18-⑤:センセイのお肉を食べたい

―どがあああん!!



「……?!!!」

 廊下の突き当たりの壁がぶち破られた。土煙舞う中、荒い息づかいが聞こえてくる。それは人間にしては大きい、まるで野獣のような音の息だった。


 のっそのっそと、土煙の中を何か大きな影が歩いてくる。セシルとレスターは、アンリを後ろに押しやると、身構えた。やがて、土煙を出て現れたのは、黒い皮膚の、人型の化け物だった。



「……遅かった…」

 アンリはそれを目にするなり、後ろでうなだれた。


「まさか、これ…」

 レスターは呆然と化け物を見る。


「そうです。魔物化した人間です。中途半端な『神の涙』の適合者です…」

「…」


 レスターはセシルから聞いた話を思い出す。『神の涙』は細胞に変異作用を起こす―人を異形にするという話を。

 それに、初代王妃に生まれ変わりに異世界に最悪の破壊兵器と、突拍子ない話ばかりが続き、レスターはすっかり失念していたが、セシルを甦らせたのは水色の砂で、セシルを蘇らせたあの少年もその砂が変異作用を起こすようなことを言っていた。魔物のようになるかもしれない、と。


 という事はアンリの言うとおり、セシルを甦らせたあれも『神の涙』だったのだ。



「もうこうなってしまったら、おそらく元には戻れません。例え、『神の涙』を体内から取り除ける方法があったとしても、一度変異を起こした細胞は戻らないからです…癌のように…」

「そんな…」


 セシルは呆然と、化け物を見た。かつてのカーターを、彷彿とさせる姿の化け物だった。その片手には、


「…っ!」

 セシルは息を詰める。腹から下の下半身が丸々食いちぎられ、白目を剥いているよく見知った顔の女性―リリアの母親が握られていた。


「お前、よくもリリアのお母さんを…!」

 セシルは手に氷の剣を出現させた。元人間だとはいえ、許さない。セシルは切っ先を化け物に向けた。が…




「アツイ」

「……え」


 化け物が、リリアの母親を床にどさりと落とした。そして、両手で顔をかきむしりながら、声を発した。それだけなら、まだ良かった。セシルは、その声によく覚えがあった。


「カラダガ、カラダガアツイノ」

 化け物から発せられたとは思えない、愛らしい少女のような声だった。


「リリア…」

 セシルは唖然と、その化け物の名前を呼んだ。すると、化け物はふと、顔をかきむしるのをやめて、セシルを見た。その目は赤くぎらぎらと光っていた。そして、まるで獲物を見つけたかの様に、らんらんとしていた。


「センセイ、オナカガスイタ…」

「……」


「オニクガタベタイ」


 化け物は、呆然と立ち尽くすセシルに向かって跳躍した。



「センセイノオニクガ」

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