17-⑤:異世界の過去③
「リアンには恋人がいた。軍の施設の傍にあった歓楽街で、兵隊を相手にしていた娼婦だった。その子は、工場爆発の時に身寄りを失って仕方なく体を売っていた子で、客と支払いで揉めていたところをリアンが助けたんだ。そして、いつしかリアンと恋仲になって、結婚の約束までしていた。リアンは言っていたよ、『こんなオレでも誰かを救いたい』って。『あいつをあんな
テスは、態度には示さずとも、内心で親友の幸せを自分の事のように喜んでいた。こんな荒んだ時代で、芽生えかけた希望。もしかしたら、彼だけでもこのまま幸せになってくれるのではないかと、テスは喜んだ。
そして、テスは思った。やっぱりあの神様は俺達を見ていてくれたんだと。きっと俺達の不幸を見るに見かねて、幸せをくれたんだろうと。
だから、テスはリアンからその知らせを聞くなり、あの教会に一人、とんで行った。そして、感謝と共に、リアンの幸せを願ったのだった。
「……」
アンリは、その親友の彼がどうなったのか、もう予測がついた。だからこそ、ただただ黙ってテスの話を聞いていた。テスの顔には、仏頂面でごまかしてはいるが、こらえようのない辛さがにじみ出ている。
「そして、次の任務で、リアンは死んだ。その時の任務は俺も一緒だった。……俺達の居た部隊は敵の急襲を受けてぼろぼろになった。兵士が数人と、上官たちと、俺達だけが生き残った。その時、上官は、兵士だけでは足りないと判断して、リアンも殿に駆り出したんだ。…そして、リアンは俺の目の前で敵に撃たれて、動けなくなったところに爆弾が落ちて、死体すら残さずに死んでいった」
**********
上官の命令でリアンが殿に駆り出された時、テスは自身が代わりに殿となることを必死に懇願した。しかし、上官は命令に逆らわれたことで意地になり、テスを引きずってトラックに押し込んだのだった。中の荷台には、部隊の中でも上の位の者たちばかりがいた。自身はその者達に何かあった時のために、残されただけであった。
その荷台で上官達に押さえつけられながら、死へと向かっていくリアンを見ながら、テスは心の中で諦めた。大切な親友の命も、自身の人生も、幸せも何もかも全部。「もしかしたら、まだ自分達の未来には希望があるかもしれない」と、今までしぶとく残っていたわずかながらの期待も、すべてすべて心の内から捨て去った。そうすれば、心は絶望に傷つけられる事はないだろうから。だが、そうしても、テスの心はずきずきと痛むのだった。
だからテスは思った。何もかも消えてしまえと。
どうせ大切なものは皆消えてしまう。なら、希望も絶望も何もかも等しく、世界を道連れて全部消えてしまえばいいと。
そうしたら、きっと心の痛みというもの自体が消えてくれると思ったからだ。
だけど、世界を消すなどそんな事、ちっぽけな自身にはできる訳もなかった。
リアンの恋人にその死を伝えに行ったとき、テスは彼女に彼の死に冷静なことを責められ、ありったけの罵詈雑言を浴びせられた。冷静だったのではなく、自身の心が壊れていたせいだと分かってはいても、その心の直し方などテスはもう知らなかった。だから、テスは、ただただ彼女の言葉を聞いていた。
彼女はその後、荒れた生活を送っていたがやがて肺を病み、死んだと風の便りに聞いた。
テスの国の主都の教会では、連日、戦没者達の国葬が行われていた。テスの故郷とは違い、主都の教会は立派だった。度重なる国葬が落とす莫大な金が、聖職者たちを潤わせていたからだ。
その日も、テスはリアンの墓に参った。
そして、その日も、葬式で流されているのであろう『アメイジング・グレイス』の歌が聞こえる。
―何が驚くべき神の恵みだ。お前は、誰も、救ってないじゃないか
その歌に、テスは死体も何も埋まっていないリアンの墓の前から視線を移すと、教会をいつまでもにらみ続けていた。そして、思った。
―いいや、違う。この世界に神などいないんだ
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