第4話

 家に帰ってケンはPCを立ち上げると、すぐにもらったコードを読み始め、驚いた。

「すごいな、隙がない」

 ユキが作ったというコードは、非常にシンプルな骨組みと緻密なフォローで構成されていた。教室で一人テストに合格したというのも納得の作品だった。

「弱ったな~」

 ケンは頭を抱えた。正直ここまでのレベルだと思っていなかった。それと同時に、すごくワクワクした。ユキの書いたコードは、シンプルな上に的確で、負荷と効果のバランスを大切に考えて作っているのがよく伝わってくる。また、その考え方はケンも共感するところで、コードを読み進めるのが楽しくてしかたない。

 ケンは時間も忘れモニターを凝視した。

「ケン、ご飯よ」

 キッチンから聞こえるママの声で、ケンは、はっと我に返った。時計は19時を差している。帰宅から3時間も経っていた。

「今いくよ」

 ケンは慌てて食卓につき、大急ぎでママのチーズマカロニを頬張ると、再び部屋に閉じこもってモニターとにらめっこ始めた。

 そして、考えることさらに2時間。

「ケン、シャワー早く浴びてよね。あたし最後に入るの分かってるでしょ?」

 ノックもなしに、不機嫌そうな姉のアリスが扉を開けてこちらを睨んでいる。

「ごめんごめん」

 ケンは慌てて着替えを持つとシャワーを浴びに階段を降りた。

「ケン?」

 廊下を歩くママが声をかけてくる。

「スクール、どうだった?来週も行けそう?」

「うん。ダンさんによろしく言っといて」

 一週間後、ケンは作ったウィルスをUSBに入れた。この一週間の自由時間の全てを費やした。むしろ、昨日は眠る時間を削って仕上げをしていたので、想定していた時間以上にかかっている。

 ケンが朦朧としたまま教室に入ると、大半の生徒がこわばった表情でこっちを向いた。なんだか変な雰囲気だ。

「ウィルスは作ってきた?」

 ゼリー飲料を飲みながら、太めな少年が聞いてきた。

「ええっと……」

「作ってきてないの?」

 心配そうな表情を見せているが、笑いを押しこらえているのか口角が歪んでいる。

「いや、君。名前、なんだっけ?」

「ヤンだよ!」

 少年は相手にされていないと感じたのか、とたんに不機嫌な表情になる。

「みんな、あなたが作ってくるっていうウィルスに興味津々なのよ」

 そう声をかけてきたのは、濃い茶色のセミロングヘアーの少女だ。

「私はエミリー。よろしくね」

 ケンは差し出されたエミリーの手を握った。

「おはよ、ケン」

 次に教室に入ってきたのは、ユキだった。またもやクラスの注目が集まるなか、ユキは落ち着いた様子で席についた。

「やあ、ユキ」

 ケンはユキの隣に座り、リュックからUSBを取り出した。

「ウィルスできた?」

「なんとかね」

 ケンは苦笑いする。

「少しズルしたけど」

 ユキは、へえ、と答えて目を輝かせた。

「どんなズルかな?」

「気になる?」

「気になるね」

 二人の少年は顔を見合わせてクスクス笑った。

 そんな中、教壇側のドアがガラッと開いた。

「やあ、みんな。元気かい?ケンも来てるね」

 長身でがっしりした体つきの講師だ。彼はケンを見つめたまま、しばし沈黙した。

「ケン、僕は君に自己紹介したかな?」

 いや、とケンが答えると、講師はニカっと笑った。

「僕はマイケル。このクラスの講師をしている。好きなスポーツはバスケ。ジャズのピアノ弾きも副業でやってる。ここの近くのバーで」

 マイケルはケンにウィンクした。ケンは、戸惑いながらありがとう、と答える。

「じゃあ、ケン。次は君の番だ、と言いたいところだが、皆すでに君の名前は知ってることだし、例のブツを見せてもらっても良いかい?」

 ケンは頷くと作ったウィルスをメールに添付してユキの教室のアカウントに送った。メールは即座に迷惑メールフォルダに送られる。

「なんだ、すぐウィルス認定されてるじゃん」

 誰かが言った。ユキも少し落胆した様子だ。ケンは、そんな皆の様子を見てニヤリと笑った。

 すると、ユキのデスクトップ上に『Hello World』のポップアップが表示されたのだ。

「すごいね」

 ユキが嬉しそうに笑った。

「ありがと」

 褒められたケンも笑顔だ。

「ケン、よくやった」

 マイケルも笑っている。他のクラスメートは、ただただ驚いた、という様子だ。

「どういうウィルスを作ったんだい?」

 マイケルが尋ねる。

「送ったメールが削除されるか、フォルダが移動することで起動するウィルスにしたんだ。ユキのソフトはメールをチェックして動く仕様だったから、チェッカーが作動したあとに動くソフトにしてみた」

「でも、メールが削除されたらウィルスも消えるだろ?」

 ヤンが横から聞いてくる。

「実は、この見えてるウィルスっぽい添付ファイルは、隠しファイルの抑制をしてるんだ。この添付ファイルが消えると、隠してたウィルスが即座に起動するプログラムが入ってる」

 なるほどね、とマイケルは軽く口笛を鳴らした。

「良いね、こういうズル」

 ユキの目はますますキラキラしている。

 それじゃ、とマイケルはパンッと手を叩いた。

「今日のクラスはケンの作ったこのウィルスをガードするウィルスチェッカーを作っていこう」

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