第5話

 その後の約半年は、ケンにとって思い出深いものとなった。今まで主に一人でやっていたプログラミング学習も、ユキや他のクラスメイトが刺激となり、発想が増え効率も上がった。

 プログラミングの話をできる友ができたというのは、刺激になった一方で、ケンを穏やかな気持にさせた。大好きなプログラミングの話を誰かと心ゆくまで語り合えるというのはケンにとってはじめてのことだった。

 

 その日は教室で、画像編集ソフトの使い方を学んでいた。持参した元画像から各自で加工していたのだが、エミリーの提出画像を見たマイケルが言った。

「エミリー、ずいぶんセクシーな画像を選んだんだね」

 エミリーは微笑み返す。

「でしょ?私のとっておきなの」

 席の周りの少女たちは、驚いたようにエミリーのモニターを見たあと、合点がいった、とでも言うようにクスクス笑っている。一方少年たちは、憧れのエミリーのセクシー画像という情報にそわそわし始めた。

「セクシーな画像だってよ」

 後ろの席から、ダニエルが小声でケンに話しかける。

「だからなんだよ」

 つい、合わせてケンも小声になる。

「エミリーのセクシーな画像だぞ?」

「だから…」

 なんだよ、ともう一度言いかけて、ケンはダニエルの目をまっすぐ見て聞いた。

「見たいのか?」

 ケンの視線に耐えきれず、ダニエルは目をそらす。

「そういうわけじゃないけど……」 

 そんな少年たちの私語を注意しようとしたマイケルは、少し沈黙したのち、ニヤリと笑った。

「エミリー、この画像を見たい奴らがいるらしいよ?見せても大丈夫かい?」

「私は困らないけど……」

「それじゃ、この画像、少し借りるね」

 マイケルは、講師PCでしばらくなにかやったかと思うと、爽やかな笑顔を見せた。

「さあ、諸君、画像編集は一旦休憩。これからは迷路の時間だ。僕が作った迷路の先に、エミリーの提出した画像がある。ボールの形状は僕が指定するから、君たちはボールを動かすプログラミングを書いて、ゴールを目指せ。スタートから一番早くゴールに辿り着いた優勝者には画像をあげよう」

 マイケルの提案に、少年たちはすぐさまモニターを凝視しプログラミングを始めた。

 すると、不満げなのは少女たちだ。

「もちろん、エミリーの画像が要らない子もいるだろうね。その子には、僕からアイスクリームのプレゼントをさせてもらうよ。今週いっぱい使える引換クーポンを持ってるんだ」

 少女たちは、仕方ないわね、と席についてプログラミングを始めた。どの生徒も黙して喋らないが、その代わりに、キーボードを叩く音がまるで合奏のように教室の中で響いている。

 マイケルは教室を注意深く見渡して生徒がみな集中しているのを確認すると、彼らのプログラミングをモニターに同時に映し出せるよう準備を始めた。

 それから30分。

「さて、時間だ」

 マイケルはそれぞれの生徒のデータを回収した。ざっくり目を通し、とある生徒のプログラミングを見て微笑みうなずく。

「僕の方も、皆のプログラミングを一度に動かす準備ができたよ。僕のモニターでは全員のプログラミングが、君たちのモニターではその都度ゴールに近い最速のプログラミングと自分のプログラミングが動くように設定してある。それでは行くよ?」

 生徒たちが息をこらして目の前のモニターを見つめる中、マイケルはプログラミングの実行ボタンを押した。そして、即座に歓声が上がった。

「やった、僕のだ!」

 歓声を上げたのはヤンだった。

「なんだよこれ、早すぎるだろ……」

 少年たちは肩を落として落胆している。少女たちも、あまりの早さについていけない、という顔だ。

「ユキならともかく、ヤンが1位なんて、ありえないよ!」

 そう叫んだのはダニエルだった。

「何だよ、たまには僕が1位でも良いじゃないかよう」

 ヤンは口を尖らせる。

「でも、あっという間でびっくりしたね。ヤン、どんなプログラミングにしたの?」

 ユキの問に、ヤンは嬉しそうに答えた。

「分岐を見つけたら分身して二倍になって、速度も二倍速になるプログラミングだよ。簡単だろ?」

 なるほど、と生徒の大半は虚を付かれたような気持ちになった。確かに、迷路だからといって一つのボールで探す必要はない。指定されたのもボールの形状だけで、個数の制限はなかった。

「すごいよヤン」

「ありがと、ユキ」

 ユキは微笑み、ヤンは照れて頭をかいた。

「さて、商品だが」

 マイケルの言葉を遮り、ヤンが言う。

「アイスの引き換えクーポン!よろしくぅ!」

「了解。それじゃこの画像はお蔵入りだな。エミリー、画像のコピーは削除しておくよ」

「はーい。残念ね」

 エミリーは悪戯な笑顔をみせている。

 授業の後、ケンはどうしても気になったのでエミリーに聞いてみた。

「ねえ、エミリー。マイケルに提出した画像ってどんな画像だったの?」

「ケン、気になるの?」

 まさかあなたがと言わんばかりに、エミリーの表情に驚きと警戒の色がにじむ。

「うん。君が授業の提出画像にいかがわしいものを出すとは思えないし、マイケルもそれを受け取って授業に使うとは思えないんだよね」 

 ケンの回答を受け、エミリーは拍子抜けしたように笑った。

「なるほど、ケンらしい疑問点ね」

 そしてケンの耳元で優しく囁いた。

「私のビキニ画像よ。ただし2歳の頃の、ね」

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