第2話
社長室の椅子に座り、ダンは眉間にシワを寄せながら、呻くような声で話した。
「ミスターブラウン、今日来てもらったのには訳があるんだ」
ダンが短い銀髪をくしゃくしゃと掻いている。彼のこの癖が出るのは、どこか後ろめたく、そして面倒なことが起こったときだ。
「どうしたダン?急にファミリーネーム呼びなんて。いつもどおりジョージって呼びなよ」
ジョージはにっこり笑って、ダンに手渡されたカップでコーヒーを飲む。いい香りだ。どうやらVIP待遇を受けているらしい。
「ああ、それが……」
「今日はどうした?二ヶ月前みたいに、部下が大人のサイトを見たいって踏んだリンクのせいで架空請求でも来てるのかい?」
「ちがう」
「そうか。じゃあ、君が踏んだ?」
「違う」
「部下が管理者パスワードを忘れでもしたかい?」
「それも違う」
「もっと深刻な話かい?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
ふうん、と相槌を打って、ジョージは表情を変えずにダンを見つめた。
「じゃあ、どうしたんだい?」
ダンは、気まずそうにジョージから目をそらし、つぶやく。
「新型のウィルスのようなんだ」
「ウィルス!ウィルスね。感染したPCはネットワークから離して修復か初期化、他のはセキュリティーソフトを入れておけばいい。どんな会社だってそれくらいはできるだろ?」
「それが……」
「どうした、歯切れが悪いな。PCからウィルスもらって風邪でも引いてるのかい?」
「当たらずも遠からずだ」
「そらびっくり。軽いジョークだったのに」
ジョージは軽く笑ってみた。だが、その笑い声は空中に虚しく消えるだけで、ダンの表情は曇ったままだ。
「会社のPCも部下もおかしいんだ。でも、何がおかしいのか分からない」
そんな曖昧すぎる情報をもらってもどうしようもないよ、とジョージは言いかけたが、見たことないほどのダンの憔悴ぶりに、それを言うのは止めた。
「ダン、いくら僕が優秀だからって、人間はお門違いだ」
「そりゃ、わかってる。ただ、部下たちを人間の医者に診せても何の問題も出てこないんだ」
「そりゃ、何も問題がないか、ヤブ医者に当たったかどっちかだろ」
「大病院で診てもらってるのにか?」
「それは、運が悪かったんじゃないか?良い病院の医者がみんな良い医者だというわけじゃない」
「かかってる病院はみんな違う」
「そうなのか」
ジョージは少し考えた。
「じゃあ、病院を変えたらどうだい?」
ダンは首を振った。
「もう二軒目なんだ」
「じゃあ、三軒目に……」
「どこへ行ってもだめだ」
「なぜ?」
「恐らくだが、やられているのは我が社のライフサポートシステムだ。システムを導入している社員が次々に倒れていっている」
「なるほど」
ジョージは合点がいった。ライフサポートシステムとは、この会社が開発した新しい医療システムだ。予めナノレベルのコンピューターを人体に埋め込み、そこから健康状態を会社のサーバーに知らせ、会社から本人に通院のアドバイスを行う画期的なシステムで、開発が順調であれば、社員の試験仕様の後、市場に提供される予定だったはずだ。
「会社の注力した商品であるシステムに欠陥がある可能性があって、情報はできるだけ外部に漏らしたくはないが手持ちの戦力が心もとないから俺が呼ばれたわけね?」
「そうだ」
ダンは両手を組み、頭を垂れている。
「ライフサポートシステム開発者の一人で、かつシステムを導入していない俺は適役ってことか」
「頼めるか?」
「まずは状況を見させてくれ。返事はその後だ」
「分かっているとは思うが……」
「大丈夫、情報は漏らさない」
ダンはほっとしたのか、やっと笑顔を見せた。元上司の笑顔に、ジョージはほっとした直後、思わず固まった。記憶にあるダンの笑顔とかけ離れていたのだ。げっそりと頬がこけていて、目の下には濃い隈ができている。
「さっそくだが、来週からでも良いかい?」
ダンの言葉にジョージはうなずいた。
「優秀な部下をつけるよ」
「ありがとう。少し質問があるんだが」
「ああ、もちろん、部下はシステムを導入してない人材を選ぶから大丈夫」
「なら問題ないな。それと、もう一つ良いかな?」
「どうした?」
「部屋を用意してほしい」
「分かった。準備しよう」
「良いコーヒーも置いといてくれよ。そう、今日みたいな」
ジョージの頼みにダンは、変わってないな、と嬉しそうに笑った。
「とびきりのやつを置いとくよ。最終日にはシャンパン付きでね」
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