20-⑨:バカ

「あの野郎…」

 テスファンは「こうなったら仕方がない」と、半ば投げやりな気持ちになると、リアンを向いた。リアンは、おろおろと目を戸惑わせながら、そんなテスを見上げている。


「……あのさ」

「…何?」

「もう言っちゃうけどさ」

「…」

「僕、さ、その」

「…」

「ええと、」

「もう、はっきり言ってよ!!」


 言うと言ったくせに、テスファンはもじもじとばかりしていて、いつまでたってもちゃんと言いそうにない。そんな状況に、リアンはこらえきれなくなって叫んだ。

 すると、テスファンも「ええい」と叫ぶ。


「お前の事が、好きだ!何か文句あんのか!」

「…」

 リアンは言わせたのは良いものの、今度は自身がどうすればいいのか、全く分からなかった。だから今度は、リアンがもじもじと手を揉む番だった。


「あの、その」

「…なんだ?」

「いや、あのさ」

「…何?」

「その…」

「はっきり言えよ!僕だってはっきり言ったんだから!」

「好きだって言ってくれたのはとてもうれしいんだけど…僕はテスの事を好きかどうか、よくわかんない…」


 テスファンは、ずるっとずっこけそうになった。


「お前、僕に叫ばせておいてそれかよ!」

「だって…」

 リアンは申し訳なさそうにテスファンを見る。


「今まで恋とかそう言ったものとは、ムエンだったんだもの。みんなに嫌われていたし、それに、洞窟に放り込まれて幽閉されていたから…。幽閉されたまま、いつか一人で死ぬんだって思っていたんだ。だから、誰かから好意を寄せられるなんて、考えたこともなくて…どうしたらいいのかわかんないんだ」

「……」


 テスは、暗い顔になってうつむいたリアンに、何も言えなかった。


「…ただ、さ」

 しばらくの間、2人はただただ立ち尽くすだけの時間を過ごしていたが、やがてリアンがぽつりと口を開いた。


「キミにはカンシャしてるよ。こっちに来てからは毎日、僕はキミにからかわれて、キミにむかついたり、怒ってばっかりだった。たまにはやり返して笑ってやったりしていたけど、こんなに忙しく感情を出したのは、人生で初めてだと思うから。…今だから分かることなんだけど、北の地にいた頃は、僕はただただ毎日を無感情に生きていただけだった。…キミと出会ってから僕は、あの頃の僕はとても不幸だったんだなって理解できるぐらいに、幸せというものを知ることができた。だから、例え僕を利用するためだったとしても、僕をあの地から救いだしてくれたことを、キミにとてもカンシャしてる」

「…」


「それに、僕は化け物だから、ずっと誰にも受け入れてもらえないって思っていた。だから、洞窟から脱走する力はあっても、脱走する勇気がなかったんだ。だから、キミと出会えて、世界は広いってこと…世界には、こんな自分を受け入れてくれる人や場所もあるってことを知れたよ」


 リアンはテスファンを見上げると、にこりと笑った。


「ありがと、テス。閉じこもっていた僕を、救いだしてくれて。そして、幸せにしてくれて」

「リアン…」

 テスファンは照れくさそうにはにかみ、鼻の下を指でこすった。



「…お礼を言うのは、こっちもだよ」

「…?」

 テスファンの言葉に、リアンは何かお礼を言われるような事をしただろうかと、首をかしげる。


「僕の国が滅ぼされたのは、お前も知ってるだろ?…その時に僕、サーベルンの奴らに、親父や兄貴たちと一緒に捕らえられて…親父から順に処刑されていったんだ。サーベルンに刃向ったらこうなるぞって見せしめに、ヘルシナータの民達の前でな。…親父は八つ裂きにされて、お袋はさびた鋸で手足を切られた後に、首を切られた。一番上の兄貴は木の杭を何本も体に刺されて、次の兄貴はちょっとずつ肉をそがれて殺された。次は僕の番という時に、檻を抜けたクルトが助けに来てくれたんだよ。…姉貴たちも、兵士達の慰み者にされた後、海に沈められたって聞いた。そして、僕の婚約者は、サーベルンの王子の卑娼にされたみたいだ」

