小西 7話



 いつの間に着替えさせてくれたのか、脱獄時に着用していた緑の作業服では無く、さらさらとした質感の白色の衣類を手早く脱いでいく。


「脱いだな。魔力は感じれるか?」


 服を脱いでも、体を包む柔らかな感覚は無くならなかった。いや、服を着用している時よりも強く感じる。この感覚の為に服が邪魔だったのか。


「何かに、包まれてる感じがします」


「目に集中して、力を入れろ。目の回りに魔力が集まるイメージだ」


 言われて目に集中してみるが、顔が強張るだけで、体を包む物を操るのは無理だった。粘土の様な質感の魔力を、首あたりから伸ばそうと意識すると、千切れそうな感覚がしたがそれでも、無理矢理に目に力を入れた。



「よし、とりあえずはそれでいい。次は目を凝らして俺を見て、魔力を存在する物として視認しろ」


 顔と目に力を入れ過ぎて、頭が熱く感じた。視界も霞み、度が合っていない眼鏡を通した様な視界の中で、アルマさんの体を透明な「何か」が、覆っているのを視認できた。

 良く見ると周りの空間とは違い、魔力だけが微妙に揺らいでいる。まるで蜃気楼しんきろうの様だ。


「少し強くするぞ」


 言葉と同時にアルマさんを纏う蜃気楼が、力強く、先程よりもよりも密度が増している様に見えた。


「見えました、まだ周りは霞んでますけど」


 見えたのは良いが、頭の熱さは痛みに変わり、力が体のどこかから抜けていく、独特の脱力感を感じていた。


 「よし、楽にしろ」


 その声と共に力を抜くと、膝に鈍い痛みを感じた。自分が膝を付いて肩で息をしているのに、ようやく気付く。


「おー、こりゃ前途多難かもしれませんねえ」


「コニシ、お前は相当に不器用だ。遠距離でのスタイルは諦めた方がいい」


 器用な方ではないと、自覚はしていたが改めて言われると、何とも言えない心境になる。

 これで本当に力になれるのだろうか?


「魔力量は多い方ですね。ここから伸びるなら、いくらでも幅は広がりますよ。落胆しないで下さい」


 ロキさんがこちらを気遣うのが窺えたが、それに返す余裕が無かった。汗は吹き出し、呼吸を限界まで止めていた様に、心臓が暴れている。


「今日お前を見て感じたが、一度に放出できる魔力の限界値が高い。威力に偏った使い方をすれば、化けるかもしれんな」


「まあ【発現はつげん】もまだですけど、近距離で特化した方が現実的ですね」


 また聞き慣れない単語が出てきたが、反応した方がいいのだろうかと迷っていると、ロキさんと目が合った。


「発現ってのは、その人だけの固有能力です。僕で言うと、人の魔力を吸収する事ができます。色々と制限があるし、目立たない発現ですけど、今回のコニシ君の様に、魔力熱へ効果的だったりと案外気に入ってるんですよ」


 地味ですが、と最後に言ったロキさんはアルマさんをチラリと見た。


「俺の発現は」


 アルマさんはそう言い、掌を突き出すと銀色に鈍く光る、鉄の様な物が握られていた。


「質量を無視して、鉄を操れる」


 アルマさんの手が、淡く灰色に光りを放つと、一瞬の内に小柄なアルマさんを包む、鉄の玉となった。

 その光景に目を見張っていると、鉄の玉が水銀を思わせる動きで、盾になり、西洋剣になり、次々と様々な形になってみせた。


「元の質量を無視した変化は、俺の魔力無しではすぐに元に戻るが、質量内の変化なら維持できる」


 そう言い終えたアルマさんの手には、雀の様な小鳥の鉄模型が乗っていた。愛らしいフォルムと、アルマさんの気難しそうな顔が、絶望的に馴染んでいなかったが、さも当然の様に近くの小机に小鳥を置いた。


「僕等二人の発現は結構珍しい方ですよ。戦闘向きで無いものを、発現する人も多いですしね。他には昔から伝わる療法魔法等がありますが、それは専門的な物なんで、今は良いでしょう」


 この摩訶不思議な力を、俺が使えるのだろうか?もはや目の前の光景を疑う事が、ひどく馬鹿らしく思えた。


「発現は鍛練や魔力の扱いに慣れると、自然に使い方が理解できる人と、幼き頃から当然の様に、使えている人がいます。例外として」


 ロキさんはチラリと俺を見た。


「何かのきっかけで、使える様になる人がいます。言い方を変えると、きっかけが無ければ発現できない人ですね。発現しない人もいますが、そういった人は療法や肉体的な強化が、得意だったりします」


「俺が発現するとしたら、どれだけの鍛練や期間が必要でしょうか?」


「個人差があり過ぎて、何とも言えませんね」


 話を聞いていると、発現が個人の価値を決める様に思えた。


「発現に拘り過ぎたり、頼りすぎては早死にすると昔から言われてるくらいですから、自身の発現よりも魔力の扱いを、鍛練した方が良いと思いますよ」


 そうロキさんは言ったが、俺は生まれた時からこの世界で生活している訳ではない。魔力に今関わった人間と、赤子の時から関わっているのでは、スタートが違い過ぎる。


 死ぬ訳にはいかない。ならば、死なない為の努力が俺には必要だ。


「壷鬼の討伐まで半年」


 アルマさんがそう呟き、闘志を燃やした瞳で俺を見ている。


「次は、成功させなければならん。命を散らした同志鬼に怯える生活を、そこで断つ」



 アルマさんの言葉は、重かった。「死」を身近に置く人間の心の声に、今まで触れた事が無い俺に受け止める事ができるだろうか──



「コニシ」


 俺の心が揺れるのを感じたのか、アルマさんは目を閉じて一つ息を吐いた。



「服はもう着ていい」



「すいません」



 それからは、ロキさんがまた明日顔を見せると言い残して去った後、アルマさんも体調が悪くなれば誰かを呼べと言い、退室していった。



 涼子の事はどうするべきか──


 話を聞く限りでは、俺にも少しは助けになれる可能性がある。しかし、記憶はどうなっている?

