第3話

『元気にしてる?また会いたいな。暇だったら僕を探して』

 開いた手紙には、印刷されたフォントでそう綴られていた。差出人の名前は、手紙の中にも書いていなかった。

『なにそれ?』

 ケンの音読を聞いて、サーシャはコメントする。

「わかんない」

 ケンは答える。

『そんな変な手紙出すお友達、いたのね』

 サーシャが皮肉交じりに冷やかす。

「友達じゃないよ、多分。いや、恐らく。ほぼ間違いなく」

『絶対、とは言い切れないのね』

 そうだね、とケンは肩をすくめた。

「彼は、少しいたずら好きなところがある奴だったからね」


 その日、ケンはママに連れられてとある教室の門を叩いていた。

「やあ、ケン」

 迎えてくれたのはダン・オコーナーという銀髪の中年男性。彼はとあるIT会社のCEOをしているそうだ。

「はじめまして」

 はじめまして、と小さく返事して、ケンは差し出された手を弱いながらも握り返した。

「ママにプログラミングが好きだって聞いてね。僕は次世代の優秀なプログラマー育成のために教室を開いてるんだ。この隣の部屋がそうなんだが、興味はあるかい?」

 ケンは頷く。

「そうか、じゃあ今日は是非見学を楽しんでいってくれ」

 ダンに連れられケンは隣の部屋のドアノブを握った。ママは後ろで彼に感謝の言葉を述べている。引きこもりがちな息子にこんないい環境をありがとう、と。

 ケンは少しドキドキしながらドアを開いた。

 その瞬間、ギャーッという大きな悲鳴が上がり、ケンはビクつく。

「ウィルスだ!」

 部屋の中にいた少年少女たちが、たちまち同じように叫びながら各々モニターを凝視している。事態は深刻そうだが、自分には関係ないことで騒いでいるようなので、ケンは少しホッとした

「どうした?」

 教室の不穏な空気を察したダンが、ケンの後ろから声をかけた。

「ぼくのPCがウィルスにかかってるんだ」

「ウィルス?この部屋のPCは必要時以外、外部と分離してあるだろう?」

「ヤンからメールが来てて、それを開いたんです」

「僕、今日はメールなんか送ってない!」

 そう叫ぶのは少し太めの少年だ。彼がヤンなのだろう。

「でも、前に送ってきたことあったじゃないか。だから、今日も来てたし、普段どおり開けただけなんだ」

 ひょろりとした神経質そうな少年が、叫んでいる。

「そうか」

 ダンはヤンに尋ねた。

「今まで、スクールのPCでクラスの子にメールを送ったことはあるのかい?」

 それは、と、言いづらそうに間が空いて、ヤンは、あります、と答えた。

「大丈夫だ、ヤン。メールを送ること自体悪いことじゃないんだから」

 ダンはそう言ってヤンに微笑んだ。

「他の子はどうだい?ウィルスにかかってる子は手を上げてくれるかい?」

 ダンの聞き取りに、クラスの殆どが手を上げた。 

 たった一人を除いて。アジア系だが、びっくりするほど肌の白い子だ。

「ユキはかかってないのかい?」

 ダンが尋ねる。ユキが振り向いた。黒目がちで、他の子に比べると幼い印象だ。

「迷惑メールに入ってる。ウィルスチェッカーが作動したみたい」

「なるほど」

 ダンはうなずき、部屋にいた講師を呼び寄せた。

「嘘だ、あいつだけなんてありえないよ」

 背の高い少年が叫んだ。

「あいつが犯人だ!」

「ダニエル、それは違うぞ」

「なんでだよ!あいつだけウィルスかかってないんだろ?おかしいよ!」

 ダンは、今にも食ってかかろうとする少年をじっと見つめて制止した。

「じゃあ、君に聞くが、もし君が犯人なら自分以外のメンバーがみんなウィルスにかかるような状況を作るかい?」

「それは……」

「それを、ユキがするなんてどう考えてもおかしいだろ?」

「それはそうだけど……」

 少年の勢いが完全に削がれたところで、ダンは講師に指示を出した。

「マイケル、それじゃみんなのPCを修正してもらっていいかい?」

「OK、ボス」

 ざわ、とクラスの中がどよめく。

「クラスのみんな、悪かったね、犯人は僕だ。大丈夫、ウィルスは仮想OSをたちあげて、その上で動くようにしてある。仮想OSを正しい手順で消せばすぐ戻るさ」

 マイケルと呼ばれた講師が笑顔を見せ、教室の生徒達は少し落ち着きを取り戻した。

「でも、なんで……」

 ダニエルが尋ねる。

「ダニエル。前回の授業を忘れたのかい?」

「前回の授業?」

「メールウィルスチェックソフト」

 ユキがぼそっと答える。

「そうだ。クラスのみんなの中で、ユキの作ったソフトだけが正常に働いたようだね」 

 マイケルとダンは笑顔で頷きあっている。

「でも、僕のだって先週はA+の評価でしたよ?」

 不満そうにダニエルに、「でもね」とダンが声をかけた。

「テストと現実がいつでもイコールなら、リコール商品なんて存在しないだろ?」

 ダンは、さて、とケンに向き直った。

「ケン、君が入るのはこういうクラスだ。大丈夫かい?」

 ケンは、多分、と答え、ユキの隣りに座った。

「僕、ケンっていうんだ。君がユキ?君の書いたコード見せてもらってもいい?」

 そう言いながらケンは、自分の積極性に内心驚いていたのだが、それ以上にユキは驚いた顔をして、そして笑顔で答えた。

「いいよ。この前、州のハッキングのコンテストで優勝してた子だね。今度の教室のときには、これをすり抜けるウィルス作って来てよ」

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