16-②:テス・クリスタ

「……夢か…」

 目覚めたテスは、体を起こすとげんなりとした。


「…今思えば、俺がこんな姿かたちになったのは、絶対あの時の呪いのせいだ…」

 そんな訳がないのを知りつつも、テスは布団の上で頭を抱える。さらさらとした銀色の毛が指の間を零れ落ちる。


「…」

 しかし、何時までもそうしてはいられない。テスは鬱々とした気分でベッドから降りる。

 今日は仕事だ。何がどうなってこうなったか正確なことは未だに分からないが、またこうして生きている以上、食べなければならない。そして、食べるためには、仕事をしなければならない。だから、テスはとりあえず顔を洗わなければと、部屋の片隅の洗面台に向かう。



「……」

 冬の冷たい水を顔にかければ、夢どころか、現実も何もかも覚めてしまいそうな心地になる。

 だが、顔をタオルで拭きつつ鏡を見ると、やはりいつも通り、かつての親友にそっくりの顔が映っていた。自分のかつての顔の面影など、微塵たりともない赤の他人の顔だ。しかし、これが自分の来世なのだ。


「セシル・フィランツィル=リートン…か」

 自身の来世の名前をつぶやき、頬をむにいとつまんでみる。痛い。夢ではない。やはりこれは自分で、自分は今、生きているのだ。


「……」

 どういう原理でこうなってしまったのだろう。自分はあの時、消されてしまったはずなのだ。なのにふと気づけば、自分は存在していて、しかも肉体まで得ていた。

 今まで何度も考えたことだが、また考えてしまう。しかし、今までいくら考えたって分からなかったことなのだから、今日考えたところで埒が開くはずなどない。それに、あれ以来、守護霊としてのジュリアンやあの女神と、夢の中ですら会うことはさっぱりと無くなってしまったのだから。


 テスは、はあとため息をついて諦めると、鏡の脇に引っかけてあった灰色のカツラをぽさっとかぶったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る