第1章 メッセージ

「いいね」

シャハンは顔をほころばせた。画面の向こうで、初等教育センターの制服を着た子供が二人、自慢げにポーズを作る。シャハンの双子の末娘、ミナとフィンである。

「よく似合っているよ」

「ねえねえ、お父さん、今度はいつ帰って来るの?」

よく似た顔が二つ、声を揃えてそんなことを聞いてくる。シャハンは、家族を地球に残して火星で仕事をしている。思うようになかなか帰れないため、実のところ、ミナとフィンに会えるのは、多くても年に二度、下手をすると一度も会えない年もある。

「そうだな・・・次の休暇は4ヶ月先だ。その時に」

シャハンは言いながら、「願わくば」と心の中でつぶやいた。画面の向こうでは、双子がつまんないだのなんだのと騒いでいる。お父さんは大事なお仕事をしているからね、と妻のシェリルがなだめるのを眺めながら、シャハンは内心、深いため息をついていた。

----大事なお仕事、か----

 大事といえば大事かもしれないが、時折、今でも思う。別に自分でなくてもいいのではないかと。それでも、自分はプロジェクトの地球側責任者で、なかなか火星から離れることができない。

「そういえば、あなた、ウェイは今年成人よ」

シェリルが言った。ウェイは、いちばん上の息子で、今年18になる。

「そうだったな」

「成人式、帰って来・・・」

シェリルは言いかけて、言い淀んだ。

「まあ、無理、だよね」

成人式は、大抵皆、家族・親族が集まって盛大に祝う。そこに父親がいないなどもってのほかである----のだが。

 火星へ来て10年余り。それきり子供の入学や卒業はもちろん、生まれる時も、側にいることはできなかった。シェリルが倒れた時も、2番目の息子のジュナが病気で生きるか死ぬかであった時でさえ。

 何やらだんだん腹が立ってきたぞ----シャハンは思った。いつもいつも地球と火星の都合に振り回されっぱなし。誰も彼もが好き勝手をしてくれるものだから、決まった休暇さえろくすっぽ取れない。

「いや、取るぞ。絶対取る。休みを取って帰るよ」

断固とした調子で言う。

「みんなは喜ぶでしょうけれど、大丈夫?」

無理しなくていいわよ、とシェリルが言う。

「成人式といえば、人生の一大行事だぞ」

きっと休みを取るから。シャハンはやけに張り切っている。そんな夫に苦笑しつつ、シェリルは、それでも当面、皆には黙っていようと思った。夫の「休暇を取る」という言葉ほどあてにならないものはない。

「それはそうと・・・」

シェリルが話を変えようとした時、不意にひどく画像が乱れ、音声が雑音に飲み込まれた。通信機の故障だろうかとスイッチを入れ直してみるが、上手く通信がつながらない。

 別の通信機を試してみる。これもやはりつながらない。

 シェリルはあきらめて、スイッチを切った。ほうらね。心の中につぶやく。直感が告げていた。この分では、きっと夫はまた休暇を取り損ねるのだろう、と。


 通信管制室は、いつになく慌ただしい空気に包まれていた。

「一体何があったんだ」

シャハンは、手近にいた人物に尋ねた。

「干渉電波だ」

短く相手が答える。

「干渉電波?」

「まだ詳しいことは分からない。通信衛星と各ドーム都市間の電波に強力な別の電波が干渉して、通信を乱している」

「連中か?」

「連中とは?」

思わぬところで聞き返されて、シャハンは思わず相手を見た。この手の問題が起きた時に連中、と言えば通常決まっている。"大地の守護者"を名乗る集団----反火星、反地球連合府を唱える者たちである。

 向こうもこちらを振り返る。ナーナリューズ。てっきり地球人だと思い込んでいた。厳密には、ナーナリューズ2である。何故か、5年前に名前が変わった。火星人は、時々名前が変わる。変わる、といっても、単に後ろの数字----歴数というらしい----が順に増えるだけである。何故変わるのか、ナーナリューズの名前が変わった時に尋ねたが、またいずれ、としか答えなかった。

「実は別人、ということはないよな?」

当時、思わず尋ねたシャハンに、いや、と否定しつつ、ナーナリューズはどこか面白がるような目をしていた。自分でも分かっている。馬鹿なことを言った、と。

「大地の守護者がまた何か仕掛けてきたのかと思って」

シャハンは言った。が、ナーナリューズは同意しなかった。

「そうではなさそうだ」

画面の一つを指差す。

「発信源は、この近隣ではない。まだ特定には至っていないようだが、少なくとも、太陽系内ではない」

「太陽系内ではないといって・・・」

「行こう、今ここで私たちに出来ることはない。もうすぐ問題の電波の分離ができそうだから、じきに復旧するだろう。可能なら人を回してくれ。電波解析ができる人間がいい。15分後に第2解析室へ。それまでには分離が完了するだろう」

