小西 9話
「えー、おさらいです。壷鬼が壷を変える時期、何故弱るのか、コニシ君答えて下さい」
「鬼の魔力源である角が、生え変わるからです」
忘れる訳はない。奴等の弱点は「角」だ。
返答すると、ロキさんは納得した様に頷いた。
「正解です。壷鬼は角の生え変わる時期に、泥で出来た壷も作り直します。では、壷鬼と対峙した時に、絶対してはいけない事は何でしょうか、コニシ君答えて下さい」
「恐怖を抱いた状態で、奴と目を合わせる事です」
「そうですね、それをすると名を奪われて魔力が増します」
討伐当日、俺達討伐隊は森の中を一直線に、隊列を組んで壷鬼が巣穴としている洞窟に向かっていた。
ふと横を見ると、数える程しか会話をした事がない男性が、神妙な面持ちで前を見据えていた。
皆この時を待っていた。
大切な人の記憶を取り戻す為、自分の大切な記憶を奪い返す為。それぞれ胸に秘めていた殺意や憎悪を、今日は隠すことなく滾らせている。
誰一人として、「死」を望んでいない。
生きて必ず帰ると、顔が物語っていた。
足場の悪い森を数時間歩行すると、洞窟まで後少しだとアルマさんが言ったので、一息付く事になりロキさんのおさらいを受けていた。
一息付くと言っても皆油断していた訳では無い。森の中で20人弱の人間が一ヶ所に集まると、どうしても中心部にいる人間は外側にいる人間が見えない。
残暑が厳しい季節の森の独特な湿気を帯びた匂いが充満する中で、男の怒声が響いた。
「出たぞ! 壷鬼だ!」
誰かか叫んだが、どこで何が起きているのかすぐには理解できなかった。
恐らく魔力を纏う力を戦闘用に強めたのは、俺が一番遅かったに違いない。
壷鬼に対して決定打となる筈の俺と、治療の役目を担う涼子とロキさん、そして様々な役割を担う隊長であるアルマさんは、隊の中心部に位置していた。
心臓が力強く脈打つ中、声がした方を見ていると、人と木の間から焦げ茶色の体が見えた。
目算で体躯は2メートルに届いている様に見える。人間同様に2本の足で歩き、ゆったりとした足取りで隊に向かってきているのが分かる。顔付きは俺が知る鬼そのものだった。
木の間を縫ってゆっくりと姿を表した鬼の片腕には、壷が抱えられていた。筋肉隆々のもう片方の腕を視界に捉えた時、思わず息が止まる。
人間の頭だけが、鬼の岩の様な指に掴まれていた。
指の隙間から見える顔を、俺は知っていた。
よく笑い、酒が大好きだといつも言っている人だ。何度も俺やアルマさんに、自分で蒸留した酒を勧めてくれた。
「怯むな! 魔力を飛ばせる奴は牽制しろ!」
アルマさんの声が辺りに響いたと同時に準備していたのか、魔力を帯びた矢と魔力の弾丸が鬼に着弾した。
涼子を守らなければいけない。
なら俺は、自分のできる事をするだけだ──
「いいかコニシ、技には必ず名を付けろ。無名の技は技とは言わん。魔力は心の力だ。鍛練の末に得た自分のこれだ、と思った技には名を付けて、切り札にしろ。それは必ずお前の刃になる」
アルマさんの言葉が甦る。
魔力を強く、限界まで力強く、体に纏う。
「駄目だ、傷一つ付かねぇ!」
「馬鹿! 目を見るな!」
怒声が飛び交う中、次々と命が散ってゆく気配がするが、薄情な事に横に涼子がいる間は、俺の心は乱れる気がしない。
守りたい者は、横にいる。
「よし、コニシ君! 魔力を移しますよ!」
ロキさんが、俺の纏っている魔力を器用に全て右腕に移動させた。
魔力の操作が苦手な俺に、自身が纏う多量の魔力を操作する事はできない。ロキさんの発現能力は必須だった。
ロキさんの魔力を吸収する能力は、吸収して瞬時に自身へ取り込まなければ、放出してしまう欠点があった。このロキさんの能力の吸収と放出の間を利用して、技は完成に向かう。
「終わりました、成功しなきゃ、全員死んじゃいそうですね。お願いしますよ、神の遣い様」
俺の放流する多量の魔力を操作するのには、大量の魔力を消費する様で、ロキさんは肩で息をしながら膝を付いた。
ロキさんに心で感謝しながら、仕上げに入る。これだけは、俺しかできない「技」の行程だ。
この魔力をより強い魔力で全て圧縮する──
空気と魔力が擦れ合い、振動する妙な音と共に高密度の魔力が右腕に収束する。
「アルマさん! いつでもいけます」
「よし、全員散れ!」
アルマさんの声が辺りを揺らした。皆、至る所が血で濡れていて、中には片方の足の膝から下の部分を無くし、歩ける者に肩を借りている者までいた。
俺と鬼を直線で繋ぐ道が開けた瞬間、地を這う銀の線が走るのが見えた。
「長くは持たん! 早くやれ!」
アルマさんの手から銀の線が伸び、鬼の手首と足を地面から伸びる鉄で拘束していた。
地面を蹴り走る──
犠牲を無駄にはしないなんて、綺麗事は言わない。
俺はお前を殺す為に、今ここにいる。
「避けろ、コニシ!」
鬼が口を開いたかと思うと、口が白く光った。
そんな使い方もできるのか。俺には一生掛かっても、出来そうにない。
焼け付く痛みを腹に感じたが、完全に痛みを理解するまでまだ数秒ある。
鬼の目を見ると、黄色く濁った目で俺を見ていた。
俺の、目を見たな──
今度は、俺が奪ってやる。
名ではなく、お前の「命」を──
「
プッと何かが破裂した音と共に、目の前が光で満たされた。
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