう漫画でもいいから感想文を提出しなさいと譲歩した。今時そんなことをしたら他の生徒がちゃんと本を読んでいるのに不公平だ、とクレームを入れられるだろう。しかし、教室のほとんどの生徒は良馬くんのことにあまり関心がなく、とくに注目されることはなかったので、問題には発展しなかった。良馬くんとしてもしつこく言い続けられるのはもっと嫌だったので、その条件を飲んで漫画を読み始めた。
良馬くんが読んだ漫画は、友情や努力で困難を乗り越えて強敵へ立ち向かっていく、王道の少年漫画だった。最初はしぶしぶといった感じで読む良馬くんだったが、段々と物語に引き込まれていき、いつの間にかはまり込んでいた。何故こんな面白いものを読まずに避けていたんだろうと、彼は過去の自分を恥じるのだった。
そこで、良馬くんは少年漫画の主人公と自分とは何が違うのか考えるようになった。そして、彼らとの違いは「一緒に戦う友達がいないことだ」と結論付けた。
良馬くんはそこで初めて友達を欲した。自分も友達と一緒に困難に立ち向かっていく人生を体験してみたいと思うようになった。だから、友達を作ろうと決心したのだ。
まずは、クラスの人から声をかけようとした。でも、声が出ない。口をパクパクと動かすだけで、喉から出てくるのは、コヒュー、という息漏れだけだった。いきなり話したこともない人に「友達になろうよ」などと話しかけることは、彼にとってはとてつもなく高いハードルだ。
良馬くんはいきなりつまづき、絶望した。この次のステップは隣のクラスの子とお友達になる、というものだったが、その前段階のクラスの子すらお話ができない。これでは到底共闘する仲間などできるはずもない。彼は自分の不甲斐なさを嘆き、流れ出る涙を袖で拭い、鼻水をポケットティッシュでかんだ。
良馬くんはそこで、妙案を思いついた。そうだ、クラスで友達ができないのなら、自分で作ればいいではないか、と。
まず作ったのは、一馬くん。良馬くんの親友だ。頭が良いわけではないが、熱血で友達思い。良馬くんとは時々衝突することもあるが、すぐに仲直りし、友情を堅固なものにしていくのだ。良き友、良き相棒としてこれからも末永く付き合ってくれるいい奴だ。
次に作ったのは幼馴染、梨乃ちゃん。彼女は頭が良くて成績優秀、運動もそこそこで、なによりかわいい。クラスの人気者だ。友達は多いが、その中でも特に幼馴染である良馬くんには特別気を遣ってくれる優しい子だ。実は密かに良馬くんに想いを寄せており、それ以上関係が進展するかどうかは良馬くんの行動次第というわけだ。頑張れ良馬くん、負けるな良馬くん。
そして、恋のライバルである幹雄くん。梨乃ちゃんを好きになったイケメン男子だ。最初は良馬くんを気にする様子もなく、梨乃ちゃんにアタックするが、なかなかなびかず、彼女の想いの影に良馬くんがいることに気付いていく。それから次第に良馬くんをライバルとして認め、最初は嫌な奴、というイメージだったが、徐々に仲間として助けあう関係になっていくのだ。でも、あくまでも「お前を助けた覚えはない、梨乃ちゃんのためだ。次会うときは敵同士だから覚悟しておくんだな!」というスタンスを崩さない、ちょっと面倒くさいタイプの味方だ。でも、なんだかんだまた協力することになるのだ。
これだけ友達を作ればとりあえずは大丈夫だろう。足りなければまた作ればいいのだ。最初は少ない人間関係も、話が進むごとに徐々に増えて最終的には仲間が沢山いる、というのが少年漫画の黄金パターン。良馬くんもきっとそうなっていくだろう。もう、孤独に苦しむことはないのだ!