 仮に涼子の記憶の中に、俺に関する事が残っている状態ならば、先日のあの反応は明らかに俺を避けている。


 しかし記憶が奪われた状態ならば、単に理解のできない言葉を喋る男だと、思われている可能性がある。


 どちらにせよ、俺の素性や涼子との関係については、慎重にならなければならないだろう。


 それに、どうであろうと目的は揺るがない。


 どんな手を使っても、壷鬼を殺す──



 人を殺めた事も無く、この世界の戦闘手段であろう魔力も満足に扱えない俺が、鬼に殺意を抱いているのをこの世界の人間が聞いたら、鼻で笑うだろうか──


 トントン──


 控え目なノックの音が、保つ術をまだ持たない殺意を散らせる。



 初めてこの世界での言葉で応じると、扉がゆっくりと開いた。


「昼食です。体調が大分回復されたと聞きましたから、粥を固めにしました」


 扉を開けて訪れたのは、涼子だった。


 透明感のある声も、相手を気遣う些細な仕草も、コンプレックスの琥珀色の瞳も、何もかもが涼子だ。


「あ、顔色が良くなっていますね。アルマさんがすごく心配していましたよ」


 喉まで上がってきた、情けない数々の謝罪の言葉を辛うじて飲み込む。


 涼子は、俺に関する記憶も奪われている──


 ならば、今はそのままでいいじゃないか。本当の俺との関係を明かしても、頭のおかしい人間だと思われるだけだ。

 嫌われるのは、記憶を取り戻してからでいい。


「お陰様で、大分良くなりました」


 駄目だ、会話が続かない。会いたいと願っていたのに、会って動揺してどうする。


「あ、言葉」


 涼子は目を少し見開き、こちらを見ていた。


「言葉、話せるんですね。この前はすいません。知らない言葉だったから、びっくりしちゃって」


「いえ、こちらこそすいません。まだ違和感は少しありますけど、何とか会話できる様になりました」


「いい人、ですよね。アルマさんも、ロキさんも。私も、アルマさんに助けられたんです。今もお世話になりっぱなしなんですけど」


 あ、鳥さん、と小机に置かれたアルマさんの作った、鉄の小鳥を見て微笑む涼子を見ていると、胸が裂けそうになる。


「あの、良かったら聞かせてもらえませんか。名を奪われた事」


「あ、そっか。討伐に参加されるんですね。壷鬼については、気付いたら必死に逃げてて、分からないんです。すいません」


「では、鬼についてじゃなく、記憶について聞いても良いですか?」


 涼子は悲しそうに、鉄の小鳥を撫でる。

 嫌な事を思い出させてしまったか。


「私は結構珍しいみたいで。名前を全部取られちゃったから、自分の事ほとんど分からないんです。分かるのは、アルマさんに対して感謝の気持ちを持っている事ぐらい。でも、何となくお世話になってたのかなって思うんです」


 ほら、アルマさんいい人だから、と言う涼子を見て胸が騒ぎ立てる。

 涼子が何をしたんだろうか。

 名前と記憶の全てを奪われる程の何かを、涼子が──


「あ、後このネックレスを見るとすごく安心するんです。何か守られてるって言うか、これがあると大丈夫、頑張ろうって思えるんです」




 まだ、持っていたのか──



 俺が露店で適当に買った指輪を誕生日に渡すと、嬉しそうにサイズが合う指を探す、幼い涼子の姿が脳裏にちらつく。


(ネックレスにしようかな)


 大人ぶった涼子が、自慢気にリングの間にチェーンを通しているのが鮮明に脳裏に映る。


(ごめんね)


 ズタズタに引き裂かれた服で、家に帰って来た涼子の姿が胸を焼けつかせた。



 憎い──


 何故、いつも涼子ばかりが──


 何故、涼子の名を奪う──


 何故、涼子から何かを奪う──



「あ、あの! 大丈夫ですか?」



 気付くと涼子の顔が近くにあり、冷水を浴びせられた様に頭が冷えた。

 どんな顔をしていた? 怖がらせてはいないだろうか?   


「よかった、すごい魔力でしたよ。びっくりしちゃった。また、体調が優れませんか?」


「すいません、まだ少し目眩がします。辛い事を聞いてしまって、申し訳無い。少し休んでから、昼食頂きます」


「あ! そうだ、冷めちゃいますよね。すいません、お喋りで」 


「いえ、何かすっきりしました。ありがとうございます」


「ほんと、大丈夫ですか? 何か私に出来る事とか」


「大丈夫です。あ、それじゃあ良かったら、また喋り相手になって下さい」


 そう、大丈夫──


「私で良ければ、喜んで! 早く良くなって下さいね。じゃあ、ほんとに冷めちゃうんで失礼します」


 何も心配ない──



「ありがとうございます、頂きます」




 俺が全部、奪い返してやる──



 




 下半身に熱を感じて、おかしいと座っていた寝具を見ると黒く焼け焦げていた。



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