第4話 いや、結構だ

「ふー、こんなところか」

 元々それほど私物があるわけじゃないし、せいぜい“仕事”の道具と私服を何着、それくらいだ。

 なにか見落としがないか確認のついてに、この用務員室を見渡す。

 爺さんに匿って貰った時から、もう五年か。長かったような、そうでもないような。

 家というには生活感がなさすぎる、それなりに愛着はあった。まあ、寝れれば十分だし、ケチを付けれる立場でもないからな。


「さて、そろそろいくか」

 鍵を掛け、これで五年間過ごした寝床ともおさらばだ。

 鍵は……まあ、メイアにでも預けておけばいっか。

「しかし、俺が執事か」

 あのクソジジイ、とんでもないボンコツ遺してくれたな。

 てっきりあれくらいのお嬢様なら、社交デビューくらいはとっくに済ませたと思っていた。それがまさかの真っ白、どんだけ箱入りなんだ。あのジジイ、縁談の類も全部跳ね除けたんだろうな、じゃないとこの歳までそう言う話がないのはおかしい。

 まさかと思うが、この学校の理事長につけたのも……ありそうで引く。

「まあ、似合うかどうかはともかく、あの場で咄嗟に思いついたのは、我ながらファインプレー」

 あのボンコツお嬢様のお守りをするには、ちょうどいいポジションだ。

 目立つのは、まあ諦めるしかない。昨日あそこで掴まれた時点で、ゲームオーバーだ。




「ほら、あれ見て」「本当に一緒に登校してる!」「私、あの二人が車から降りるのを見たよ」「男の方大きいな、うちにいたっけあんなやつ?」「スレイちゃん可愛い、お持ち帰りしたい」「傍から見てると、犯罪の匂いがするな」「通報しました」


 まあ、予想通りではあるが、早速噂になっているようだ。後最後のやつ、顔覚えたからな。

 俺の方は何か聞かれても、ヘマする可能性は皆無だが、問題は――


「な、なんだか皆さんこちらを見ているようなんですけど……私、どこか変なのかな? 寝癖とか? ノー……マンくん、どうかな?」

 この縮こまって、身だしなみを何度も確認するボンコツお嬢様。

「いいえ、完璧でございます、お嬢様。変なところなど一つもありません」

 そのおめでたい頭以外は。

 誰かの入れ知恵か、口調は変わったが。そんなことより背を伸ばせ、おどおどするな、見ていてイライラする。


「ノーマンくん、お、怒ってる? なんで?」

 大きな両眼をパチパチさせ、はてなマーク満載な顔でこっちを見る。

 はぁー……妙なところで鋭い。

「いいえ、怒ってなどいません。それよりお嬢様、ちゃんと前を見てください、転んだら大変」

 “仕事”でいろいろあるから、キャラ作りはそれなりに得意だ。少なくとも学生を騙すくらいは、造作もない。

 事実、三年になるまでずっと影の薄いキャラを通しているし、この図体でもあまり気にされずに過ごしてきた。まあ、たまにやんちゃな子がちょっかいを出してきたけど、少しばかりお灸をすえてあげれば済む話だ。

 執事キャラ、やってみせますとも、ええ。


「スーちゃん!」

 教室に入った矢先に、すごいスピードで接近して来る人影が一つ。

 思わず警戒してアレを展開したが、すぐ友人だと思い至り、接触する前にそっと解いた。危ない。

「わふっ、り、リリーちゃん、おはようございまふっ……あふぅ、ちょっと、苦しいよ?」

 ガシっとボンコツお嬢様がそのまま抱き上げられて、胸の中に沈む。むっ、結構あるな。

「おはよー、スーちゃん。スーちゃんが可愛すぎるのがいけないんだよ? もっともふらせて~」

 お胸の中に沈んだボンコツお嬢様がそろそろ窒息しそうだが、友人とのスキンシップ、青春っぽくて大いに結構じゃないか、放っておこう。

 と、静かに退場しようとした時――


「とりゃああああぁぁーー!!」

 なかなか思い切った蹴りだが、正直大したことはない。止まって見えるというやつだ。

 ――パッ!