ナーナリューズは言うと、部屋を出て行った。


 一応ざっとプロジェクトのスケジュールとシフトを確認する。現在、プロジェクトは、Galaxiaのテスト飛行の結果解析を終えたところで、小休止状態にある。エネルギー発生装置に若干の問題が見つかり、その修正を待っているのである。エネルギー発生装置を一旦停止させたので、次にGalaxiaが飛べるようになるまで、最低でも20日はかかる。

 そういう意味では、最も休みを取りやすい時期ではあった。皆考えることは似たり寄ったりなので、目下火星にいる地球人の数は少ない。火星にいる地球人の数が少なければ、トラブルが起こる率はぐっと低くなる。ウェイの成人式まで10日足らず。式の前後数日程度休みを取っても、罰は当たらないだろうとシャハンは思った。

 地球人スタッフのシフトを再度確認する。特に問題はなさそうである。皆各々、日時を調整して上手い具合に休みを取っている。ただし、一人を除いて。一人だけ、全く休暇申請を出していないスタッフがいる。シャハンは、小さく息をついた。

 水嶺。火星にいる地球人としては、シャハンに次ぐ古株である。彼女が火星へ召喚されたのは、弱冠16の時だった。以来、一度も地球に帰っていない。

「あら、シャハン」

部屋で資料を整理していた水嶺は、愛想良くシャハンを迎え入れた。

「やあ」

同じく部屋にいた火星人が、軽く手を上げる。

 ロスハン3。火星人の中では変わり種で、地球人の間を絶えずうろうろし、あれやこれやと首を突っ込んでくる。通常の火星人たちは、大抵無表情で冷ややかに見えるが、彼は地球人並に愛想が良く、人当たりも悪くない。ただ、「何を考えているのかよく分からない」というのが、地球人たちのもっぱらの評価である。

「資料整理か」

シャハンが言う。

「ええ、今の間にと思って。Galaxiaが航行に出たら、また忙しくなるから。でも、駄目ね。時間があると思うとなかなか進まない」

水嶺は言って笑った。お茶は如何?と茶を淹れにかかる。好意に甘えるか、とシャハンは椅子に腰を下ろした。

「で、君は手伝い?」

「いや、邪魔をしに」

ロスハンは笑った。仏頂面の火星人でも、笑うと意外と愛嬌がある。地球人に火星人の顔の見分けは難しいが、ロスハンだけは皆が見分けるのは、この表情によるところが大きいのだろう。

「放っておくとこのワーカホリックは、倒れるまで仕事をするからね」

時々息抜きさせないと、云々、云々。

「君が相手して欲しいだけじゃないのか」

「まあ、それもある。これがぼくの仕事だし?」

「仕事、ねえ・・・」

一体何の仕事なのやら?本人によれば、地球人関連の研究をしているのだという話だけれども。

「遊んでいるように見える?」

「有り体に言えば」

「キツイねえ。言うだろう?遊びも仕事のうちって」

「それは、子供の話だろう」

「あれ、そうなんだ」

ロスハンは、確認するように水嶺を見た。

「まあ、普通はそうね。たまに大人も使うけど」

水嶺は、カップを三つ運んで来ながら言った。

「ほら、大人でもいいって」

何が、というのでもない。ロスハンと話をしていると、だんだん頭が混乱してくる。相手は火星人なのだから、何かが変でも仕方がないといえば仕方がないのだけれども。

「それで、シャハン、どうしたの?」

水嶺が聞いてくる。

「ああ、ちょっと頼みがあって」

とシャハン。

「休暇を取るの?」

水嶺は勘がいい。

「長男のウェイが成人なんだ」

「ウェイ君が?もうそんなになるのね。おめでとう」

「成人と休暇に何の関係があるんだ?」

案の定というのか、脇からロスハンが首を突っ込んできた。水嶺が答える。

「成人は、地球では大きな行事なの。家族で揃ってお祝いするのよ」

「いつも悪いが、留守を頼めるかい?」

シャハンの言葉にもちろん、と水嶺が答える。シャハンは、君は休みは取らないのか、という言葉が喉まで出かかったが、辛うじてそれを飲み込んだ。規定の休暇すら取らない彼女である。ましてや、別途休暇申請を出すはずもなかった。

「そういえば、通信は復旧したのかな」

茶を飲みながらシャハンが言う。二人は初耳だったらしい。水嶺が言った。

「通信がどうかしたの?」

「太陽系外から干渉電波が来ているらしい。衛星からドーム都市への電波が攪乱されて一時期大騒動さ。気付かなかったかい?」

「ずっと部屋にいたから・・・でも、系外からって、一体どういうこと?」

「詳しいことは、まだよく分からない。とりあえず、分離作業中だ」

「解析待ち、だな」

ロスハンが言って、茶をすすった。シャハンが知る限り、火星人で茶を飲むのは彼くらいのものである。火星人たちは、通常、勧めても絶対に飲まない。もっとも、火星人に茶を勧めるような酔狂な地球人は、まず滅多にいないが。