「…婚約者」


 リアンは初めて知った存在に、驚いてテスファンを見る。


「臣下の娘でね。親が決めた相手だったし5歳も年下で、僕はその子を恋愛対象として見たことは無いから、安心して。ただ、僕は末っ子だったから、妹ができたみたいで嬉しくて、よく遊んであげていたんだ。その子も『お兄様、お兄様』って、僕に甘えに来てくれて。…せめてその子だけでも、助けてあげられればよかったんだけど…」

 テスファンは、つらそうに目を閉じた。


「……テスも苦労したんだね」

 リアンは背伸びすると、テスファンの頭を撫でようとした。だが、背伸びしても背は足りず、テスファンの額をぺしぺしと叩くようになってしまう。


「…ありがと」

 テスファンは小さくほほ笑むと、リアンのその手をとった。そして、そっと手のひらに口づける。

「ひゃ」と顔を真っ赤にするリアンに構わず、テスファンはぐいっとリアンを抱き寄せた。


「……」

 テスファンの胸に顔をうずめる形となり、リアンはかああと体を熱くした。戸惑いつつ、リアンはただただテスファンの胸の鼓動を聞いていた。


 そんなリアンの頭を愛おしむかのように撫で、テスファンは続ける。


「僕さ、今まですごく不安だったんだ。僕は唯一生き残ったヘルシナータの王族で、生き残った臣下たちは皆、僕に期待を寄せてるんだ。…だけどさ、僕は今まで王位継承なんて考えたこともない末っ子で、王族の責任とか重圧とかは何もかも兄貴たちにまかせっきりで、自由奔放にやりたい放題やっていたんだ。そんな僕が、国を取り戻すなんて大それたこと、できる訳がない。だけど、家族や仲間を失った臣下たちみなは、僕だけを心の頼りに生きているから、できないなんて言えないんだ。…だから、毎日すっごく不安で不安で、心が潰れそうで、苦しかった。だけど、頼れる家族なんて、もう誰もいなくて。…だけど、お前と出会ってから―僕にそんな期待をしないで付き合ってくれるお前と出会ってから、僕は救われたんだ」

「……」


「お前といると、喧嘩ばっかりだったけど、楽しかった。その間だけでも、辛いこととか重圧とかを忘れることができた。だから、僕にとっては、お前はなんていうか…気持ちを明るく暖かくしてくれる、太陽みたいな存在なんだ」


「…太陽」

 その言葉は、前にクルトが、自身の事を指して言っていた。だから、リアンは、クルトはテスファンの事を本当によく知っているのだな、と感心した。


「だから、これからもお前と、ずっと一緒にいたいんだ」

「…」


 テスファンは少しだけリアンから体を離すと、リアンの目を見つめる。リアンは恥ずかしさと戸惑いのあまり、目を逸らした。すると、頬に手をやられ、無理やり顔を元に戻される。


