20-⑩:旅立ち―そして
だが結局、それから
リアンはそんなテスファンの行動が恥ずかしくて、たまったものではなかった。だから、仕方なく―と言えば天邪鬼かもしれないが、彼の気持ちを受けることにしたのだ。
そして、彼らはひと時の甘い蜜月を過ごした。
だがその日々も、リザントに、北の地からとある来訪者が訪れたことで終わった。その者達は、神の娘とその簒奪者―リアンとテスファンを追いかけて、南へとやってきた者達だった。
**********
「くそ…まさかこっちまで追いかけてくるとは…」
ジークから、追手が街で聞き込みをしている事を知らされたテスファンは、忌々しげに舌打ちをした。
「殿下!用意は致しました。すぐにでもお逃げください!」
ジークは、当分の間は困らない食料とお金を詰め込んだ荷物を、クルトに渡した。そして、テスファンたちを、屋敷の裏口へと案内する。
「今までありがとうございました。この御恩は、いつか必ずお返しします」
クルトはジークに、丁寧にお辞儀をした。ジークは慌てて、クルトの頭を上げさせる。
「いいえ。お返しなど要りません。私もあなたたちのおかげで、憧れの北の地に行くことができましたし、楽しくにぎやかな時間を過ごすことができました。こちらこそありがとうございました。…あなたたちの無事を祈っております。さあ、早く。今頃、きっとこちらに向かって来ているでしょう」
ジークはクルトとリアンの背を押し、外へと進ませた。
「ジーク…」
リアンは、ジークを振り返ると、寂しそうに見上げた。そして、口を開く。
「あの、今まで一杯、言葉とか勉強とか教えてくれてありがと」
リアンはにこりと笑うと、ジークに向かって手を差し出す。
「どういたしまして。私も、あなたに教えるのはとても楽しかったですよ」
ジークは優しくほほ笑むと、差し出された手を握る。それを見て、テスファンがあからさまに不機嫌になった。
「ジーク。言っとくけど、リアンは僕のものだから、惚れたりしたら承知しないよ」
「はいはい、分かっていますよ。それに言っておきますけど、私には可愛い妻がいますから」
ジークは苦笑いしながら、リアンの手を離す。
「そこまで嫉妬しなくてもいいじゃない。テスったら」
リアンは、呆れ混じりにテスファンを見る。
「ダメだ。お前は可愛いから、ちゃんと警戒しておかないと」
テスファンは、リアンの、先程までジークと握手していた方の手を取ると、ハンカチで拭き拭きとふいた。そして、今度は自身がしっかりと、リアンの手を握り込んだ。
ジークはそれを見て、くすりと笑う。
「…仲が良いようで何よりです。ですが今は早く行ってください。そして、今度来るときは、可愛いお子さんを連れていらしてくださいね」
「「子供!?」」
若い2人はジークの言葉に驚愕した後、うつむいて赤面した。そんな2人の背を、ジークは「さあ、行きなさい」と押す。すると、2人は我に返ったのか、慌てたように駆けだした。
クルトもジークに一礼をすると、2人の後を追って行ってしまう。
「ふふ…」
何度も振り返っては手を振るリアンと、それを引きずるテスファンを、ジークは可笑しく思いながら、見送る。やがて、夕闇に彼らの姿が消えて見えなくなった時、ジークはぽつりとつぶやいた。
「異世界とこの世界が産みだした、合いの子のようなものですね…」
ジークは、リアンのこれまでの人生を哀れに思い、せめて彼女の未来が明るいものとなるように心の中で祈った…
―カラン、カラン
その時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「さてさて、愉快な来訪者達が行ってしまうなり、厄介な来訪者達が来ましたね」
ジークは懐の短剣の位置を確かめつつ、会話だけで終われば良いのだがと思いながら、玄関へと向かった。
**********
リザントを出た3人は、別の街に隠れていた臣下たちと合流した。
そして、彼らは数か月後、サーベルンに対して宣戦布告。10人にも満たない人員で、サーベルン支配下の街を、次々と解放していった。
その戦力の中心となったのは、リアンだった。リアンは吸収魔法と、それで増幅させた火や氷、重力の魔法で、サーベルンの兵達を退けた。そして、テスファンは、彼女の背を守り戦った。
サーベルンの人々は、リアンを『銀色の悪魔』、テスファンを『悪魔の契約者』と呼んで怖れた。
一方、サーベルンの侵攻を恐れていた小国の者たち、そしてサーベルンに支配されていた地域の者たちは、皆リアン達を称賛し味方した。
そして、やがてテスファン達は地元民の情報提供により、魔晶石の鉱山を発見した。そしてさらなる調査の結果、魔晶石は大陸の北側で多く産出されることが分かった。
有り余る魔晶石を手に入れたテスファン達は、魔法武器などを次々と開発した。そして、それを力なき者達に持たせて、彼らとも共に戦うことで、さらに勢力範囲を広げていった。
そうして、力と人望を集めていった彼らは、数年後、大陸の北側にリトミナという国を新しく建てたのであった。
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