 軽く手で受け止め、そのまま足首を掴む。

「少々おイタがすぎますよ、リリー様」

 とりあいず笑顔を作り出して、原因を探ってみよう。

「あんたね、私のスーちゃんを誑かしたやつ。コロス、ゼッタイコロス」

 ほお、その殺気だけは褒めてあげてもいい、大したもんだ。


 探るまでもなく原因はわかったが……

「少し誤解をしているようですね。私はただの執事で、お嬢様を誑かした記憶はありません」

 聞く気あるかは知らないが、先に誤解を解いておこう。ついてに足も下ろす、そろそろ限界なんだろう。


「てりゃぁぁあああああーー!!」

 聞く気は無いってことか、まあそんな気がしたよ、と――

 ――パシッ!

 また手で受け流す。

「話したことすらないのに、執事なんて誰が信じるか! バカにしないで」

 もっともだが、それくらい突っ込まれるのは予想済みだ。

「確かに、リリー様の言う通り。これまでお嬢様の学校生活をできるだけ邪魔しないように、影から見守っていましたが」

 できれば永遠に関わりたくないくらいだ。

 ちらっとボンコツ娘の方を見る、まだトリップしてるな。まあ、友達がいきなり自分の執事を足蹴りする場面を目にすれば、このボンコツ娘がキャパオーバーするのも無理ない。

「昨日のようなことが起きては、黙っていられません。ましてお嬢様の方から助けを求められたら、私も務めを果たさなければなりません。いかがでしょうか、お嬢様?」

 このボンコツ娘、そろそろ帰ってこい。


「……あっ! う、うん。ノーマンくんは正真正銘私の執事、だよ?」

 なんでそこでどもる、もっとはっきりと肯定しろ。

「……本当に? なにか弱みを握られて、脅迫されてるんじゃない? あたしがあいつを殺すから、もう大丈夫よ」

「や、やめてください、リリーちゃんじゃ勝てないよ?」

 えっ? そこ?

 まあ事実だけど。このボンコツ娘、ナチュラルに人を抉るのが上手いな。

「くっ……ね、寝込みを襲えばなんとかなるよ! あいついつも寝てるし」

 例え寝ていてもお前如きに遅れは取らないがな。

 でもこいつが騒いてくれたおかげて、大分スムーズに説明ができたな。これで野次馬達の好奇心も少しは満たされたんだろう。


 昼休みのチャイムが鳴って、俺はさっさと教室を出た。

 午前中寝てる時に襲われた回数は23回、なかなかしつこい女だ。

 おかげでよく寝れなかったから、安眠できるところを探さないと。あそこがいいかな、今日は晴れてるし、暖かくて気持ちいいんだろ。

 そう思って俺は足を階段の方に向ける。


「……ん?」

 付けられてる? 野次馬……って感じじゃないな。

 四人、いや、少し離れたところにもう一人か。

 上に向かおうとした足を、下の方へと。


「ここでいいでしょう、さて」

 人気の少ない裏庭まで足を運び、座れるところを確保し、弁当を取り出す。

 シェフがボンコツ娘のと一緒に準備してくれただけあって、なかなか豪華だ。初めてボンコツ娘に感謝の念を抱いたかも知れない。

 まあ、邪魔者がなければ言うことなしなんだけど。


 足音が四つ。一人足りないな、見張りか?

