17-④:異世界の過去②
「俺の国は、それからは覇権を取り戻すため、狂ったように戦争にのめり込んだ。一度得た栄光を失うことが、耐えられなかったんだろう。軍を整備し直し、徴兵制を強化した。そして、目敏く工場爆発で孤児になった子供たちに目を付け、すべてを将来の兵卒として抱え込んだ。…大人の徴兵とは違って嫌なら嫌で断われたんだが、親のない俺達にはそれ以外の選択なんてなかったよ。リアンと共に、軍の機関でお世話になることになった」
「……」
アンリは何も言えず、頷きもできず、ただただテスの言葉を聞いていた。生まれ変わりなどと、異世界などと、荒唐無稽で精神の正常さを疑う話だが、それが嘘ではないという事はすぐに分かった。それだけテスの話す内容は具体的で、言葉にも重さがあった。
「才能のない奴は、さっさと前線に立たせられて使い捨てられることがわかっていた。だから、必死に勉強した。そして、医官を目指した。医官なら、戦闘に出されないと思ったから。それに、俺は元々、将来は父みたいな医者になりたいと思っていたから、こんな時代でもせめて夢ぐらいは叶えたいと思ったんだ。…リアンも引っ付き虫だったから、俺の所へついてきてくれたよ。医療になんか別に興味はないけれど、お前といたいからって。一人になるのが心細かったから、素直に嬉しかったよ。それに、あいつも少しは
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テスとリアンが初めて派遣された戦地では、全くと言っていいほど薬品や医療資材が足りなかった。思うとおりに行かない医療行為で、数えきれないぐらいの患者を失った。テス達は自身の無力さを呪い、後悔に苦しんだ。しかし、それはまだましな序章だったということを、時をおかずしてテス達は思い知ることになる。
「やれ!!」
その言葉と共に、立てつづけに発砲音が発せられる。その銃を握るのは、テスとリアンだった。
2人は、目隠しした怪我人たちを並べて、銃で一人ひとり頭を狙って撃っていた。
「……」
「……」
2人は唇を噛み、込みあがる涙を押し殺して、確実に怪我人たちの脳天を撃っていく。
『もう使い物にはならない』とされた怪我人―兵士たちを、安楽死と言う聞こえはいいが、殺していくという医者にはあるまじき殺人行為。
テス達2人は、上官に泣いて許しを乞うて、断りたかった。けれど、そうした者は、上官の足元で血を吐いて息たえていた。だから、自分たちもそうすれば、同じ姿になるのは目に見えていた。
薬と偽り、毒で患者を殺すのはまだましなものだったと、その日二人は知った。殺されていく兵士たちは、ありとあらゆる罵詈雑言をテス達に吐いて、撃たれて死んでいった。任務が終わり帰国しても、その怨嗟の叫びは耳から取れず、何日も何日もテス達の夢に出てきてはうなされた。
現地の人々を捕らえて、彼らで人体実験をすることもあった。それは、実験とは聞こえがいいだけの、慰みの行為だった。
生きながら解体され、泣き叫び息絶えていく彼らを見ながら、その非道をテス達に命じた上官はけたけたと笑っていた。テス達の手を血で赤く染めさせ、自分の手は零れたワインで赤く染めながら。
そんな毎日にテス達は、同じ任地に派遣された時は戦闘の無い時に、別々の任地に派遣された時は帰国する度、静かな場所で2人寄り添い合い、傷ついた心を慰め合った。
その慰め合いは、2人につかの間の安堵を生み出した。しかし、同時に恐怖も生み出した。もしかしたら、明日には、いいや次の瞬間には、相手がいなくなっているかもしれないという恐怖を。そして、次の瞬間には、この絶望の世界に一人ぼっちになっているかもしれないという恐怖を。
だが2人は、その慰め合いをやめることはできなかった。やめれば、絶望に完全に押しつぶされてしまい、心がどうにかなってしまいそうだったから。
ただ、そんな毎日の中でも、医者らしい医療行為ができる時もあった。そして、元気になった兵士たちは、皆口々にテスに感謝の言葉を述べた。
そして、戦闘の無い日には、かつて患者だった兵士たちが、テスの元を訪れるようになった。彼らはテスに家族の写真を見せては、家族自慢や愚痴を言った。母の料理のおいしさを自慢する者、妻への鬱憤をひたすら言う者も、その時は皆、とても幸せそうだった。
そんな時、テスは生きていてよかった、この仕事をしていてよかったと、心の底から思うのであった。辛いことは多かれど、自分の手で元気になった患者たちの笑顔を見るのが、こんな状況の中で唯一の生きがいと希望だった。そして、こんな自分でも誰かを救い守れるという、誇りでもあった。
だがやがて、その兵士たちは、帰ってくるようになった。戦況が悪化するにつれて、快復してから1か月後、2週間後、3日後、その日のうちに、見知った兵士達たちが帰ってくるようになった。
始めの頃は物言わぬ肉体となって、そのうちにばらばらの肉片となって、次は片手だけ片足だけ、やがて死んだという知らせだけがテスの元に帰ってくるようになった。
そんな状況に、テスは次第に感情を失っていった。いいや、自身を守るために殺していったと言った方が正しい。
手を尽して助けたところで、どうせ皆死んでしまうのだ。自分の手で一度は救った者達も皆、すくった指の間から水が落ちていくように、時おかずして消えていってしまったのだから。
だからテスは、誰も、何も守ろうとしないと決めた。守った者達が消えていく絶望から、自分の心を守るために。ただ機械的に、医官としての役目をこなしていった。
だが、そうなってもテスは、心のどこかでは救いを求め続けていた。
だから、任務から帰る度、リアンと二人、ふらふらとかつての教会へと向かった。神様の救いが得られるような気がして。
その教会は、かつて故郷の町だった更地の真ん中に、唯一取り壊されずぽつんと残っていた。二人は昔のように並んで、神様に祈りをささげた。だけど、状況は何も変わらなかった。
そして、昔のように良いことは起こらなかった。いいや、起こってはいたのだが、それらは二人の傷ついた心を慰めるには小さすぎるものだった。それに、逆に小さい幸せをよこしてくれる分だけ、次の辛さが身に堪えた。
だから次第に、2人の足は教会から遠のいていった。
―やっぱり神様なんていないんだ
2人は、言葉には出さずともそう思い合っていた。
しかし、そんな生活の中、わずかな希望が訪れた。ある日、テスを呼び出したリアンは、顔を照れに赤くしながら、言った。
―オレ、今度の任務を終えたら、結婚するんだ
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