「…ん?」

 そして、口を何か柔らかいもので塞がれた、と思った時には、リアンの目の前にテスファンの顔があった。


「ちょ…っ!」

 その柔らかいものが唇であると認識した瞬間、リアンは咄嗟にテスファンの胸をついた。しかし、テスファンはびくともせず、それどころか角度を変えてリアンの唇を塞ぎ直す。


 長い口づけの後、やっと解放されたリアンは、ぽーっとのぼせた顔でテスファンを見る。しかし、はっと我に返ると、慌てて顔を背けた。


「こ、こんなこと、突然女の子にしちゃダメだよ。それに、まだ僕、キミの事が好きかどうかも分かんないんだから!」

 だが、テスファンはリアンの頬を両手で包むと、再び自身を向かせる。


「…大丈夫。絶対に僕の事を好きにしてやる。だから、安心してお前は、僕の事を好きになってくれ」

「それ、何だか、ロンリがむちゃくちゃだよ…」

「無茶苦茶でいいんだよ。世の中ってそんなもんだろ」

 テスファンは、ちゅっともう一度口づけをすると、リアンを離した。



「さ、帰ろうか」

 唇を押さえて立ち尽くすリアンの手を握ると、テスファンは重力魔法で鹿を浮かせ、歩き出す。


「…」

 リアンは、体温がどんどん上がっていくのを感じながら、黙ってテスファンに手を引かれて歩いていた。しかし、やがてその状況にも慣れてくると、リアンはしみじみと考え始める。


―テスファンが、僕の事をそう思うようになっていたなんて

 テスファンに初めて出会った頃は、考えた事すらない事だった。それに、化け物と忌み嫌われていた自分が、誰かからこう思ってもらえる日が来るなんて、想像した事すらなかった。


―そう言えば…

 そこで、ふとリアンは思う。


「ねえ、テス。そう言えば、キミは最初から僕の事、全然怖がってなかったよね。どうして?神の娘は恐ろしいって、北の地の人たちが言ってたの、聞いてたんでしょ?」

 そんなリアンの疑問に、「ああ、そのことか」とテスファンは立ち止まると、リアンを振り返った。

「…そりゃ、確かに最初は怖いって思ったけどさ、実際にお前の姿を見たら、そんな考えすぐに吹っ飛んだよ。こんなに可愛い子が、化け物な訳ないって」


「…」

―可愛い

 リアンは、前にテスファンから言われた時は、子ども扱いされて馬鹿にされているだけだと相手にしなかった。だが、今はなんだか気恥ずかしく、そして嬉しかった。


 嬉しそうに照れるリアンを見て、テスファンも嬉しくなった。そして、調子づいたまま、「何と言ったって」と続ける。

「お前が、ジュリアンに似てたからさ」

 白い毛並に、水色の目をした猫。テスファンが幼い頃に拾った子猫だった。

 虐待されていたのか傷だらけで、道の脇に檻に入れられて捨てられていたのを拾ったのだ。


「檻の中に閉じ込められていたのもそうだったし、顔もお前によく似ていて」

 テスファンは、ジュリアンを思い出しながら、木々の梢の間から見える空を見上げた。

 すると、ばしっと手を振り払われた。驚いてリアンを見ると、リアンは膨れながら自分を睨んでいた。


「……最低」

「え?」

 突然リアンに言われたその言葉を、テスは訳が分からずぽかんと聞いていた。

「やっぱ、僕、テスの事嫌い。大っ嫌い」


―子供どころか、猫扱いしていたなんて

 リアンは「ふん」と、テスに背を向けた。そして、テスを置いてぷんぷんと歩き始める。


「ちょっと、何で怒ってんだよ、リアン」

 慌てて追いかけてきたテスファンを無視し、リアンはどんどんと前を見て進む。


「リアン、どしたんだよ?ちょっと待てって」

 テスファンは、リアンの腕をつかんで止めた。しかし、再び手を振り払われ、睨まれる。


「…乙女心の欠片も分からないバカ。テスの事なんてもう知らないから!」

「はあ?どう言う事だよ?」

「知らない!テスなんてもう知らない!」

 ふんと鼻を鳴らして、リアンは再び歩き始めた。



「…訳わかんねぇ、子供の頭って一体どうなってんだ…?」

 テスファンは首をかしげながら、どすどすと前を行くリアンを追いかける。


「子供じゃないし。それに訳がわからないのはテスの頭の方だよ。ちょっとは動物とじゃなく、人間の女と触れあったら?そしたら、見えてくるものがたくさんあるよ」

「へ?…どういう意味だよ、リアン?」

 テスファンは本気で不思議そうに首をかしげた。なので、リアンは遠慮なく、テスファンに言う。

「言ったままの意味だよ、バカ!ぶぁか!!」

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