 両方の道を塞ぐように二人ずつ、前後で俺を挟むように。

「テンプレートすぎる気もするが、一応聞く。何の用だ?」

 あ~む……もぐもぐ、おっ、このステーキおいしい。

 食べながらやる気満々なお客さんたちを見渡す。結構精悍な顔つきだが、雰囲気からしてやんちゃな方々とは違うようだ、むしろ規律性は高いと見える。

 というかこの学校のやんちゃな方々にはもう俺のこと知れ渡ってるから、未だにちょっかいを掛けてくるやつがいるとも思えない。

 となると……

「悪いが問答する気はない、やれ!」

 せっかちなお客さんだな。でも、効率的なのは嫌いじゃない、これは昼寝の時間ができるかも。

 さてさて、唐揚げはどうかな、楽しみ~♪。




「……くっ」

 ふぅー。

 さすがお金持ちの家が抱えるシェフだけあって、味は上々だ。俺としてはもう少し塩気があった方が……まあ、大事なお嬢様の健康を考えれば、これくらいがいいだろうけど。

 一番な欠点は量だな。さすがにあのお嬢様のより多めなのは見れば分かるが……少ない、普段の半分もない。

 おおよそ世界のすべてに興味を抱かない俺なんだが、食べることだけは趣味と言ってもいい。特に肉、肉はいい。もっとがっつり食べたい。

「い、いい加減にどけ!」

 そうだな、食べ終わったし、そろそろこっちを片付けるか。

 このも座り心地悪いし。


「これはこれは、申し訳ありません」

 執事スマイルを装備して、俺はくんに話をかける。

「食事をしていたので、ついあなたのことを忘れてしまいました。たしか、クラウドさまでしたね?」

 見張りのやつを探して来てみれば、なんと昨日のイケメンお坊ちゃまだ。首謀は当然こいつだとは思っていたが、自分で出てくる間抜けだとは思わなかった。

 他の四人はもちろんあっちで伸びてる。

 しかし、少し派手にやったせいか、俺に見つかった瞬間、この間抜け坊ちゃま――

「これ結構新型ですね、しかも軍用の。どこで手に入れたんですか、ぜひ教えていただきたい」

 ビビりすぎて頭が回らないのか、それともただの間抜けか、少々ヤバイもんを取り出したので、やんちゃする前に取り上げることにした。

 子供には過ぎたおもちゃだ。

「な、なんのことだ、ソレはただの護身用……」

 さすがにシラを切るくらいの頭はあるのか、これは失敬。明らかに目が泳いでるが、まあいい、どうせこいつに聞いても大した情報は入らないだろ。おおかた金持ちの道楽で、ヤバイもんに手を出して俺カッコイイ系ってところか。


「なるほど、ではこちらで預からせて頂きます。ちなみに、今回のことは一部始終撮らせていただきました。この意味、わかりますか?」

 小型撮影匣ミニカメラをちらかせ、軽く脅しを掛ける。

「ど、どうしてこんな物を……」

 さすがに予想はしてないようで、顔が真っ青になってしまう間抜け坊ちゃま。

「執事の嗜みです」

 なるほど、これは気持ちいい。言ってみたいセリフランキングに入るのも頷ける。

「こちらとしては、ポール家と無闇にことを構えるつもりはありません。ただ……」

 執事スマイルで本気スマイルを隠しずつ、俺は言葉を続ける。


「わ、わかった、もうあんたにちょっかいを出さない、絶対! だ、だからもうか、勘弁してくれ」

 大分息が上がってきたようだな、まあ座り心地は悪いがずっと座ってたしな、そろそろ解放してあげようか。

 俺は身を起こし、ぜぇーぜぇーと息を吐く間抜け坊ちゃまの方に一礼。

「用は済んだようなので、私はこれで失礼します。では」

 返事を聞く必要もないので、振り向かず本来向かおうとした場所に足を向く。

 邪魔者は片付けたし、昼休みが終わるまで一眠りとしよう。


 とそんなことを思っている時に限ってこれだ。

「……」

「あら、いらっしゃい」

 屋上まで来た俺は、先客から挨拶をされる。

「あ、お構いなく、俺こっちで一眠りしようとしてるだけなので……」

 無視するか。うん、そうしよう。

 俺は構わず給水箱の影に寄り、適当なところで横に。


「つれないわね、でもそんなこと言っていいのかしら」

 嫌味な笑顔を浮かべて、俺を放っておく気はないらしい。しつこい女だ、嫌なタイプ。

「私、見ちゃったよね、生徒の喧嘩。私生徒会長だし、これは先生に報告しないといけないね」

 ちっ、脅しのつもりか。本当に嫌な女だ、誰だよこんなやつを会長に選んだのは。ちょっと容姿端麗頭脳明晰スポーツ万能で家も軍のお偉いさんだからって、いい気に……いや、なるわ、俺でもなるわこんなスペック、配点おかしいんじゃない神様?

