第6話 かしこまりましたよ、お嬢様
「はい、あー」
「……」
「あっ、まだ熱いかな? ふーふー……」
目の前でスプーンに息を吹き掛け、また差し出してくる。
「はい、あー」
にこにこ。
……はぁー。
俺はぶっきらぼうに口を開き、送り込んでくるお粥を飲み込む。
「どう? 味は大丈夫かな?」
嫌味のため息も彼女の笑顔を歪ませることができず、またお粥を掬ってふーふーし始める。
「……強いて言えば、もっと肉が欲しいくらいだな、あむ」
ここ何日はお粥ばっかで、ガッツリ肉食べたい。じゃないと限界、いろいろと限界が来そう。
「……どっちが主人か分からなくなりますね」
いつの間に来ていたメイアが異様な目で、俺たちのやり取りを観察する。
「そういう皮肉はこいつに言ってもらいたいね」
今更俺にどうしろと、ここ数日のことを思い出す。
……
『ノーくんって呼んちゃダメなの? なんで? 私がいいならイエスでしょう?』
……
『あっ、着替えなら私が、ついてに汗も拭い……こら、大人しくして、しなさい!』
……
『おトイレなら、メイアさんにこれを買ってきてもらったので大丈……ああぁ! やめてノーくん、そ、そんなに怒ったら体によくないよ」
……
考えるな俺、これ以上はまずい。
「そんなに変かな? 私を守るために怪我をしたから、これくらい当たり前だよね?」
ねーって目を向けてくるな、まさかお前のめでたい頭と同じだと思われてるのか、俺。
「まあ、なにがあったのかは聞かないでおきましょう」
察してくれるのはありがたいが、さりげなく目をちらっとベッドのしたにやるのはやめろ。
「……使ってないからな、断じて! そこの窓から捨てた」
「私は何も言ってません、何のことかさっぱり」
白々しい、このクソアマ。じゃ買ってくるなよ、あんな物。俺に恨みでも……まあ一つや二つはあるだろうが、にしても陰湿すぎる。
「こほん、本題に入らせてもらいます」
むしろ最初から本題に入って欲しい。
「まず攫われたナル・キャスケット様ですが、先方から無事お戻りになったとの連絡が入りました」
「本当ですか? よかった……」
あの紙袋野郎、殺すつもりならあの場にいる人間は全員死んでたんだろうし、そうしないならあの天才メガネ娘も危険はないと踏んだ。けど、こんなに早く解放するとは思わなかった。まあ、俺としてはスレイに危害を加えないなら、あの紙袋と関わるのはまっぴらごめんだ。
「本来ならこちらの不手際なのですが、原因はナル様自身にあり……」
事後処理の話を延々と垂らし、俺は興味ないし、スレイも相変わらず、こういう話にはちんぷんかんぷんのようだ。それでも健気に報告をするメイア、ちょっと不憫で笑いが出そう、ざまぁ。
「……と、このように進めていいんでしょうか?」
ようやく話が終わり、メイアは最後の確認を伺う。
「あっ、はい。全部メイアさんにお任せします」
またいつものように全てをメイアに投げ、このボンコツ娘は本当に……まあ、グループの管理層は全て爺さんが拾った人材だし、能力も忠誠心も折り紙付きだから、急ぐことはないか。メイアも本格的な教育は卒業してからと思っているだろうし、俺が守っている以上、この一年くらいは好きにさせてやる魂胆か。
「わかりました、ではこのまま進めます」
涼しそうな顔して、もう少し悔しそうなり失望なり、そういうのを……まあ、この女にとって、手伝いができないボンコツ娘でも、邪魔しない分だけあのクズ父親よりは百倍マシか。
「それと、医師からはもう家で静養しても問題ないと許可を出たのですが、退院手続きを……」
「ダメだよ! こんな重い怪我、全快まで診てもらいます! お、お金ならあります、いくら使っても構いません!」
珍しく強気で反対するスレイを見て、メイアは驚きながらも少し関心した。そして俺は――
「何をグズグズしている、さっさと手続きしに行くぞ」
横暴娘がメイアに食い掛かってる隙に着替えを済ませ、ドアの方へ歩く。足が怪我する前より軽く感じる、これが自由、さらばだ束縛生活。と言うかこっちを先に言えよクソアマ。
「だ、ダメだよノーくん! もう少し……」
「ええい鬱陶しい、そもそも後見人は俺の方で、貴様にノーを言う権利などない……」
反射的に手を挙げ、両手で俺にしがみつくわがまま娘の頭を叩こうと。普段なら頭を抱えてガードする彼女だが、今回はぎゅーって目を閉じるだけで、しがみついでる手を離す気は無いらしい。
……はぁ。
その必死な様子を見て、気を失せた俺は手をそっと彼女の頭に乗せ、そのまま髪を軽く撫でる。
「えっ……」
何をされてるのか全く理解できない様子で、スレイは目を大きく開けて立ち尽くす。あれだけ頑なに掴まった手も、するすると力を抜けて。
「……鬱陶しいは言いすぎた、悪い。お前はよくしてくれた、ありがとう」
すると彼女はポロポロと目から大粒の涙が零れて、メイアの方に顔を向き。
「ふ、ふぇ~メイアさん、どうしよう……ノーくんが、ノーくんがおかしくなったよぉ~~~」
メソメソと失礼極まりないことを言い出すな。ほら見ろ、メイアのやつ、顔をそらして笑ってやがるぞ。
そんなに叩かれたいなら、お望み通りにしてやるよ。
――ぽん。
「あう……も、戻った……」
何で嬉しそうにニヤけてるのよ、このドM娘。お前の方が頭おかしいんじゃない?
