20④-⑨:これから
「あ~、疲れた」
セシルは蒸れて暑いかつらを脱ぐと、そのまま放り投げる。あたりは雪山と雪野原だから、誰も見てはいないはずだし、大丈夫だろう。
セシルは、煤だらけの地面に仰向けに寝そべった。そして、両手を上にやり、疲れた体をううんと伸ばす。雪野原だったこの辺りの雪は、セシルの魔法のせいでほとんど解け、枯草の残る地面をさらけ出していた。
『楽しかったねえ』
セシルの隣に、煤を顔中に付けたリアンが、かつらを脱ぎながら腰かける。セシルも「うん」とご機嫌に頷いた。
「俺も楽しかったよ。とてもすっきりした」
レスターは、泡を吹いているアンリを地面に転がすと、にこにことしながらセシルの隣に腰掛けた。テスは、慌ててアンリに駆け寄ると、その背を叩いて、息を吹きかえらせている。
皆、顔や体中、真っ黒だった。
「…お前ら、どうしたら雪合戦で煤だらけになるんだよ…そして、雪は一体どこへ行ったんだ…」
カイゼルは、その光景に力なくつぶやいた。しかし、誰もそんなことを気にしている様子はなく、皆にこにことしている。こんな空気を壊すのも悪いと思い、カイゼルは呆れながら、皆と同じように地面に座った。
「いい天気だな…」
抜けるような青空。冬の気配など感じさせない、春の水色の空だった。セシルの汗をかいた体を、まだ冬の冷たい風が吹きぬける。しかし、それすらも清々しいものに感じさせる陽気の太陽が、上空に輝いている。
『みんな、今日はありがと、僕につきあってくれて。こんなに楽しかったの、500年ぶりだよ』
ふと、リアンがひょこっと立ち上がると、その場にいた全員に向けてぴょこんと頭を下げた。
「オレらだって楽しかったから、別に礼なんて言わなくていいぜ」
最初は乗り気ではなかったものの、こんなに楽しめるなら、最初から素直に頷いておけばよかったとセシルは思う。
『ううん、ちゃんと言っておくよ。テスと色々あってから、ずうっとお腹の底から笑った事はなかった。こんなにまた、楽しいと思えたのは、みんなのおかげだ』
「…」
『ありがと、みんな』
リアンは微笑んだ。その微笑みは、嘘偽りなく、心の底から嬉しいと思っているものだった。
「…馬鹿野郎」
セシルが、真剣味の帯びたその言葉に振り返ると、テスがじっとリアンを見ていた。真剣でいて、そのくせ感情の読めない表情だった。
「あいつを倒したら、お前は自由だ。だけど、その後、お前はどうするつもりだ?」
『…』
その言葉に、リアンははっとした顔をすると、暗い顔をして俯いた。
「お前の存在の価値は、あいつを倒せる者だという事。だけど、あいつがいなくなったら、お前はその後、何の価値も役目も持たなくなる。ただ生きているだけの、500年前の亡霊。誰からも必要とされない」
リアンはその言葉に、つらそうに顔をゆがめた。
「何もそんなことを言わなくても」と、セシルはテスを咎めるように見た。すると、テスは、ふっと不敵にリアンに笑いかけた。
「だから、あいつを倒した後は、俺がお前と一緒にいてやるよ。俺だって、異世界からやってきた2000年前の亡霊だ。そして、この一件が終わったら、何の価値もなくなるのも、お前と同じだ。…だから、俺と一緒に来い。後は2人で、カイゼルの家に住みつきながら、普通の何の変哲もない人生を楽しもう。これから」
「おいお前、俺に寄生するつもりか!」と突っ込むカイゼルの顔面にパンチを叩きこみ、テスはリアンにふふっと笑いかけた。
「これからは、俺が何度だって腹の底から笑わせてやるさ。だから、お礼を言うなんて、寂しいことをするな、馬鹿野郎」
『テスさん…』
リアンは、こぼれ始めた涙を、指で拭いながら歯を出して笑った。
『ありがとう、テスさん。君に出会えてよかった』
「泣くなって。ったく」
テスはよしよしと、リアンの銀髪を撫でた。