「なぜか褒められた気がするわね、ありがとう。でも喧嘩の件は誤魔化されないわよ?」

 エスパーか、こいつなら本当に心が読めそうで怖い。

 まあいい、その嫌味ったらしい面は気に入らないが、どうせ後でこいつを探すつもりだ、手間が省けてよしとしよう。


「ほら」

 ぽいっとさっきのおもちゃを彼女の方に投げ。

「これはあんたの家の管轄だ、手間を掛けさせるな」

 そして彼女は顔色一つ変えず、すっと手を出してブツを受け取り。

「ええ、分かってるわ。すぐ調べさせましょ」

 ちらっとブツを見て、涼しげな顔で答える。

 嫌な女ではあるが、仕事はできる。任せておけば問題ないだろ。


「でも困ったわ、賄賂を受け取っちゃった。私、なにを要求されるのかしら、ドキドキ」

 わざとらしくチラチラと見てやがる。ドキドキじゃねーよ、誘ってるつもりそれは?

 残念だがお前に興味はない。百回以上犯してやろうかこのアマと思ったことはあるが、実行しない時点で察しろ。

「あっ! 寝るなら、膝枕とかどう?」

 いかにも妙案を思いついたかのように掌を合わせ、ドヤ顔をする。

 一発殴ってやりたい、が、起きるのはさすがに面倒。それにどうせ当たらないし、無駄なことはしない主義だ。

「消えろ、俺の要求はそれだけだ」

 頼むから寝かせてくれ。

「はいはい、これ以上お邪魔すると本当に怒られそうなので、私は大人しく退散するわ。では、また」


――パタンッ!

 と屋上の扉が閉める音が聞こえた。気持ちいい響きだ、これでようやく安み……

――ギィィッィィ。

「……」

 寝る、俺は寝る。たとえ空から石が降っても俺は寝る、おやすみ。


――とてとてとて。

 この気配はあいつか。まあ誰でもいい、邪魔しないなら誰でも。

 上から覗き込まれてるが、無視だ無視、俺は寝ると決めた。

「もう寝ちゃったのかな?」

 好きに見ていいが、声は出すなこのボンコツ娘。俺の眠りを邪魔するな。

「さっきの人、会長さんだよね? 二人きりで何をしてたかな……あっ! 彼女さん?」

「違うわボケ!」

――ぽんっ。

 あまりにもぞっとする話が聞こえたから、思わず手を出してしまった。

 目を開けると、ボンコツ娘がちょっと涙目で両手をあげて、頭を押さえる。しまった、少し力を入れ過ぎたか。

 それにしても見覚えのある仕草だ、俺に叩かれそうと思う度にこれをするのか? 誘ってるようにしか見えない。俺は人の頭を殴るようなやつじゃないが、なぜかこいつにはつい手が出してしまう。ちょうどいい高さだし、こいつは頭を殴らせる天才かもしれない。

 涙目だがちょっと頰が緩んでるように見えるし、こいつ絶対Mだな、間違いない。

「い、痛いよ、ノーっ、ノーマンくん。女の子の頭をぽんぽん殴るのは、よくないよ?」

 こしこし頭をさすりながら、上目遣いで俺を責める。本当に誘ってないかこいつ?

 確認してみようという気持ちをぐっと抑えて、俺は再び眠りにつく。

「黙れ、そして静かにしていろ。何をしようかはお前の勝手だが、俺の眠りを邪魔するな、いいな?」

 俺は寝る、絶対寝る。

「あ、はい。おやすみなさい、ノーマンくん」

 聞き分けがいいのは、さっきの嫌な女よりずっと俺的にポイント高い。


 しばらくして――

「あっ、膝枕はいりますか?」

 と小声で尋ねてくるボンコツ娘。

 この学校の女は皆同じ回路を頭に積んでいるのか? 股……太ももがゆる過ぎない?

「……いや、結構だ」

 と俺は答えた。

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