 茶の類いだけでなく、火星人たちは、菓子類はもちろん、どんな食べ物も決して食べることがない。一体彼らが何を食べ、どうやって生きているのか、誰も知らない。

 ただ、例外的にロスハンだけは、勧められれば茶も飲むし、食事もする。量は少ないけれども。彼の舌は、恐ろしく精密で、一度教えると一口食べただけで、大体の材料と分量割合を当ててしまう。料理好きのキハが面白がっていろいろと実験していたが、ほとんど外すことはなかった。ロスハンからすれば、食べても内容が分からず、そのくせ、分からなくても平気で食べる地球人の方が不思議らしい。ともあれ、彼が「食べる」ところを見ると、恐らく火星人も食事をするにはするのだろう。

 最後の一口を飲み終わり、シャハンが礼を述べて出て行く。水嶺は、どこかやるせなくも見える表情を浮かべ、見送った。

「上手く休みが取れるといいのだけれど」


 やはりこうなるわけか。

 ナーナリューズが何やら皆に伝えているのを遠く聞きながら、シャハンはひとりどんよりとため息をついていた。干渉電波は悪くない。太陽系外からのメッセージも嫌いではない。けれども。

----何故、今なんだ----

 せめてあと5日、いや、3日でいい、電波の到達が遅いか、解析に時間がかかってくれていれば、ウェイの成人式に顔を出せたのに。

 干渉電波問題が起こった時点で、薄々とは感じ取っていた。太陽系外から人為的な電波が届いたとあれば、「太陽系外宇宙有人探査プロジェクト」の看板を掲げている以上、当然、シャハンのプロジェクトの管轄になる。早晩、休暇どころでなくなるのは、目に見えていた。

 見えていた、けれども。

 何もこんなに早々と解析を完了しなくてもいいじゃないか。

 シャハンは思った。

 どんよりとしたシャハンをよそに、地球人スタッフたちは、色めき立っている。太陽系外から送られてきた電波。解析の結果、それは、知的生命体が宇宙へと送り出したメッセージであることが判明した。初めて確認された太陽系外生命の痕跡である。皆が興奮するのも無理もない。

「ファリス、メッセージの再生を」

ナーナリューズがファリスに指示する。ファリスは、火星のコンピュータ・ネットワーク群で、ドームの管理維持を初め、各種製造ラインの管理、データ解析等、幅広い作業をこなしている。

 やや低い、どこか奇妙な男性の声が響いた。

「2、3、5、7、9、11、13、17・・・97、2、3、5、7、9、11、13、17・・・97、2、3・・・・97」

ゆっくりと、機械のように、奇妙な数字の羅列を数え上げる。三度繰り返した後、更に台詞が続いた。

「こちらは、惑星カヌ=ヌアンのデム。ニーメの惑星へ問い合わせる。誰かいますか?レスポンスを求む」

 地球人たちは、驚いて互いに顔を見合わせた。イントネーション等多々奇妙な点はあるが、大体、火星語に近い。

「冒頭は、素数だな」

オードがぼそりとつぶやいた。

「素数25個の繰り返しだ」

「宇宙の挨拶ってところね」

電波の解析に携わったアシャンが言った。

「今流れたのは音声データの方だけど、それより先に電波のオンオフを使った素数リストがついていたわ。これがあれば、自然発生した電波ではないことを示せる。でも、それより問題なのは、後ろの部分よ」

それは、誰もが同感だった。地球や火星以外に知的生命体がいる可能性は、もう随分前から指摘されていた。もし、存在するのであれば、その生命体が電波でメッセージを送って来ることがあっても不思議はない。だが、そのメッセージが太陽系で用いられる言語で構成されているとなれば、話は別である。

「いちばんありそうなのは、こちらからの電波をカヌ=ヌアンの生命体が解析し、メッセージを送ってきた、というケースだ」

オードが言った。

「こちらからの電波といっても、何も送っていないと思うが。まあ、火星の連中が勝手に送ったなら別だけど」

とタリー。水嶺が言った。

「私は聞いたことがないけど・・・何か聞いてる?シャハン」

「私も特には聞いていないが」

シャハンが言った時、レグス15が珍しく口を開いた。

「こちらからは、何も送っていない」

レグスは火星人で通信の専識者である。

 火星人は、大きく二つに分けることができる。特定分野について詳しく、それを追究するのが仕事の専識者と、より広範囲な知識と関心を持ち、プロジェクトの企画・立案や総合的な解析、決定を行う汎識者である。例えば、ナーナリューズは汎識者、他方ロスハンは、彼の「仕事」がどういうものかはっきりしないものの、一応地球人関係の専識者らしい。

「別段、そのつもりで送らなくても出て行くのが電波だからな」

とオード。アシャンが反論した。

「都市のドームは、電波を通さない。火星と地球や系内各基地間の通信は光通しを使っているから、外へもれることはないし」

「光通し」というのは、「コンソルドー空間」と呼ばれる異空間を利用した通信である。これを用いれば、理論上、瞬時の通信が可能になる。実際には変換や送受信手続きの問題で、片道0.8秒ほどかかるが、それでも通常の電波を用いた通信とは別世界である。

「旧文明時代なら、電波はだだもれだったんじゃ?」

一人が言う。グレンが反論した。

「それにしては、このタイミング、というのは変だろう。旧文明が崩壊して、少なくとも150年以上は経っている。カヌ=ヌアンまでの距離が30光年余だとすると、往復70年程にしかならない。そして70年前の地球はといえば、」

「沈黙の惑星だった」

オードが言い、グレンは大きく頷いた。

「まあ、解析に手間取った可能性もあるが。それにしても地球からの電波が途絶えて何十年もたってから、通信を送って来るとはあまり考えられない」

「機材的な問題があって遅れた、とか?」

「いや、旧文明時代の電波に限る必要はないだろう。今でも、ドーム外でもある程度電波は利用されている」

喧々囂々、皆が思い思いの意見を言い始める。議論に熱中する地球人たちは、火星人スタッフたちがさっさと会議を終えて去って行くのにも気付かなかった。

「シャハン、議論がまとまったら後で報告を」

ナーナリューズが出て行きしな、シャハンにそうささやいた。プロジェクト初期のころは、火星人たちも議論の場に同席したが、ほどなくして参加しなくなった。地球式のなかなか前へ進まない議論は、彼らには、時間の無駄に思えるらしい。

 まとまったら、だと?シャハンは思った。まとまるわけがない。実のある議論をしようにも、そもそもの材料が少なすぎる。結局全て憶測でしかない。

 とりあえず、通常の電波を用いた通信と光通しの両方を使って返信を送ることにはなっている。しかしながら、光通しは、送信機と受信機をセットとして使うものであり、相手がこちらの送信機に見合った受信機を持っていなければ、受信は難しい。その点、通常通信であれば、向こうからメッセージを送ってきた以上、こちらからの返信を受け取る準備はできているはずである。ただ、カヌ=ヌアンまでの距離は、推定30光年余り。こちらの返信が届くまでに30年以上かかってしまう。相手は、それを受け取ってからまた返事を寄越すわけだから、真相がある程度分かるのに70年程度かかる計算になる。

 無論、火星人たちは、70年もの間待つつもりはさらさらない。早晩、Galaxiaを出すことになる。Galaxiaであれば、1年かからず結果を得ることができるだろう。もっとも、順調に航行できれば、の話ではあるが。本格的に恒星間を航行するとなれば、相当綿密な航行プランを練らなくてはならない。

 当分、地球へは帰れそうになかった。


「なあ・・・もう一つ、可能性があると思わないか?」

談話室で、カップを片手にタリーが言った。会議が引けた後、地球人スタッフの大半は、この談話室に流れてきて、まだ先刻の続きを論じている。

「天空の船・・・か」

一人が言った。

「そうだ」

タリーが頷く。

 天空の船。それは地球に伝わる伝説で、バリエーションは様々にある。共通しているのは、とにかく、船が巨大であること、空飛ぶ船----すなわち、宇宙船であることの二点である。

「確か、ある日天空から巨大な船が降り来て、人々に火を与えた、とそういう話だったよな」

「私が聞いているのは、旧文明時代、人々は巨大な船を建造した。そして宇宙へと旅立って行った、と」

「待った。船が来て、人々に文明を伝え、帰って行ったんじゃなかったか?」

「そして銀河が3度回った後、また戻ってくるんだろう?」

「戻ってくるとは聞いていないなあ」

云々、云々。この話が出ると、話がまとまったためしがない。

「面白いねえ」

言い合う地球人たちを眺めながらロスハンが言った。

「ぼくは、この話を聞くのはもう14回目だけど、相変わらずまとまるでもなく、変わるでもなく、同じところをぐるぐる回っている」

「まあ、雑談だから」

水嶺が言う。

「君は?そういえば、君は天空の船の話はしないね」

「そうね・・・研究者の間では、旧文明時代の話とあなたたちが地球へやって来た話とが入り交じり誇張され、伝説化したのだと言われているけれど」

「今回の電波と関係があると思うかい?」

「分からない。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。そういうあなたはどうなの?旧文明時代にカヌ=ヌアンと地球の間で交流があったかどうか、あなたちなら知っているでしょう?」

「残念ながら、ぼくは知らないな。聞いたことがない。火星のデータベースにも記録はない。地球に関する情報は一通り目を通してあるけど、旧文明時代の地球については、ほとんど記録が存在しないんだ」

水嶺が知る限り、火星人は、極端に虚偽を嫌う。彼らは、情報を伏せることはあっても、ねじ曲げることはしない。

「信じられない?」

ロスハンが尋ねる。

「信じがたい話ではあるけれど、あなたは嘘をつかない。もし、記録が存在するのなら、あなたは、『データはあるけど教えられない』と言うんじゃない?」

「ご名答。分かってくれてうれしいよ」

「でも、何故記録がないの?あなたたちは、地球の旧文明時代から火星にいたのでしょう?」

「古い時代のことは、誰も知らないんだ。いや、待てよ、一人だけいるか」

「そうなの?」

「多分、だけどね。でも、彼は絶対に昔のことを語らない」

ロスハンは言って、小さく息をついた。

「それは誰?」

水嶺の問いに、ロスハンは、どこか沈んだ表情で答えた。

「マルスだ。君は会ったことがないと思う。彼は、基本的に部屋から出てこないから」


 わかば・メイ・セナ。ルート識別子はネナ。性別女、新暦82年生まれ、10歳、第2都市所属・・・

 送られて来たデータを見ながら、火星局局長、ヌヴェリャ・ホーファーは独り深いため息をついていた。火星局は、地球の対火星窓口であり、地球と火星の間にあって諸々の交渉・折衝の類を引き受ける機関ということになっている。が、地球人でそれを信じている人間はまずいない。火星局が設置されて後およそ50年余り。火星局は交渉窓口というよりはむしろ、火星の指示を地球へと伝える役目を担い続けて来た。火星の地球管理機関が引き上げられて後、それなりの自治は勝ち取ったものの、圧倒的な力を持つ火星を前に今もって地球は事実上「言いなり」状態にある。

 そして今回もきっとまた。

 ホーファーは今ひとつ小さく息をつき、改めて送られてきたデータを見た。

 わかば・メイ・セナ。第2都市の住人なら、恐らく、わかばが本人の名前、メイが母親の名前、セナが父親の名前だろう。

 地球人の名前は、大体このパターンが多い。ただ、ホーファーが生まれた第7都市は少し異なっている。例えば、「ヌヴェリャ・ホーファー」という名前なら、ヌヴェリャは両親が決めた名前、ホーファーは、都市コミュニティが決めた名前なのが通例である。

 ルート識別子、ネナ。ルート識別子は、その人物の「祖先」を示すもので、必ず母親から子供へと引き継がれる。現在の地球人、特にドーム都市に居住する地球人の大半は、12人の「守母」と呼ばれる女性にそのルーツをたどることができる。どの守母の血統であるかを示しているのが、このルート識別子である。ネナは、第8守母で、この血統は、一般的に「はねっかえりが多い」とよく言われる。実際には、既に全ての血統は入り交じっており、特定の識別子を持つから性質がどうだ、ということは、基本的にはない。

 とりあえず、ここまでは良い。ここまでは。

 つい最近太陽系外から送られてきた謎の電波メッセージ。火星は、最近建造されたばかりの恒星間宇宙船Galaxiaをその発信元たる惑星カヌ=ヌアンに送ろうとしている。それ自体は別に悪いことではない。

 多くの地球人も、カヌ=ヌアンからのメッセージについては、多大な感心を寄せている。一般的には、旧文明時代の電波が届いた結果なのだろうと言われているが、他方、地球上にあまた存在する伝説の「天空の船」との関連を夢見る連中も少なくない。天空を覆わんばかりの巨大な空飛ぶ船の伝説は、常に人の心をつかんで離さない。

 ホーファーは三度息をつき、額に手を当て幾度見ても変わるはずのないデータを睨んだ。

 これはいかにもまずい。まずすぎる。

 火星から送られてきたデータは、問題のメッセージ調査に当たる宇宙船Galaxiaの乗員に関するものである。どういうわけか、火星は、この恒星間航行宇宙船の乗員として地球人を指名して来ていた。

 地球人が乗り組むこと自体は、全く問題ない。

 だが----

 ホーファーは火星と地球をつなぐ通信機のスイッチに手を伸ばした。まさか、彼らが選んだ乗員----しかも、船の定員の関係上、乗り組むのは、たった一名である----が、まだ10歳の子供だとは。

 通信に応じ、画面に火星人の姿が現れる。ホーファーは素早く画面右下の名前を読み取った。

 ナーナリューズ。

 太陽系外有人宇宙探査プロジェクトの最高責任者である。

 火星人というのは、見た目が皆そっくりで地球人の目にはほとんど見分けがつかない。それで地球との通信時には必ず名前が片隅に表示されることになっている。

「Galaxiaの乗員予定者データを今確認した」

挨拶もそこそこにホーファーが本題に入る。火星人相手に遠回しなもって行き方は無意味である。

「本当にこの子を一人宇宙へ・・・」

放り出す、と危うく言いそうになってホーファーは慌てて言葉を組み直した。

「送り出すというのか」

「別に彼女が一人で探査を行うわけではない。船体の性能上、一人しか乗り組むことができないから乗員は確かに彼女一人だが、火星から専属チームがバックアップを行う」

「まだ子どもだぞ。たった10歳の」

ホーファーの抗議にもナーナリューズは動じない。

「10歳なら、必要な身体能力及び理解力は備わっているはずだ」

「身体能力や理解力があっても、基本的には、まだ訓練途中で、社会に出るだけの十分な準備ができていない」

ホーファーが更に食い下がる。が、ナーナリューズはすげなかった。

「彼女の行く先は、地球上で訓練できるような『社会』ではない。未知の世界だ。別に地球上で訓練がなされている必要はない。むしろ下手な訓練がなされているとそれに引きずられて判断を誤る可能性が高い」