「…テス、それ一つ間違えると、プロポーズとして受け取られるぞ」
黙って聞いていたセシルが、もうそろそろいいかと、突っ込んだ。
「大丈夫だ。俺、今は女だから」
「女でも、女に惚れられる時は惚れられるから、気を付けろよ…」
セシルは、思い出したくもなかったサアラの事を思い出してしまい、暗い言葉で助言する。
「テス!お前、俺の家にずっと居候しやがるつもりか、この野郎!」
カイゼルは、先程一度は止まった鼻血をもう一度、今度は両方の鼻の穴から流しながら叫ぶ。しかし、テスはしれっと返す。
「別にいいじゃないか。お前、結構給料もらっているんだろ?2人ぐらい養えよ」
「お前、頭の中の辞書に、遠慮という言葉はないのか」
「遠慮なんてしてたら、損するばかりだぞ。今の社会」
「社会とお前の寄生は関係ねえ、このパラサイトが!それに、他の奴らにお前らの事を、どう説明しろって言うんだよ!」
「そうだ。偽装結婚して、お前の妻という事にすればいいんだよ。俺が本妻で、リアンが側妻」
「この野郎、永久就職狙ってやがんな!お前みたいな妻、こっちから願い下げだ!それに、周りの視線の事も考えろ!2人と同時に結婚するとか、なんて言われるか。しかも片方は見た目が未成年だ。ヘルクが何て言いふらしやがるか!」
「それにしても、これから、か」
セシルは、きゃあきゃあわあわあ騒いでいるテスとカイゼルを見ながら、テスの言った『これから』という言葉に、自身のこれからの事を考える。
あいつを倒した後、きっと自分はツンディアナに、レスター達と共に帰るのだろう。そして、きっとカイゼルやアンリ達には、なかなか会えなくなる。自身の分身のテスだって、どうやらリトミナに残りたいみたいだから、会うことは難しくなるだろう。
そう言えば、自分は不幸を目指して、テスと共に生きていくつもりだった。なのに、いつの間にか、自分たちは幸せを目指して、各々の道を歩いていこうとしている。
「…」
その事に、セシルは、自身とテスの心境の成長のようなものを感じる。
「この一件が終わったら、もうこうして会うことは無いんだろうな」
だけど、セシルは、なんだか泣きたいような、もの寂しい気持ちになったままに、ぽつりと言った。
すると、そのつぶやきを拾ったテスが、カイゼルをアッパーではり倒して、先程までの騒ぎを強制終了させた。そして、「馬鹿野郎」とセシルの元にくると、セシルの頬に手をやって自身の顔を見させた。
「そんなに悲観するな。俺たちは生きているんだから。生きてさえいれば、会おうとすればいつでもまた会えるんだから」
「…それもそうだな」
セシルは、小さく笑うと頷く。自分の分身が言う言葉は、納得して受け入れることができた。
「だから、これからの未来を見るためにもあいつを倒して、皆を、皆の住む世界を守るんだ」
「ああ…」
テスが力強く言った言葉に、セシルも深く頷いた。だが、頷いた後で、「少し、言わせてもらいたいんだけど」と、テスを見る。
「テス、リアン。オレは、お前達の事を価値があるないで、見てなんかいないぞ。この一件が終わったら、誰からも必要とされないなんて、寂しいこと言うなよ。オレは、お前らといると楽しいから、これからもずっとお前らを必要とするぜ?他の皆だってそうだと思うし」
セシルは、他の皆を見渡しながら言う。
そして、他の皆は、優しい顔をして、テスを見ていた。
「……ありがとう」
テスは、少し顔を背けたものの、鼻にかかった言葉を言った。セシルは、照れずにもっと感動してくれてもいいのにと思う。
そんな二人の銀髪を、春の陽気をはらんだ太陽は暖かく照らし、北風は爽やかに揺らし続けていた。
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