第4話 秋葉原・郷愁 Part1
秋葉原にくるといつも郷愁を感じてしまう。特に夕暮れの駅前は胸の奥がキュッと締め付けられて、無意識に涙が出てしまいそうになる。
かの町は大きく変わってしまった。最近はみんながそう口にしている。私もそう思う。確かに変わってしまった。だが町は変わっていくものだ。変わらない町の方が稀だろう。
いまや秋葉原は文化の最先端だ。世界から見てもそうらしい。そんな町が、変わらないはずがないのだ。私も頭では分かっている。十分過ぎるほどに。
だがあの万世橋から夕暮れの中央通りを眺めていると、何故だかやるせない気持ちになってしまう。あの懐かしかった時代に想いを馳せては、ノスタルジィに胸を押し潰されそうになってしまう。
私にとって、秋葉原は郷愁の地なのだ。
私がはじめて秋葉原に行ったのは中学二年の時だった。当時仲良くしていたマーくん(仮)に連れて行かれたのが最初だった。
マーくんはとてもユーモアのセンスに溢れる男で、当時私の愛読書だった「セクシーコマンドー外伝 すごいよマサルさん」という漫画がきっかけで仲良くなった。
マーくんは色々と見知らぬ世界を教えてくれた人だったが、当時の私には全てを受け入れる器がなかった。あの時もしもヲタク趣味に全力疾走していたらと思うと今考えても恐ろしい。私の性格から考えるに、絶対に今でも童貞だっただろう。少なくとも女性との交際経験は望めなかったと思う。
とにかく私の中二の一年はマーくんと共にあった。そんなマーくんがある日の土曜日、出かけようと言ってきた。何故かどこへ行くかは詳しく教えてくれなかった。
自転車を飛ばし私とマーくんは真夏の町を駆け抜けた。見慣れぬ道、見慣れぬ建物。どこもかしこも私の知らない場所ばかりだった。
そうしてたどり着いたのが、見上げるほど大きな一棟のビル。そこには「書泉ブックタワー」と書かれていた。
「マーくんここなに?」
私が恐る恐る訊ねるとマーくんはなんでもないという風に答えた。
「本屋。なんでもあるよ」
そこで私はマーくんの誘うまま、様々な文化に触れた。マニアックな本や雑誌が多々並んでいた。私は何が何だか分からないままマーくんがちょっとエッチなコミックを購入するのを見ていた。
「ツカサくんもなんか買わないの?」
「うーん…なんかって…」
当時の私にはこの文化はさっぱりだったし、私はいいとこ少年ジャンプの漫画しか知らなかった。しかしなぜかここで何も買わないで帰るのがひどく勿体ないように思えた。
「おススメなんかある?」
私が聞くとマーくんは意気揚々と小説のコーナーへと私を連れて行った。そして一冊の文庫本を手に取り私に手渡した。
「コレ、今度アニメ化するんだ。読んでみれば?」
そのとき彼が手渡したソレが私が産まれて初めて購入することになるラノベ。中村うさぎ著の「ゴクドーくん漫遊記」だった。
購入する時の私は彼のオススメに対し半信半疑だった。私にはとにかくマーくんとの関係を良好に築きたい一心しかなかった。ここでおススメを断れば嫌われてしかもしれないと思っていた。もちろんそんなことはないのだがそう思い込んでいた。他にも友達はいたが、私はマーくんにどこか不思議なシンパシーを感じていた。もっと仲良くなりたいと思っていた。最悪つまらなくても、面白かったと言おう。そんな風に考えていた。
だがその一冊のラノベを手にしたことで、私の世界は大きく広がる。
ゴクドーくんは予想に反して私の心を強く掴んだ。小説は当時から好きだったが軽快で読み易い文章と時折差し込まれているなんとも言えないタッチの絵が私好みだったのだ。
やがてゴクドーくんのアニメが始まった。アニメはとうに卒業したつもりだったが気がつけば夢中になっていた。主題歌のCDを買い、家で一日中聞いていたりもした。
私は放課後や土日にマーくんの家と秋葉原周辺に足繁く通った。たまにマーくんのヲタっぽい友達らとルールのよく分からないマジックザギャザリングに勤しんだりもした。
私にとって書泉ブックタワーはイコール青い空であり、秋葉原は中二の夏そのものであった。青春の1ページがそこにあった。
私は幸せだった。
スポーツのできるイケメンや早熟な女の子たちと夏祭りやプールに出かけるより、秋葉原でエッチなコミックを買ったりマニアックなゲームの話で盛り上がっている連中といる方が居心地が良かった。
重複するが、この時この居心地のよい空気に甘んじなくて本当によかったと思っている。
友情は永遠ではない。私はマーくんと中二の終わりになってから疎遠になってしまう。特になにかったわけではない。ただ不思議とマーくんと話す機会が減ったのだ。自動的にヲタク趣味への熱も冷め、私はごくごくありふれた思春期の少年になっていく。
そこから十年以上秋葉原には行かなかった。
その後大人になってからまた秋葉原に入り浸りだすがそれはまた別の話。
暑い季節。額に汗をかきながらブックタワーの前を通ると、私は青臭かったあの頃を思い出す。あの道を通る度、少年の酸っぱい汗の臭いとゴクドーくんのEDだった千聖の「wake up 」が記憶の中でリフレインし続けている。
続ける
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