ナーナリューズの言葉にホーファーは小さく唇を噛んだ。

 つまるところ、火星人たちにとって、地球人はある種の実験素材に過ぎない。一人一人の人生や幸福といったものは、彼らが種々に行う「実験」の前では欠片ほども意味を持たないのである。彼らを動かしたければ、情に訴えるのではなく、徹底してメリット・デメリットを論じ、説き伏せる他はない。

「地球は承伏しないぞ」

「承伏しないのは地球ではない、君が、だろう」

再びナーナリューズがそう指摘する。

「私が言っているのは・・・」

ホーファーは更に言いかけて、しかし口をつぐんだ。たとえどれほど市民の間で反対が起こるとしても、地球連合府が「地球」として火星からの求めに応じれば、それで地球は承伏したことになる。それをあえて「地球が」承伏しない、と表現した奥には、確かにホーファー自身の割り切れぬ感情と地球人独特のはったりブラフが潜んでいる。火星人を前に、それがどれほど空虚なものだとしても、ホーファーは、言わずにはいられなかった。

 ホーファーとて分かっている。最終的な決定権を持つのは、つまるところ地球連合府である。そして、子ども一人のことであるならば、連合議会も彼女を差し出して地球の安定を確保することを選ぶのはほぼ間違いない。無論、人々は騒ぐだろう。反対を訴えて各都市圏の議会や連合議会、この火星局へと押しかけることだろう。メディアはこぞって声高に批判と非難を叫ぶだろう。それでも、地球は火星に逆らえない。逆らえないのか、それとも逆らわないのか----

「別に承伏していないわけじゃあない。私だって仕事だ。責任を持って連合府へ話を回すし、説得にも当たるつもりでいる。だが、」

ホーファーは言った。

「この『要請』は大多数の地球人の猛烈な反発を招くぞ。得策だとは思えない」

Galaxiaを擁するこの共同プロジェクトは、地球と火星の協調可能性を探るのがいちばんの目的だとナーナリューズは言っていた。一般的に火星人は嘘をつくことがない。虚偽は彼らが最も嫌う行為なのである。情報を伏せることはあるが、虚偽を語ることはしない----少なくとも彼らはそう主張しているし、今までのところ、彼らの発言ではっきりと虚偽と判明したことは一度もない。

「反発を招く?」

ナーナリューズは全く理解できない様子で言った。

「何故?」

何故、と聞きたいのはこっちの方だ。ホーファーは思った。子供を宇宙に出す無謀さ、それに対する反発の強さ、こんな簡単なことが、何故分からない?

「任務が危険に過ぎるからだ」

「ますます分からないな。失うことを恐れているようだが、その個体の育成にあたりつぎ込まれた労力は、10歳なら18歳に比べ60パーセント強でしかない。10歳の個体を失う方が、労力の損失は少なくて済むだろう」

ナーナリューズのとんでもない台詞に、さすがのホーファーも一瞬声を失った。

「本気で言っているのか?」

火星人は、冗談を言わない。分かってはいても確かめずにはいられなかった。ナーナリューズの方は、ホーファーの反応の方が理解しがたいらしい。

「そうだが」

ホーファーは、火星人と関わるようになって、かれこれ20年程度にはなる。火星局の局長になってからは6年。それでも、未だに彼らに不意打ちを食らう。

----局長の仕事は、一に忍耐、二に忍耐、三四がなくて、五に忍耐、だ----

前任者のルカスが言っていたのを思い出す。自分もそれなりに忍耐強いつもりではあるけれども。

 ここまで違ってしまうと、どこからどう手をつけたらいいのかすら分からない。

 ホーファーはそれで、もっと忍耐強い人間にこの問題を預けることにした。

「とにかく、ナーナリューズ。絶対に、絶対に、絶対に、その台詞を地球人に言っては駄目だ。いいか、絶対だぞ。それから、乗員の件は、悪いことは言わない、もう一度検討し直した方がいい」

ホーファーは言うと、通信を切った。


 油断した。シャハンは、過去の自分を呪った。何故最終確認をしなかったのだろう?

