19-⑫:再びリザントへ

「…リザントだ」

 魔法が収束するなり、アンリは感心したように、辺りを見回しつぶやいた。

 セシルたちは、ノルンの転送魔法でリザントのハーデル村の森―以前セシル達が魔物退治した森の、少し入った場所にやってきていた。



「さあ、10年ぶりに故郷に戻ってきたところを早速で悪いのだが、案内をしてもらおうか」


 テスはアンリに話しかける。すると、アンリは、はっと我に返ったようにテスを振り返り、首をかしげた。どうやら懐かしさに感動していて、人の話を聞いていなかったらしい。テスは呆れつつ、もう一度口を開く。


「早速でごめんだけど、案内をしてくれ」

「は、はい!ええと、お渡しした地図にも丸をうってありますが、この森では何かが隠れていそうな場所や、物を隠せそうな場所は、大体50ヶ所。自身もよく、そこに獲物の罠を仕掛けたり、大事な物を隠したりしていました。10年たった今も、まだあるかは確実ではありませんが…」


 アンリは地図を広げ、印をした地点の一つ一つについて、そして沢や斜面など森の危険な個所についても説明をしていく。しかし、どこか自信が無さげだ。おそらく10年も前の情報が今でも役にたつかどうか、不安に思っている所があるのだろう。


「雪で何もかも埋まっている以上、あなたの情報を得られるだけでも大きな助けですよ」

 そんなアンリの心を見透かしたかのように、ノルンが言うと、アンリは少しだけほっとした顔をした。


「ここはあの女が魔物集めに利用した場所です。たまたま都合が良くて利用しただけかもしれませんが、何か思い入れのようなものがあって利用した可能性もないとは言い切れません。それに、建国物語によれば、王妃はリザントに居た頃、国王とこの森で狩りを楽しんでいた事もあったようですから、この場所について大昔からよく知っていた可能性もあります。だから、その天敵とやらがここに封印されている確率は高いでしょう。だから、まずはこの森から、天敵の封印場所を探しましょう。固まっていては効率が悪いですから、2.3人に別れて探しましょうか」


 ノルンがそう言い終えるなり、レスターはセシルの手を握った。


「俺はセシルと一緒に探す」

「じゃあ、俺はテスと一緒に探すぜ」

 カイゼルはテスの隣に進み出る。テスは「一人でいい」と言うので、カイゼルは「寂しいこと言うなよ」とテスの肩に腕を回して、ぐしゃぐしゃとテスの頭を撫でる。テスは心底面倒くさそうにため息をつく。


「私はロイと一緒に探します」

 ノルンは「野郎同士かよぉ」とつまらなさそうに言うロイの耳をつかみ、自身の横に来させる。ロイは「いでえ」と悲鳴を上げている。


「…僕は…」

 ぼっち状態のアンリ。おろおろと皆を見回している。セシルが可哀想に思って、声を掛けようとすると、レスターに手を痛いぐらいに握られた。レスターの顔を見ると、『だめだよ』と書いてある。


「…じゃあ、俺らと一緒に来い」

 そんなアンリに救いの手を伸ばしたのは、テスだった。テスは面倒くさそうに頭を掻きながらアンリに手を出しているが、それは照れ隠しだろうと、セシルはすぐに分かった。


「うん!」

 アンリはぱあっと顔を明るくして、テスの手をとった。テスは「やれやれ」と言いながら、その手を引いて、アンリを自身の傍へと寄せる。


「じゃあ、レスター達は西側の地点を、テス達は南の方をお願いします。私たちは残りの部分を見ます。…何か見つけたら通信機で連絡を取って、皆を呼んでください。その天敵が完全に安全な者であると確認できない以上、絶対に自分達だけで対処しようとしないでくださいね」

「以上です、解散」とノルンは言うと、「おい、早速かよ」と言うロイを連れて転送して行ってしまった。



「じゃあ、オレ達も行くとするか」

「ああ、そうだな。じゃあ気を付けてな、セシル」


 セシルはテス達に手を振ると、森の中を歩み始めた。レスターと共に、よっこいせと雪から足を引きぬくようにして歩く。雪が深いから動きにくいのは仕方がないのだが、かんじきや杖など、雪用に重装備をしているために、なおさら動きにくい。


「大丈夫かい?」

 レスターが心配そうに、セシルを見る。


「ああ。だけど、体力が持ちそうにないし、時間がかかりそうだから、重力魔法を使うか」

 セシルは魔方陣を出現させると、飛び乗ろうとした。が、体が思うように動けないので、結局よっこらせとよじのぼる。そして、雪に慣れていない南国出身のレスターにも手を貸し、魔方陣の上に引っ張り上げる。


