第7話
ジョージが迎えいれられたのは、文字通り真っ白なオフィスだった。壁もデスクも書類棚も自らが光っているようにさえ思える白さだ。
「ここまで来ると、趣味を疑うね」
ジョージはこれまた白く輝くオフィスチェアに深く腰掛け、テーブルの上のノートPCを開いた。
『やあ、ジョージ。はじめまして』
画面を開くと同時に起動したテキストファイルには、そう打ち込んであった。
「ダンのメモか?でも『はじめまして』はおかしいだろ……」
そうジョージがつぶやくと、再び画面にテキストが打ち込まれる。
『私はダンじゃないよ』
「ダンじゃない……?」
ジョージは慌てて立ち上がり一つしか無いドアへ後戻りしようとした。だが、タイミングが良いのか悪いのか、ダンが入室してくる。
「お、ジョージ。コーヒー持ってきたよ」
「ありがとう。今帰るところだよ」
「どこへ?」
「家へだ」
顔面蒼白のジョージを見て、ダンは肩をすくめる。
「ノートPCに触ったのかい?」
「ああ。僕のだろうと思ってね」
「そう、君のでもある」
「"僕のでも"あるPC!」
「ノートタイプのほうが、外出するときに便利だろうと思ってね」
ジョージは軽く怒りをにじませながら、ダンに尋ねた。
「便利?誰にとってだい?」
「そりゃあ……」
ダンは言葉を濁す。そんなダンを見て、ジョージは更に怒りを募らせた。
「そりゃ、システムに関与してない部下がほしいとは言ったが、システムのコアをよこせと言った覚えはないし、君は僕がどうして会社をやめたのか忘れたのか?」
答えに窮したダンの目が泳ぐのをジョージは見逃さなかった。
「忘れてたんだな!」
まあまあ落ち着いて、とダンはジョージの肩をそっと押し、座席に座らせる。
「おはようカイ。ジョージが怒ってるところを見ると、マイク機能はONになってるのかな?」
『おはよう、ダン。その通りだよ』
ダンが運んできたコーヒーを、ジョージは仕方ないといった表情で啜っている。
悔しいが、ダンの入れるコーヒーは美味い。わずかに口角が上がったのをダンに見られ、ジョージはぷいっと横を向いた。
「さて、メンバーがそろったようだし自己紹介でもしようか?」
「冗談。俺はおりるよ」
ジョージは吐き捨てるように言う。
『ダン、彼は何を怒っているんだい?』
モニターのテキストを読んだダンは、少し言葉に詰まった後、いたずらっぽく笑って話しだした。
「カイ、ジョージにはトラウマがあるんだ」
『どんなトラウマだい?』
「その昔、AIが採用判断する試験で他社に落ちたんだ」
『それで?』
「うちの会社に入ったんだけど、君のシステムを作る時にAIを採用するのに反対してね。会社をやめたんだよ」
「違う」
横を向いたまま、ジョージがぼそりと呟く。
「違わないけど、違う」
『ジョージ、どういうことだい?』
「僕が他社に落ちたのは間違いない。ただ、他社のAI採用に落ちたからってシステムのAI導入に反対したわけじゃない」
『というと?』
「君たちAIの判断能力が高いのは認める。ただ、それは既知のことに関してのみだ。君たちには新しいものを作る力はない、と俺は思ってる。だが、上層部が作れと指示したのは『モノを作るAI』だった。俺にはそんなもの作れないと思ったから出ていった、ってだけだ」
『逃げたってことかな?』
「なんとでも言え。俺は短い人生の中で無駄な時間を使いたくなかったんだよ」
『なるほど』
カイはそう表示したあと、しばらく間をおいてから、更に表示した。
『ダン、君の人選は悪くないね』
「だろ?」
ダンはモニター相手にウィンクしてみせる。どうやら、カメラで表情分析もしているようだ。
「どういうことだ?」
彼らの会話にジョージは口を挟んだ。
「君が降りたプロジェクト、結局たち消えたんだよ。一応試作段階まで入ったんだ が、実用化レベルまで至らなくてね」
「でも」
ジョージはカイを見た。正確にはノートPCだが。
「カイはその後の別プロジェクトで生まれたAIだよ」
『そう、私はモノを作るAIじゃない』
「じゃあ、君は何をするのが得意なんだい?」
ジョージは尋ねた。
『癒やすこと、だよ』
それがこの問題でなんの役に立つんだ、と言いかけたところで、ダンは思い直した。
「それじゃ、単刀直入に聞くが。癒やすことが得意なカイくん」
ダンの入れたコーヒーの湯気がくゆるとともに、ジョージの鼻孔をくすぐる。
「キミは何ができるんだい?」
ジョージの問いをうけ、モニターに返答が表示される。
『その答えは君のほうがよく知ってるんじゃないのかな?ぼくらAIは基本的に何ができるか、じゃなくてどう使うかだろう?』
「たしかに」
ジョージはカイの回答を受け、ふふ、と笑うと、しばらく沈黙した後に言った。
「よし、君と手を組もう」
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