 初めて建造された恒星間宇宙船Galaxiaは、エネルギー発生装置の寿命が尽きない限り、半永久的に内部環境を維持し、飛ぶことができる。船内環境は、船外とは別に独立的に循環・維持することができる。それは、火星が長年研究開発を続けて来た都市用ドーム技術の結晶でもあった。

 ただ、一つだけ欠点がある。小さな太陽と惑星とをひとつの船に納めたかのようなこの船の最大収容人数は、たったの1名だけ。火星側が、収容人数を増やすことより、とりあえずの建造を優先させたためである。ただ、それは地球側も了承したことではあった。一度仕上げて全体的なバランスを見たい火星側と、とにかく一刻も早く恒星間宇宙船ができるのを見たかった地球側の思惑が上手く一致したのである。

 火星が、そのたった一人の乗員を地球人にしたいと言い出した時、地球に異存は全くなかった。火星が珍しく譲ってくれたのだと地球人の一部は捉えたが、無論、火星人はそんな「お人好し」からは、ほど遠い。

 火星は、何らかの思惑があって、Galaxiaの乗員を地球人にしたがっているのだ----そのくらいのことは、シャハンも地球にいるホーファーも十分承知していた。それでも構わなかった。火星が何を考えるにせよ、恒星間宇宙船の初めの乗組員が地球人であるのは、地球としても悪い話ではなかった。

 けれども。

 最初の乗員が10歳の少女となれば、話は別である。

 火星局が地球連合府と協議して提出した候補者リストには、当然ながら、彼女は入っていなかった。シャハンたちは、そのリストの中から乗員が選ばれると思い込んでいた。だが、よくよく思い返してみれば、火星側は、リストの提出を求めはしたが、一言もそこから選ぶとは言っていない。

 火星へ来て10年余り。火星人たちと長く接しているうちに、ある種「分かっている」ような錯覚に陥っていたのだと思い知らされる。初めの頃は、何か意見を一つ言うのもひどく神経を使ったものである。どんな意見を出しても、常に「通らないかもしれない」ことを念頭に置いて行動していた。

 ところが、実際プロジェクトを初めて見ると、思いの外火星人たちは、地球人のアイディアを多く受け入れた。受け入れられない場合は、大抵、彼らはその場ですぐに理由を添えて却下する。それにあまりにも慣れすぎた結果、候補者リストを火星側が受け付けた時点で、てっきり受け入れられたと思い込んでしまったのである。

「うかつだったわ」

水嶺がため息をついて言った。

「君のせいではない。私の責任だ」

巻き返さなくては。シャハンが言う。

「幸い、話はホーファーのところでまだ止まっている。今なら、差し替えても大きな問題は起こらない」

「それはそうだけれど」

水嶺は用心深く言った。

「期待はしない方がいいかもしれない」

地球人とは異なり、火星人は対人的な影響の大きさを気にしない。

「私たちが出した候補者リストは、申し分ないものだったはずよ。このプロジェクトに関する限り、火星側はかなり地球側の要望を考慮してくれている。にも関わらず、あのリストを使わなかったということは、それ相応の理由があるということ。それを突き崩すのは、容易ではないわ」

水嶺は、地球人の中でいちばん火星人のことをよく理解している。唯一、火星の首府コードリアルへ踏み入れることを許可された人間であり、火星人たちが最も----そしてひょっとしたら唯一----信頼している地球人である。

「とにかく、やるだけやってみよう。ファリス、ナーナリューズは?」

「オフィスにいます」

ファリスが答える。二人は、ナーナリューズのオフィスへと向かった。


「ほうらね」

ナーナリューズのオフィスに来ていたロスハンが言う。言った通りだろう、と。訝しげなシャハンと水嶺に、愛想の良い笑顔を向けた。

「そろそろ君らが来る頃だと思ってね」

「乗員の件か」

ナーナリューズが言った。

「そうだ。こちらが出した候補者の何に問題があった?条件をもう一度言ってもらえば、再度こちらで選定しなおすが」

「無駄だと思うよ」

脇からロスハンが口を挟んだ。

「その条件こそが問題なのだろうから」

「ロスハン」

ナーナリューズが手を上げてロスハンを制した。

「リストに載っていたのは、22歳から30歳までの地球人だけだった。能力的には申し分ない。だが、私らに必要なのは『可能性』だ。彼らは出来上がってしまっている」

「だからといって、10歳の子供を乗り組ませるのか。それもたった一人で」

「ホーファーから話を聞いて来たのなら、私の答えも分かっているはずだが」

「いくらバックアップ体制を組んでも、遠い火星からでは、すぐに助けてやることはできない。無意味だ」

「それは、誰を乗せても同じことだ。10歳の子供だろうが22歳の大人だろうが、乗員の負うリスクは同じだろう?」

「10歳だぞ。10歳。まだ親の庇護が必要な年齢だ。身体的にも精神的にもまだ未熟で、知識も足りなければ、判断力だってまだ十分に備わっていない」

シャハンが言い募る。

「少し落ち着いたらどうだ。君もホーファーも、何故たったこれだけのことで冷静さを失うんだ。言ったはずだ。出来上がっていないからこそ、子供を選んだ。確かに、10歳はぎりぎりのラインだ。これ以上幼ければ、さすがに状況認識が上手くできず、航行にも差し支えが出るだろう」

