第20章①:真実と本音①
20-①:お邪魔します。
「お久しぶりだね。ボクのオジャマムシさん。わざわざ起きてこなくても、後500年ぐらい眠っていてくれればよかったのに」
王妃は腕組みをして、にやにやと少年を見る。
『…お前みたいな奴がこの世で自由に動いていると思うと、うかうかと寝てもいられないんでね。よかったよ、この人たちに起こされて』
少年は諦めか開き直りか、1つため息をつくと、王妃をじっと睨む。
「…へえ、強気だねえ。今のキミに何ができるの?ボクに破れて、力をほとんど奪われて封印されていたキミに。キミが呑気に寝てくれている間に、ボクはすごいものを作っていたよ。それであいつの故郷もずたずたにしてやったし」
『よく言うよ。つい最近まで、カイコウの中でお前ものんきに眠っていたんだろう?それから後に、急ごしらえで作った代物じゃないか』
少年は、呆れまじりの視線を王妃に寄越した。すると、王妃は眉をひそめ、額に青筋を浮かべた。
「……ムカつくねえ、その上から目線。ボクの心が読めたりカンショウできたりするってだけでさあ、それ以外は今は何もできないくせに。…決めた。やっぱお前消してやる」
『いいのかい?わざわざ残しておいたものを破壊するなんて。…僕の肉体を完全に消したら、行き場を失った僕はお前と再び一つになるかもしれないって、心配していたくせに』
「…意地でもさせないから、大丈夫だ!」
王妃は、氷の剣を手に出現させると振った。青白い光の斬撃が、少年に向かう。
『…』
少年は目を閉じた。抵抗のそぶりすら見せない。それは余裕からではなく、最早太刀打ちできないという諦めからであった。
『…っ!』
しかし、その青白い斬撃は、少年には届かなかった。レスターが金色の斬撃を放ち、すべて迎撃をしたからだ。小爆発を起こして、両者の斬撃は消えていく。
「ちっ、邪魔者がいたんだね」
王妃は忌々しそうに、レスターとセシルに向き直った。レスターはセシルを背に隠し、身構える。
「それにしても、セシル。キミはあの時に死んだものだと思っていたけれど、まだ生きていたんだね」
王妃は嬉しそうに笑った。しかし、その背にはまがまがしい気配が漂っていて、その笑顔が仮面であることは、誰の目にも明らかであった。
「よくもボクをグロウしてくれたね。あいつはキミのベツジンカクなのかもしれないけど、ボクはキミの事がすごくすごく腹ただしくて憎いんだ。…もうキミで遊んでなんかやらない。その代わりに殺してあげるよ。ちょっとずつ、じわじわとね」
王妃は手を横に突き出した。すると、王妃の背後に大量の青白い矢が出現した。
「さあ、死ねええ!!」
王妃が手を振ると、それは一斉にレスターとセシルに向かっていく。
「…っ!!」
レスターは周囲を幾重にも結界で覆い、矢から身を守る。しかし、矢の量が多すぎて、次々と結界が爆発と共に破れていく。
「レスター!」
「…くそっ!」
内側から結界を張り直していくが、結界が破れるペースの方が速い。このままでは、じきに限界が来る。
「さあさあ!どこまで持つかなあ?!」
王妃は狂喜の声をあげる。獲物の顔を絶望に歪め嬲り殺す期待に、王妃は胸を高鳴らせながら、さらに追加で矢の雨を降らせる。
『やめろ!』
その時、少年が王妃の体を羽交い絞めにしようとした。しかし、王妃の起こした突風に吹き飛ばされ、少年は地面にもんどりうつ。
「…うわああ!」
どおん、と言う一際大きな爆発と共に、セシルたちは地面に投げ出された。ついにレスターの結界が、すべて破壊されたのだ。セシルは慌てて重力魔法を展開させて、王妃を地面に押しつぶそうとしたが、王妃の体から伸びた蔓草が一瞬にして魔方陣を消した。
それでもセシルは、暴風やら爆炎やらを王妃に向かわせるが、王妃は平然としながらそれらを片手で払い、セシルに近づいていく。
「さあ、セシル。どうやって殺されたい?重力魔法でちょっとずつ押しつぶされていきたい?それとも、身動きできなくされて、炎でちょっとずつ焼かれて死んでいきたい?それとも、魔法も使わずに、剣でちょっとずつ肉をそがれて殺されたい?好きなのを選んでよ」
「ふざけるな…」
レスターはセシルを自身の後ろに押しやると、すかさず手を振った。金色の鎖が大量にそこかしこから出現し、王妃を拘束する。
「だからさあ、前に言ったじゃん。ボクはとうに死んでいるって。いい加減ガクシュウしてくれないかなあ」
王妃は、吸収の魔力を身に纏わせた。それと同時に爆発が起き、鎖が消える。
その代償に四肢がボロボロになり、腹も半分えぐれた状態になった王妃の体。しかし、すみれ色の光がその体を走った一瞬後には、元の怪我一つない姿に戻っていた。
「レスター…」
セシルはガタガタと震えながら、レスターの背にしがみつく。するとまた、レスターも震えているのが分かって、セシルは落ち着くどころか恐怖が増した。
―どうする?いいや、もうどうしようもない
不死身という最強の器を手に入れた王妃。しかも、王妃は例え自身の器の魔力が尽きたとしても、麻薬患者から魔力を得られたい放題得られる。その上、王妃の天敵らしき少年は、今や太刀打ちできない状況となっているらしい。
この状況を絶望的状況と言わずしてなんと言うのだろう。
―きっと自分たちはここで死ぬのだ
セシルはそう思った。確信的に。
通信機で他の者に助けを求めたところで、この状況が改善などするはずもない。それどころか、屍が自分たち以外に余計に増えるだけに違いない…とふと、肩を誰かに叩かれた。
セシルが何だこんな時にと振り返ると、テスが「よ」と小さく片手を上げていた。
「テス…!」
「お邪魔します。ということで」
―しゅん、しゅぱん
乾いた風の音が、2回あたりに響いた。それと同時に、王妃の額と、胸に穴が開く。
「…あんた誰?っていうか、なんでボクとセシル以外に銀髪がいるワケ?もしかして、ジュリエの民?」
王妃は穴の開いた額を撫でながら、「まあどうでもいいけど」と言った。
「そんなちんけな銃で、ボクが倒せるとでも思った?バカじゃないの?」
王妃は小馬鹿にするかのように、銃口を向け続けるテスを見た。そして、傷口を直そうと、すみれ色の光を体にまとった時だった。
「…え?」
傷口は治らなかった。それどころか、そこから皮膚がぐにゅりと曲がったかと思うと、崩れ始める。
「…なんだ、これ…?」
王妃はぼとぼとと落ちる肉を、呆然と手で受け止める。
「お前!何をした!?」
王妃はテスに向かって叫んだ。しかし、テスはにやにやと笑ったまま、何も答えない。
「貴様ああ!」
王妃は、テスに向かって手を振った。しかし、ゆがんだ青白い魔方陣が、テスの足元に現れただけで、それはすぐに光を失うと消えていく。
「くそ、貴様、何をしやがったあああ!」
王妃はおどろおどろしい怨嗟の叫びをあげる。顔の皮膚は最早残ってはおらず、王妃の表情は全く読み取れないが、表情筋が丸見えとなった顔はそれだけで恐ろしかった。
「残念。それは機密なので教えられない」
テスは肩をすくめてみせる。王妃は狂気のままにテスに向かっていこうとするが、テスに爆炎を浴びせられて吹き飛ばされた。
『何者だ、貴様は!』
肉が崩れ落ち、ほとんど骨と化した王妃の器。声など出せるわけもない。しかし、あばら骨の内側にある、何故か以前見た時より一回り大きい本体―水色の石がテスに問うているのだ。
「…それには答えてあげるよ」
その本体には、細長い銃弾が突き刺さってひびが入っていた。そんな本体に、テスは銃口を向ける。
「テス・クリスタ。ただの一介の元怨霊さ」
『テス・クリスタ…?まさかお前、あの時の…!』
「よく覚えていたね、王妃サマ。恐悦至極ですよ」
そして、テスは驚愕する王妃に向かって、引き金を引いた。
―ぱりん
銃弾を受けた石は、澄んだ音を立てて2つに割れた。それと同時に、残っていた骨も砕けて地面へと落ちていく。
『…くそっ!』
骨と共に地面に落ちた本体の、小さい方の欠片から声がした。かと思うと、その欠片は勢いよく空へと舞いあがる。
『…皆殺しだ!』
欠片―王妃は忌々しげに叫んだ。そして、青白い光を放ったかと思うと、それを無数の槍に変えて、テス達に向けて放とうとする。
『させない!』
その時、銀髪の少年が咄嗟に、残っていた本体の欠片を拾った。そしてあろうことか、驚く3人の前で、それを口に放り込み飲み込んだ。
すると、透けていた少年の体の輪郭がはっきりとする。そして、少年はすかさず手を振るう。すると、青白い光の玉が王妃に向かって放たれた。
『がっ…』
王妃の石は、その光をまともに喰らい、ふらふらと宙をよろめいた。しかし、ほうぼうの体で、空高くへと舞いあがる。
『お前ら、絶対に皆殺しにしてやるからなあ!!』
王妃はそう叫ぶと、青白い尾を残し、北の空へと消えて行った。
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