18-⑥:現実は、猶予をくれない。
「この…!」
レスターは咄嗟にセシルの前に立つと、剣を抜いて振るった。が、
「…は?!」
レスターの剣が、中程からぼきりと折れて飛んでいく。
「レスターさん!」
アンリが二人に体当たりをする。そして、横へとふっとばし、化け物の攻撃を避けた。
「二人とも、大丈夫ですか!」
「……何だこれ…?」
レスターは唖然と自身の剣を見た。ホリアンサに来てから一度も抜いたことの無いそれ―魔力を帯びた鋼でできていたはずのそれは、今や水色に光る謎の金属となっていた。ところどころ鋼の部分が残っているものの、それ以外の水色の部分は皆、脆くなったかのようにひびが入っている。
「うわあ!」
アンリの悲鳴に、はっとレスターが顔を上げると、化け物が自分達を叩き潰そうと腕を振るってきたところだった。
「発動!」
セシルは、我に返ると済んでのところで氷の結界を張った。しかし、化け物は狂ったかのように、ばんばんとその結界の表面を両手で叩いてくる。
「リリア!目を覚ませ!お前の好きな食べ物はクッキーのはずだ!人間じゃない。街が元に戻ったら、オレが焼いて持って行くって言っただろ?」
セシルは懸命に呼びかける。しかし、かつてリリアだった化け物は、セシルの話になど耳を貸す様子はなかった。化け物はもはや、獲物がきいきいとわめいているとしか認知していなかった。
やがて化け物は、目の前にいる獲物を何とか手に入れようと、唸りながら氷の結界にがりがりとかじりつき始めた。
「……リリア」
セシルは泣きそうな顔になりながら、それを見た。セシルは理解してしまったのだ。もうリリアは人間ではない。リリアは、もう完全に理性が食欲に飲まれてしまったのか、あの可愛らしい声を発することすら無かった。もう彼女は食欲に突き動かされ、セシルたち―肉の塊しか見えていない野獣だ。
「セシル…」
レスターが言いにくそうにセシルの名を呼んだ。セシルは彼の言わんところを理解できた。だから、「30秒だけ時間をくれ」と言った。そして、最早人間の心を失ったリリアに、セシルは微笑むと語りかける。
「…オレ、お前みたいな子供が欲しかったんだ。素直でかわいい子供が。オレに子供ができていたら、こんな感じに育ってくれたのかなって想像ができて、お前といるとすごく楽しくて、ちょっと切なくて。とにかくありがとう。オレを少しの間だけでも、母親みたいな気分にさせてくれて。後、それと」
セシルは歯を出して笑う。
「テスの野郎も喜んでいたぜ。お前にお礼を言われて、とても嬉しかったって。医者をやっててよかったと、心底思ったって。あいつ今まですごく辛い人生を送ってきたんだけど、そんな人生もお前に出会う日のためにあったんなら、どうでもよくなるぐらい嬉しかったって。オレがあいつのかわりに言うよ。ありがとう」
セシルは言いたかった言葉をすべて言い終わると、ふっと寂しげに笑った。
「だから、バイバイ、リリア」
セシルは、化け物の足元に魔方陣を出現させた。
「またいつか、会おうぜ」
次の瞬間、悲鳴を上げるいとまもなく、化け物の体が凍りついた。そして、その一瞬後には、ばらばらと崩れていったのだった。
「……」
セシルは黙って、崩れた化け物の体を見ていた。カーターとは違い、屍操術も魔力の供給も何もなされていない人型の魔物は、それだけであっけなく命を落としたようだった。
「……」
セシルはどこかぼんやりとした表情で、廊下を見る。リリアの母親の死体が転がっている。そこから破壊された壁の方に視線を移すと、穴の開いた壁越しに、血だらけのテントがくしゃくしゃと積み重なっているのが見えた。そこからは、うめき声しか聞こえない。
「セシル…」
「…」
レスターは、そっとセシルを後ろから抱きしめた。セシルはぐっと唇を噛んだが、こらえきれず、ぽろぽろと涙をこぼし始める。
「リリア、ごめん、ごめん、助けられなくて」
泣きじゃくり始めたセシルに向き直ると、レスターはぎゅっと抱きしめた。そして、嗚咽に震えるセシルの背を、撫でようとして、
「きゃあああああ!!」
「…マナ!?」
しかし、状況は彼らに、そんな猶予を与えてはくれないようだった。
「セシル!」
―もうこれ以上、失うのはごめんだ!
レスターの制止を振り切り、セシルは駆けだした。
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