「たったこれだけ、だと?」

頭が痛い。二の句を告げなくなってしまったシャハンに代わって、水嶺が言った。

「ナーナリューズ、地球人にとって子供というのは、本当に大切なものなの。親は、時に子供のためなら自らを犠牲にすることさえ厭わない。そういう存在よ。このまま押し切れば、地球人は、きっと火星を恨みに思うでしょう」

「その割には、存外犠牲にして平気でいるようだが。飢餓時には食・・・」

「個別の話じゃない。全体の話だ。それに、大体時代が違うし、そもそも、子供の犠牲に対して平気でいるわけでもない」

「シャハン、地球人は、君が思うよりずっと変化に富んでいる。もし知りたいと思うなら、ファリスがデータを持っている」

シャハンも聞いていないわけではない。過酷な環境にあるドーム外では、子供の犠牲が多い、と。

 水嶺が言った。

「確かに、子供に対する姿勢は、時代や環境によって大きく変わるわ。でも、今現在、大多数の地球人はドーム内に居住しており、安定した生活環境下にあって、人々は、子供を大事に思ってる。彼らが反発するのは確実よ。プロジェクトのおかげで、少し地球人の火星に対する感情は和らぎつつある。でも、今10歳の子供を乗員に据えれば、そんなものはすぐに消し飛んでしまう」

「これで消し飛ぶ程度のものなら、どのみち大して意味もない。地球側の感情は、考慮できる範囲で考慮はする。だが、それだけで話は決まるものではない」

「しかし、ここで地球側の感情がこじれさせるのは、プロジェクトの目的から外れるだろう」

ようよう、シャハンが言った。ナーナリューズはにべもない。

「君らの感情は常に安定しない。一時的な変化を追うのは無意味だ」

「かつて、君はこのプロジェクトにより地球と火星の協調可能性を探ると言ったな。協調性というのは、小さな積み重ねからなるものだ」

「シャハン、水嶺。君らの持っている材料がそれだけなら、諦めた方がいい」

不意に、これまでじっとやりとりを見守っていたロスハンが言った。

「その程度のことなら、ぼくが既に言った」

驚いてシャハンと水嶺がロスハンを見る。ロスハンは、もたれていた壁から身を起こした。

「地球人の対火星感情の悪化は、ぼくの仕事を進める上では歓迎できないからね。でも、駄目だった。今必要なのは『覆すに足る材料』だ。君らがそれを持っているんじゃないかと少し期待したけど、ないなら仕方がない」

「仕方がないといって・・・それで、諦めるのか」

シャハンの言葉に、ロスハンは小さく肩をすぼめた。

「材料がない以上、粘っても無駄だ。ついでに言っておくけど、ぼくを当てにしても駄目だよ。水嶺なら知っているはずだけど、専識者は、汎識者の決定に従う、それが火星のルールだ」

「従うだけなら、専識者がいる意味がないだろう」

シャハンが食い下がる。だが、ロスハンはそっけなかった。

「専識者は、汎識者が決定するための材料を提出する。それが仕事。ぼくは、地球人を知る専識者として反対意見を述べた。採用するかどうかは、ナーナリューズが決めることだ」

沈黙が降りる。ややあって、水嶺が言った。

「行きましょう、シャハン」

「水嶺!」

シャハンが咎めるように水嶺を見る。が、水嶺は静かに首を振った。

「あなたも知っているでしょう?どれほど時間をかけても、情熱を傾けても、火星人にそれが届くことはない。火星は、10歳の子供の未熟さと柔軟さ、そして恐らく可変性を要求しているの。それと同等もしくはそれ以上の何かを子供以外で出すのは、事実上不可能よ。それなら、せめて彼女が安全に航行できるように、彼女の負担が少なくなるように手を尽くしましょう」

 どこまで行っても。

 シャハンは思った。結局やはり地球は火星の支配を逃れ得ないのだろうか。

 長年つきあって、火星人もそう悪い連中ではないと最近思うようになっていた。彼らには、人間によくある「悪気」や「悪意」といった類いのものがない。だから、ある意味シャハンは彼らが好きだった。ただ、彼らは、人間の気持ちに著しく鈍感である。鈍感、というより、認識することはあっても、考慮にいれる気が全くない。シャハンが見る限り、それが、ほぼ唯一にして最大、そして致命的な欠点である。

 期待してはいけない。今一度自分にそう言い聞かせる。彼らは、あくまで支配者であって、対等な「友人」ではない。

 分かっていたはずのことなのに。

 何故かは分からない。ひどく胸が痛んだ。

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