「…ええと、まず第一地点は…」

 セシルは地図を広げながら、目的地を探す。

「ここだよ。ここから、もう少し進んだところだね」

「ホントだ」


 セシル達は宙を浮いて移動し、その場所を探し出す。そこは、大きな石のある場所らしいが、雪で一面埋まっていて、何も見えない。


「えい!」

 セシルは風で積もった雪を吹き飛ばす。すると、雪の下から、説明通り直系2メートルぐらいの大きな石と少し小さめの石が重なり合うようにあるのが現れた。その二つの石の隙間には、人ひとりがやっと入れそうなスペースがあるが、その隙間には当然誰もいない。


「掘ってみるか」

 セシルは地面に降り立つと、その隙間の地面に向かって手を振る。すると、風で土がほじくり返されて散る。そうやって1メートルほど下へと掘り進めたが、何も出てこない。どうやらここははずれのようだった。


「次に行こうか」

「ああ」

 そうして、セシルとレスターの2人は、地図の場所を一つ一つ当たって、目的の物を探していく。だが、




「……最後の1つだな」

「…ああ」

 そこにあったのは、樹齢は軽く数百年を超えていそうな大きな木だった。

 最初に来た時から、2時間ほど経っていたが、他の者達から何かが見つかったとの連絡はまだ来ていない。そして、セシルたちもまた、何も発見できていなかった。


「ここにもなかったら、一端連絡を取って合流するか」

「そうだな。んで、その後は、山の方を捜索だな」


 セシルは風で、木の根元の雪を飛ばす。すると、根元に子供一人が入れそうな洞が現れた。セシルは地面に降りると、片手に光の玉を出現させた。それを明かりにして、その洞を覗き込むが、何も無いようだった。


「ん~ないなあ。埋まっていたりするかな?だけど、むやみに根元を掘れば、枯れちゃいそうで怖いな」

 こんな大木は中々ないものだ。貴重そうだから、枯らしたくはない。だから、セシルは荷物から小さいスコップを取り出すと、恐る恐る洞の下の地面を掘った。


「…っ!」

 すると、20センチほど掘ったところで、何かが明かりに反射して光った。


「セシル…」

「ああ…」

 セシルはレスターと目を合わせ、頷き合う。早速と手を伸ばしたセシルを制し、レスターはその物体に恐る恐る手を伸ばした。


「……」

 レスターはそれを手に取って見る。それは子供のこぶし大の、水色の透き通った石だった。


「…なんだか、王妃の本体によく似てる気がするけど…」

 セシルは不安そうに、その石をまじまじと見る。

「…これがお目当てのものかどうかは分からないけれど、こんなところに宝石が埋められてあるのは不審だ。たぶんこれが天敵と言われていた存在に違いないと思う」

 レスターはその石を地面に置くと、念のためにだろう、小さな魔方陣をいくつも、石周囲の地面に出現させる。


「それにしても石か。王妃だって石だから、もしかしてその天敵ってやつも、王妃みたいに石に意思を宿したやつだったのかな」

「…ああ。俺もそう思っていたんだ」

 レスターはピアスに手をやる。そして、他の者を呼ぼうと、口を開きかけた時だった。

 セシルが、つんつんとその石を指先でつついた。そして、ころんと転がった。



 レスターの魔法陣の上へと。



「あ」

「あ」


 セシルとレスターは同時にまぬけな声をあげた。そんな2人の目の前で、レスターの魔方陣が強く発光する。それに続けて、石の表面にびっしりと魔術文字が光り、浮かび上がった。そして、その文字がレスターの魔法に反応して消えていく。どうやら、封印の魔術式だったらしい。


「セシル…」

 レスターが額に青筋を浮かべ、咎めるようにセシルを見る。

「ごめん…!」

 セシルはぱちんと手を合わせて謝る。


「とにかく、離れて!」

 レスターはセシルの腕をつかむと、その場から少しでも離れようと駆けだした。だが、

『あれ?』

 間抜けた声が聞こえた。2人は同時に恐る恐る振り返る。


『僕の封印が溶けてる』

 そこには銀髪の少年が立っていた。だが、体が少し透けていて、後ろの風景がうっすらと見えている。少年は不思議そうに自身の両掌を見て、そして自身の体を見下した。…と、ふと少年が顔を上げてセシル達を見た。途端、少年は驚いた、と言うような顔をした。


『あれ、キミ達…』

「あれ、お前はあの時の…」

 レスターはその少年の顔によく見覚えがあった。


「誰…?」

 セシルは不安に、レスターの腕をきゅっと抱く。そんなセシルの頭をぽんぽんと安心させるようになでると、レスターは口を開く。

「君を甦らせた少年だ」

「こいつが…?」

 セシルは訝しげに少年を見る。すると、少年は、はっと何かを思い出したような顔をして、慌て始めた。


『いけない!キミ達!すぐにここから逃げて!僕の封印が解けたことはあいつも察知したはず。このままじゃ、キミたちがここにいることが「へえ、キミ達がこいつの封印を解いたんだね」

「「え…?」」


 セシルとレスターは背後から聞こえた、新たな声に振り返った。そこには女が立っていた。セシル達がよく知る、銀髪のアメリア―王妃が入った器が。


『遅かった…』

 少年は絶望の表情で、王妃を見た。

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