27.戦う理由
『おいおい、いくらなんでも無理だろ、あれは……』
漏れ聞こえたその声が、ケン・トのものだと理解するのに、ソラには数秒必要だった。
それくらい、愕然としていた。
あらかたの群れを倒し終えた時に現れた新たなヒガンテ。それはこれまでに倒してきたものとは大きさからして別物だったのだ。
「……大きいからって、強いってわけじゃないよね?」
我ながら、声が震えているなぁと思いつつ言うソラ。
『それはその通りですが……現在観測されているエネルギーも桁違いです』
焦りの混じったトモ・エの声。
「そ、そう……」
あまりにも巨大な敵を前にし、ソラの奥底から今まで忘れていた本能的な恐怖心が湧き上がってきた。
『このぉぉぉぉ!!』
舞子が挨拶とばかりにミサイルを撃ちまくる。
的が大きいだけあって、全弾命中。
命中……はしたのだが。
『ダメです。観測している限り、ほとんどダメージになっていません』
実際、ヒガンテの岩のような表層がほんの少し削れただけで、近づいてくるスピードも変わっていない。
いや、むしろ――
『やべーぞ、スピードを上げてきやがった』
ケン・トの言うとおりだ。
ソラは決意を固める。
「こうなったら……」
アイツのそばで自爆するしかない。
そう考えたのだが、トモ・エからの通信がソラを押しとどめる。
『ソラさん、ダメです。計算上、ソラさんのエスパーダに搭載されているレランパゴを暴走させても、アイツを倒すには至りません』
「そんなっ!?」
それじゃあ、たとえ自爆しても無駄死にになってしまう。
(どうする? どうしたらいい? 通常のミサイルは効かない。自爆しても無駄。核ミサイルはもうない。だとしたら、残された武器は……)
ソラはジッと考える。
一体どうしたらいいのか。
どうしたら舞子やトモ・エやケン・ト、それに地球を奴から護れるのか。
(……それしかない、か)
ソラは舞子とケン・トに言う。
「舞子、ケン・ト、いますぐここから逃げて」
『は? 何言っているのよ?』
舞子の怒鳴り声。
「アイツにはミサイルは効かない。舞子の機体じゃ太刀打ちできない。地球人じゃないケン・トをこれ以上巻き込めない」
『そうかもしれないけどっ、あんたはどうするのよ!?』
「僕はアイツを倒すよ」
『無理でしょうが!!』
舞子の声はまるで怒っているかのようだった。
実際、怒っているのかもしれない。
「ケン・ト、悪いけど最後にもうひとつ頼まれてくれないかな?」
『なんだよ?』
「舞子を無理矢理引っ張ってでも離脱させて」
たぶん、舞子は自分の意思では引かないから。
『……だがよう、お前も逃げた方がいいんじゃないか?』
「そうだね。そうかもしれない」
実際、今から逃げられるかどうかも怪しいけれど。
ソラは自機のモニターに青い母星を映す。
「あの星は、僕らの故郷だから」
ソラの言葉に、ケン・トはほんの一瞬沈黙。
そして。
『そうかよ。ま、そうだろうな』
そういうと、ケン・トは舞子の機体の手を強引に掴む。
『ちょ、なにするのよ!?』
『ソラが言っているだろ、離脱しろって』
『でも、だって……』
舞子の泣きそうな声。
『分かれよ、アイツは護りたいんだよ。地球も、お前も』
ケン・トはそう言って、舞子を引っ張っていく。
舞子は抵抗しない。
抵抗こそしないが、『でも、でも……』と言い続けている。
(ごめんね、舞子)
ソラは2人が離脱するのを確認して、巨大なヒガンテを睨みつけ、ソードを向けた。
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1人、巨大ヒガンテと向かい合って、ソラはなんだか変な気分だった。
怖いとか、頑張ろうとか、命を賭けるとか、そんな気持ちとはどこか違う。
奇妙な感覚――そう、なんだか笑ってしまうような変な気分だ。
先ほど自分で言った言葉を思い出す。
「『あの星は、僕らの故郷だから』……か」
もちろん、間違ってはいない。
間違ってはいないが、はたしてソラにとって地球とは護る価値があるものなのだろうか?
もちろん、答えはイエスだ。イエスであるべきだ。
自分の生まれ故郷で、自分の同胞達が住むことができる唯一の星なのだから。
だが。
あの星にもう、ソラの両親はいない。
いるのは、いつもソラを虐めていた従兄弟達や叔母やクラスメート達だ。
彼らを命がけで護りたいかといわれれば、答えはノーだ。
もちろん、地球にはもっとたくさんの人々がいる。
ソラの知らないたくさんの人々が。
何も知らない赤ん坊が、あんな宇宙の化け物に殺されていいわけがない。
ソラが行きつけにしていたゲーセンの店長や、そこで一緒にバトル・エスパーダのゲームをやった友達だっている。
だけど。
それら全部をふまえても、はたして自分1人がここで命を賭けなければならないのかと言われれば、正直分からない。
ソラにヒーロー願望なんてない。
地球を救う勇者様になりたいなんて思ったこともない。
そんな自分が、それでもここに1人踏みとどまって巨大ヒガンテを迎え撃とうとしている。
その事実がたまらなく奇妙だった。
(それでも、さ)
やるしかない。
地球を護れるかは分からないけど、すくなくとも舞子が逃げる時間稼ぎはしたい。
(結局、僕は女の子にイイカッコしたいだけなのかもしれないな)
そう考えて。
ソラは巨大ヒガンテに立ち向かうのだった。
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