「ノーマン……あなた、変わったね」
別れ際に、メイアが気持ち悪い笑顔浮かべて――
「お嬢様を見る目が、少し会長に似て来ました」
なん、だと?……俺が? あの色ボケ爺に? バカバカしい……ないよな?
ようやく退院できたのに、清々しい気分がメイアの一言で、どこかへと吹っ飛んでしまった。
「悪いわね、退院早々こんな仕事を頼んで」
いけしゃあしゃあと、このクソアマ2号……どうして俺の周りにはこんなのばっかだ?
「けどなかなか尻尾を掴ませてくれなくてね、今夜を逃したらおそらく大変なことになってしまうので、お願いできるかしら?」
とはいえ、お得意様には逆らえない、フリーランスも楽じゃないからな。クソアマでも、羽振りさえ良ければ、神様だよ。
「了解した、下がっていいぞ」
仕事は夜だし、例え神でも俺の安眠を邪魔するのは許さない、帰れクソアマ2号。
「ところでノーくん……」
「ああん?」
このクソアマ2号今なんつった?
「睨みに殺気がついてないわね。以前のあなただったら飛び道具を投げてきてもおかしく無いのに、丸くなったっていうのはどうやら本当みたい」
いつにも増して嫌味たっぷりな微笑み、本当むかつく女だ。
そして彼女は意味深な目でドアの方を一目見て。
「あのお嬢様、スレイちゃんだったかしら。案外やる娘なのね、あなたの睨みより、彼女の方が怖いかも」
そう言いながら離れて行き、ドアをそっと開ける。
「ご機嫌よう、私はこれで失礼するわ」
うふふと気味悪い声残して、階段を降りて行く。
「なにこそこそしてんだ、出て来い」
俺は横たわったまま、ドアの方に声をかける。
するとドアの後ろから小さな人影が出てきて、とてとてとこっちへ。
「の、ノーくん」
真横にしゃがみ込んで、小声で話を掛けてくる。
来た時から気づいたが、あのクソアマ2号と混ぜると危険すぎるから、無視してた。結局おちょくられたが……
「また会長さんとふたりきりで……やっぱり……」
目が怖いぞおい、こいつ最近なんか病んでないか?
「違う、変な勘ぐりをするな、仕事の話をしただけだ」
浮気現場かよと自分でツッコミを入れたくなる。
薄目を開け、わがまま娘のぷくっと膨らんだ顔が視野いっぱい埋めている。やれやれ、こいつにもっと欲を持て欲しいとは思っていたが、変な独占欲に目覚めるのも面倒だな。
……
しかしもっと追求してくるかと思ったが、意外……ってほどじゃないか、もともとこいつは大人しい方だ。
しばらく黙っていると、もぞもぞと頭が持ち上げられて、次の瞬間、ふわっと甘い香りと柔らかい感触が伝わってくる。
「……」
「……」
マジで俺の意見ガン無視してきたな、このわがまま娘。絡むと面倒だし、夜に“仕事”が入ったから、このまま少し、眠っておくか。
目を閉じ、俺はそのまま意識を手放した。
そして再び目が開ける時、既に空は茜色に染まり、午後の授業ところか下校時間すらとうに過ぎている。
そんなに寝たのか……膝枕恐るべし。
「なんで起こさなかった?」
涙目で足をがくがくしているスレイに問いかける。
「よ、よく寝ていた、ので……起こすのも、悪いかなー、って」
それでも精一杯のぎこちない笑顔で彼女は答える。
自分からしたこととは言え、そこまで我慢するか? まったく、不器用な娘だ。それともこの状況すら楽しんでいるのか? 本当にそうだとしたら真性なマゾだな。
俺はすっと身を起こし、彼女見下ろす。
ブルブルしたまま、なんとか起きようとしているが、足に力がまったく入らなくて、びくとも動けない。
「の、ノ~くん」
うるうるした目で、こっちを見上げる。
「……はぁー、わかったよ、ほら」
彼女の前にしゃがみ、背を向ける。
そろそろ帰らないと、夜の“仕事”の準備もあるし、時間が勿体無い。
しかしいつまで立っても背中に掛かる気配はなく、振り返って見たら――
「私、う、動けない……」
などと目を泳がせながら、棒読みする大根役者。
「お、お姫様だっこがいいな」
そしてちらちらと遠慮がちな上目遣いでおねだり。どこでこんなことを……メイアか? それともいつも俺に突っかかるあの暴走娘?
「お姫様だっこがいいな!」
わざと大声を出して、もう一度。強気のくせに少し声が震えている。
大方なんの反応を示さない俺を見て、怒られたと思ってるんだろ。はぁー、怖いならやらなきゃいいのに。
「……かしこまりましたよ、お嬢様」
まあ、今回は膝枕の借りがあるし、これくらいは聞いてやるか。
体勢を変えてよっとわがまま娘抱き上げて、そのまま校門へ向かう。幸いもう人が残ってないから、人目を気にする必要もない。
「ふふっ、ふふふ――」
気でも触れたような笑い声が聞こえてきて、俺は思わず足を早めた、気持ち悪い。
それにしても軽いなこいつ、もっと肉を食え。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます