19-③:村長宅にお邪魔①
「カイゼル。ぼけっと突っ立ってないで、何か読んで、役に立ちそうな情報を見つけろ」
「馬鹿!無理に決まってんだろ。ジュリエ語なんて読めるか!」
リザント、ハーデル村のエーメリー村長の家の物置。
カイゼルとテスの二人は、以前の魔物事件に関しての調査の一環だと嘘をつき、棚の書類をあさっていた。
「にしても、寒いな…」
テスは、手に息を吹きかける。この行為は、この物置に入ってから、一体何十回目だろう。
上着を着込んではいるのだが、そんなものほとんど役に立っておらず、体が震えて仕方がない。指先もかじかんで震えているが、かといって手袋をすれば、書類がめくれなくなるので我慢をしていた。
「ああ、さすがリトミナの北の果てだな…」
カイゼルも、腕を抱いて頷く。
外は2メートル以上の雪が降り積もっているが、暖房器具など使えない。万一古文書に火がついたら大変だからと、火を使わないように村長から言われていたためだ。
テスにとって唯一の救いは、頭にかつらをかぶっていることと下半身が毛でおおわれていること(毛はもちろん、しっぽも腹にまきつけて、その上に下穿きを履いて隠しているが)で、カイゼルが体感している寒さよりは、多少暖かいだろうということぐらいだった。
「…さっきから、ここにあるのは、北の地への地図か、どうでもいい民俗の話か、知っていることばっかりだ。…何がおいしい熊料理の作り方だ。しかもこっちは、可愛い服の作り方ときた」
テスはもう一度、手に息を吐きかけると続ける。
「…後、ジュリエの民の歴史についての文書は、村長が前に話していた山岳信仰と、初代王妃が山の神の娘と呼ばれていたという事について…。どちらも荒唐無稽な話だが、アーベルの野郎の話を聞いた今なら、その意味がよくわかる。…細胞に異常を引き起こす火山灰をまき散らす山と、その火山灰を受けても人の姿を保っていられた初代王妃を山の神の娘と呼んだという事がな。……今回の件に関係ありそうなおとぎ話もあったが、アンリの言っていた『女神さまの嫁入り』…これだ。そしてもう一つ、『女神さまの瞳と涙』。これも、長らく口承されている物語らしい」
「どんな話なんだ?」
カイゼルは、テスの横にくると、その物語の書かれた文書を覗き込んだ。全く字は読めない。ただ、挿絵があり、そこには山に腰掛ける、銀髪の藍色の目をした女神の姿が描かれていた。
「嫁入り話の続きで、要約すると『女神は、かつて自分が滅ぼした世界の事を度々思い出していた。そして、その度に、藍色の瞳に涙をあふれさせていた。すると、その涙は雪となって大地に悲しみの呪いとなって降った』って」
「この女神、嫁入り話の女神と同じ奴だよな?だけど、目が藍色だぞ」
「そうなんだ。何故かまた藍色の目に戻っているんだよ」
自身が女神に一度退治された時は、嫁入りの話通り、ちゃんと水色の目だった気がするのだが。
「物語を作った奴の、誤植か何かか?」
「…そうかもな」
それか、何千年も人々の間を伝わっているうちに、間違えられて伝えられることがあったのかもしれない。
「…そう言えば、あいつの言っていた『神の涙』はどこにあるんだ?」
テスはふと思い出す。アンリは、『神の涙』の実物が物置にあると言っていた。だけど、それらしきものはここにはない。
「カイゼル、お前、ちょっと村長をここへ呼んできてくれるか?」
「おお」
カイゼルは物置から出ると、少しして村長を連れて戻ってきた。村長の足取りにはどことなくうきうきとした様子がうかがえるが、それはおそらくこれからかけられるであろう質問に対する教示欲からに違いない。
「村長、『神の涙』はどこにあるんですか?」
「…何のことでしょうか」
村長は首をかしげたが、わずかに戸惑った表情が走ったのをテスは見逃さない。それに、先程までのうきうきとした様子は一瞬にして搔き消え、わずかな緊張を感じ取れた。
「『神の涙』がこの物置のどこかにあるはずです。どこにあるのですか?」
テスは、そんな村長の目をじっと見つめて、再び問う。
「…どうしてそれを」
やがて、テスの視線に村長は諦めたのか、そう言った。だが、テスに訝しがるような顔を向けた。
「…あれは、特別な代物。だから、それは、関連する書物と共に隠し部屋―地下室に仕舞い込んでいるのです。身内以外の人間が知る訳もない。何故そのことを、あなたは知っているんですか?」
村長はじっとテスの目を、探るかのように見る。そして、本当の事を言わなければ、その地下室へ入ることは許さないという意思が見て取れる。
「……実は、私の友人―御宅の息子さんから聞きまして」
テスは仕方がないので、正直に言った。アンリには怒られるかもしれないが、それよりもあの女を倒すことの方が優先事項だ。
村長は何を冗談を、と言う顔をした。そんな村長に、テスは説明をする。アンリ・ワード―アンリ・エーメリーがホリアンサで医者になっていること。後、親友に裏切られた日には毎年酔いどれていることを。そして、去年の12月、その日に酔っぱらって凍死しかけていたアンリを助けたことで知り合った事などを、テスは説明した。
「アンリが、生きていた…」
村長は驚きながらも、テスの話を信じるしかなかった。赤の他人のはずの女が、息子の容姿や、息子の事情の詳細を知っていたからだ。
「…でも、ホリアンサにいるという事は、アンリは街が壊滅したあの事件に巻き込まれて…」
「いいえ、無事でしたよ。私も看護師でして、彼と協力しながら怪我人を診ていました」
「看護師?…看護師がどうして、リトミナの騎士様と魔物の件の調査へ…?」
「色々と事情がありまして…では納得いかないでしょうから、言えるところは言います。実は私たちがここへ来たのは、ホリアンサを壊滅させた爆発について調べるため。そして、その爆発は、『神の涙』と関わりがあるかもしれないのです」
「『神の涙』と?」
村長は首をかしげた。そんな村長に、テスは「ええ」と頷いて見せる。
しかし、実はその時点のテスは、『神の涙』とホリアンサの壊滅との関わりなど思ってもいなかったから、それは全くの嘘であった。何故そのような嘘をついたのかと言うと、『神の涙』についてもっと詳しい情報を知ることができれば、あの女に対抗できる方法が分かるのではないかと思ったためである。それに、村長が先ほど言った、『神の涙』に関連する書物というものも気になるからだ。
「…今の所、それ以上の詳しいことはお伝えできません。ただ、『神の涙』について私はアンリから色々と聞いていたので、ホリアンサの件にその物質が関わっていると推測を立てていました。そんな時に、リトミナからホリアンサに救援に来ていたカイゼルと出会い、内密に自分達だけで調査しに来たのです」
「……」
嘘がばれやしないか。それに、何か相手が問うてきたときに、ぼろをださないようにしなければ。
テスは内心の緊張が漏れ出てしまわないように、靴の中で足の指に力を入れた。そして、更に続けて言った。
「地下へ案内、していただけますか?」
「……」
村長はそんなテスを黙って見ながら、しばらく思案するかのように口に手を当てていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「…わかりました。地下へご案内いたしましょう」
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