小西 6話

「恩返し、ですか」


 ロキと呼ばれる男性が目を見開くと、地球では見かけない薄灰の瞳が良く見えた。


「恩返しされる程の事を僕はしてませんが、とりあえずは、知らなければならない事が多いと思いますよ。その垂れ流しの魔力についても、ね」


 魔力?この体を包む物は魔力なのだろうか。


「まあ魔力については、アルマさんに聞く方がいいでしょう。あぁ、名前をまだ聞いてませんでした。先程も言いましたが、僕はロキです。分け名はソニと言います」


「俺はアルマだ。分け名はギブという。お前の名を教えてくれ」


「小西です。分け名と言うのが分かりませんが、下の名前は──です」


 言い終えてから不自然さに気付く。


 名前が──言えない?

 言えない所か、考える事もできない。


「そうか、そうだった。ナカニシ様と同じ様に、名を一部預けられたんですね。その現象は神託が下れば、解消される筈です。ナカニシ様は、ナカニシイナリの名を神から頂いたそうですよ」


 名を預けた覚え等無いが、漠然と嫌な予感がする。名を得体の知れない力で奪われるなんて、まるで神の言いなりになれとでも、言われてもいるかの様だ。

 もはや中西さんの名前が出てきても、遠い話過ぎて別人物の話を聞いている様に感じる。


「コニシ、お前の言葉は本当か」


 間を割って入ったアルマさんが、俺に真剣な眼差しを向け問い掛けるが、一瞬何の事か分からなかった。


「恩返しの事でしょうか?」


「そうだ。何でもするか?」


 射抜く様な視線に躊躇いそうになるが、覚悟は決まっている。命を拾われ、涼子とも関係があるであろうこの人の言葉を、俺は否定する訳にはいかない。


「もちろんです。俺にできる事ならば、何でも」


 どんな言葉が来るのだろうか。犯罪者の俺に、出来ることがあるのか。


「ちょっと! まずいですよ、アルマさん。頼み事するにも、相手が悪すぎます」


「神の遣いだか何だか知らんが、こいつは俺が助けなければ万に一つ無く、あの場で魔力熱にやられて死んでた。ならば頼み事の一つや二つ、あの場に放り出した適当な神も、何も言いやしない」


「それは都合の良い憶測でしょう。ここで治療した事も、何故町にすぐに連れてこないのか、グチグチ言われるかもしれないのに、これ以上事を荒立てるのは辞めときましょうよ」


「おかしいと思わんのか? 俺が素材を取りに行った場所に、たまたま魔力熱で死にかけのこいつがいて、偶然この村に、最近仕官されたお前がいた。魔力熱に有効な能力を持ったお前が、だ」


「まあそう言われば、ちょっとはおかしいですけど」


 確かにアルマさんの言う事だけを聞けば、都合が良すぎる。誰かに仕組まれた様に、不自然だ。


「ならば俺が今から言う事も、こいつの運命に沿った物だと考えるのが自然だ。それに、神の遣いなら難しい事じゃない」


 言い返せないのか、ロキさんは困った様に一つ息を吐き出した。そして俺達は、アルマさんの言葉を待つ形になる。


「壷鬼(つぼおに)を、俺達と共に殺してくれないか」


 聞き慣れない単語と、誰かを殺す事への反応に困ったが、ロキさんはそうでは無い様だった。


「やっぱ、そうですよねえ」


「お前のその力強い魔力は、必ず使える。壷鬼の壷変えの時期が半年後だ。その時期は壷鬼が一番弱る時期でもある。その時期に合わせて、俺は同志と壷鬼を殺る」


 魔力に対して不明瞭なイメージしか持たない俺に、助力を請うのは正気の沙汰かと言いたくなったが、アルマさんの目には強い怒りの色が見えた。


 本気の殺意──


「教えて下さい、魔力の事。その壷鬼とやらにも、できるだけ詳しく」


 俺にできる事を、俺は今は知らない。そんな俺が助力を頼まれて、その気になるのは笑える話だろう。

 けれど、俺を包むこの魔力に少しでも価値があるのならば、この事から目を背けてはいけない気がした。


「魔力の事はちょっと置いといて、壷鬼は乱暴で好戦的です。滅多に生息しないんで、情報は少ないんですが、数年前からこの村を少し離れた洞窟に、住みついちゃってね。こいつの特徴は、持った壷で人の名を取って食らうんですよ」


 アルマさんが無言でロキさんを見ると、ロキさんは呆れながらも説明してくれた。

 ロキさんの言葉を推測し、壷鬼と言う「人間」では無い事に、少し安堵する。


「まあ、今のコニシさんとほぼ同じ状態ですね。名前を取られると、取り返すまでその名は使えない。でも所詮は神の真似事なんで、偽名を新たに名乗る事はできます」


 神に名を預けた場合は、できないらしいですけどね、とロキさんは続ける。


「こいつの問題は、名と共に記憶まで食うんです。嬉しかった事も、悲しかった事も。名を食われた人は、自分の記憶が一部無くなり、その名前を知っている人間も、記憶が一部無くなります」


「俺の家には、二人女がいる。娘と、もう一人は一年程前に壷鬼に名を奪われた。俺の記憶に無い人間だが、そいつが俺にとって大切な人間だとは分かる」


 アルマさんが言っている、名を奪われた人間とは涼子だろうか?涼子も神の遣いとして、この世界へ来たのか?訳が分からない。

 けれども、俺の目には恐らくアルマさんと同じ怒りの色が灯っているだろう。


「村には、被害者が何人もいる。名を取り戻そうとして殺された人間もいれば、名を奪われて自ら命を断ったやつもいる。村の人間達で何度も討伐しようとし、やがて奴の強さに諦める者も出た。命の犠牲を払って得た対価が、壷を定期的に変える壷鬼の習性だ。村の人間もこの機を逃すと、もう立ち向かえない可能性がある。一人でも多く、力は欲しい」


 そんな凶悪な存在がこの世界には存在し、こんなに身近に「死」が漂っている事に驚いた。

 今更ながらに、ここは死後の世界ではなく、生きる者の世界だと知った。


「村の金では、こいつぐらいしか雇えん。魔力の扱い方は俺が教えてやる。他の知識は、こいつに聞けばいい」


「いやー、耳が痛いです。でも前任が討伐で殉職した様な場所、僕ぐらいしか受けませんよ。そもそも僕の仕事は、警備と応急的な治癒だけなんだけどなあ」


 そう言うロキさんの顔は、言葉とは違い嫌そうには見えなかった。


「覚えは良くないですが、宜しくお願いします」



 犯罪者である事を隠したまま、神の遣いとして俺はこの村での助力を選んだ。

 涼子の名を奪った壷鬼とやらを、俺は殺さなければならない。

 そうすれば、名を奪われた涼子の名を、何故俺が知っているのかも、分かるかもしれない。



「じゃあ、まずは服を全部脱げ」





 

 




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