ある日、先生に職員室に呼ばれた。話があるのだという。
先生の話によると、最近一人でぶつぶつ言ってることが多いけど大丈夫か、というものだった。大丈夫も何も、良馬くんはいたって健康で充実している。風邪もここ最近ひいていないし、何より友達が沢山できて毎日が楽しい。一人だなんてとんでもない、みんないるから賑やかで楽しいのだ。
それを聞いた先生は顔をしかめた。そして、もし何か悩み事があるならいつでも相談しなさい、と言った。
相談事なら友達にするし、わざわざ先生に言うこともないので、良馬くんは話半分に聞いておいた。良馬くんの友達は次第に増えてきて、それが縁で委員会にも所属して活躍しているのだ。何を心配することがあるのだろう。先生に心配される筋合いはない。
委員会は決まって放課後に会議があり、家に帰ると結構暗い時間だ。母親まで心配そうな顔をして玄関で出迎えた。
ちょっと、先生から聞いたわよ。あなたいつも一人でぶつぶつ言ってるんですって。何か悩みがあるなら、お母さんたちも相談に乗ってあげるからどんどん言いなさい。
冗談じゃない、と良馬くんは怒った。お母さんまでなんてことを言うんだ。僕は一人じゃないと言ってるだろう。今日だって、同じ委員会の真也くんと一緒に帰ったのだ。心配無用だよ。
じゃあなんという委員会なの、教えなさい、とお母さんは言った。良馬くんは答えた。「友達作成委員会だよ」と。
友達作成委員会はついこの間発足した委員会で、学校の認可を受けた正式な委員会なのだ。何をしている委員会なのかというと、その名の通り友達を作成する委員会だ。僕のように友達ができなくて困っている人は他にもいるはず、そう思って良馬くんが生徒会に掛け合って作ってもらったのだ。
ちなみに、その生徒会の人もみんな良馬くんが作った友達。生徒会長も、副会長も、書記も、みんな彼が作ったもの。いくらでも都合よく増やすことのできる仲間たちだ。良馬くんは仲間を作ることで一つの組織をも作り上げたのである。
しかし、お母さんはそれを否定する。そんなものはまやかしであんたの妄想だ、現実を見なさい、と。そんなわけあるか、と良馬くんはそれを認めない。これはれっきとした僕の仲間であり、僕を支えてくれている存在なのだ。お母さんは、そんな僕の救いであり支えであるものを否定して奪おうというのか。そんなことさせない、そんなことをするやつは僕の親じゃない。
良馬くんは考えた。そうだ、こんな奴が親なわけがない。ならば、新しく親を作ってしまえばいいのだ。良馬くんは家を飛び出し、夜の公園に泊まり、自分にとって「いい親」とは何かについて考察した。
翌日になっても家に帰ってこなかったため、お母さんは心配したのだが、学校に電話をかけて良馬くんがきちんと登校していることを確認できたため、ひとまずは安心した。だが、無事がわかっただけで、家出した息子が帰ってくるとは限らない。お母さんは先生に良馬くんが帰ってくるように説得をお願いした。
先生は最近の良馬くんの様子を不気味に感じていたため、説得に気が進まない。だが、どうにかしてやってみなければならない。それが先生のつとめ。先生は職員室に良馬くんを呼び出し、問いただしてみた。
昨日家出したんだってな、一体どうした、と先生は訊いた。すると良馬くんは、家出なんてしていない、という。どうもお母さんの言うこととかみ合わない。先生は念のため昨日何があったのかと聞いてみた。すると、良馬くんは親じゃない誰かの家を出て新しいお母さんを作ったのです、という。先生はわけがわからずさらに問い詰めてみた。だが、返ってくる言葉は同じで、お母さんは作った、とばかり言う。そして、今朝は友達が迎えに来てくれたという話を続けてした。その友達の名前を聞いたが、一馬くんという聞き覚えのない生徒の名前だ。意味のわからないことばかり繰り返していてらちが明かないので、先生はそこで会話を打ち切る。この会話でわかったことは、良馬くんの最近のおかしな行動と何か関連があるということだけだ。
その後も良馬くんの様子は変わらず、休み時間に虚空に向かって話しかけて笑ったり、放課後に聞いたこともないような委員会に出席すると言い出したり、あたかも大勢と遊んでいるかのような様子で一人で遊んでいたり、と奇妙な行動ばかり。どう見ても友達なんていないのに、彼の頭の中では実在しているかのように振る舞い続けているのだ。先生はあの後も何度も根気強く説得した甲斐あってか、流石に家出は止めてくれたようだが、たびたび公園の端っこで「お母さん」に話し続ける姿がたびたび目撃された。それらの行動を見て、先生たちは彼を「異常」と呼ばざるを得なかった。
しかし、彼は笑顔だった。少し前までは全く見せなかった彼の一面がそこにはあった。毎日が楽しそうで、失わせるには惜しい表情だ。もしかしたら、たとえそれが異常だとしても、下手に矯正せずにそのままにしておいたほうが良いのかもしれない、と先生は思い始めていたのだった。
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