第3話 うん、そうだよ?

 あの後特に問題はなく、お父様もメイアさんが呼んできた警備員さんに抑えられて、連れていかれた。

 お葬式が終わった後、残った人はメイアさんと。

 彼だけ。


「えっと、それで」

 気になります。

「ノーマンくん?」

 聞いても、いいんでしょうか?

「なんだ」


 ――あう。

 やっぱり怖い。睨まれてる?

 ううん、きっとこれが普通なんでしょう、そんな気がします。


「……爺さんとの関係か?」

 なかなか言葉が出てこない私を見て、彼の方から喋り出してくれた。

「まあ、昔ちょっと世話になったことがあって、それ以来ちょっとした“仕事ビジネス”相手だ」

 そうなんだ。世話?ビジネス?詳しく知りたい。

 でも違います。それも結構気になりますけど。

 違います、そこではありません。

「……違うのか?」

 彼もすぐ気付いてくれた、すごいです。

 私いつも要領悪くて、なかなか伝えたいことを伝えられないのに。

 さすがお祖父様が選んだ人。心が読めるみたい。

「じゃ、なんだ? はっきり言え」

 あ、読めないみたい。

 でも怖そうに見えて、きっとそういうつもりは全然ないんでしょう。

 口調は乱暴ですけど、目がまっすぐ。

 きっと凄く真面目な人。それだけ。

 はやく、答えないと。


「えっと……結婚、します?」

「……」

「……」

 静かに見つめ合って。


「するかボケ」

 ――ぽん。

 頭の上からじんわりと、痛みが伝わって来ます。

 あれ、叩かれた?わたし。

「あう……」

 あまり痛くはないんですが、軽く頭を手で抱える。

「どういう頭をしてんだ? あぁ?」

 これは結構怒ってます?

 なんとなくわかります。


「あなたが言えたことですか」

 と、メイアさんが彼に白目を向く。

 珍しい。こんなメイアさん、初めて見たかもしれません。

「あと、すぐ手を出すのはやめてください。あなたみたいな乱暴者と違って、お嬢様は繊細なお体ですから」

 あ、大丈夫です。

 そんなに痛くはありません。抱えてるのはなんというか、意外すぎて感触を味わっていた。

 私、初めて叩かれたから、なんか新鮮な気持ち。

 嫌いじゃない?

 うん、嫌いじゃないかも。


「えっと、ごめんなさい。頼まれたと言いましたから、私てっきり……」

 婚約の話かなと思いました。

「……違う、そういう話じゃない」

 眉間に皺を寄せて、彼は否定する。

「というか、仮にそうだと言ったら、するのかお前? 結婚を」

 そう、聞いてきた。


「します、はい」

 そう、答えた。

 だって、お祖父様が選んでくれた人でしょう?

 彼をまじまじと見る。

 ぽっちゃりしてて、背は結構高い。あと、前髪が目を覆うくらい長い。

 顔がよく見えません。

 まだ好きかどうか分からないけど、嫌いじゃないと思います。

 私が嫌がるような人、お祖父様が選ぶわけありません。


「するなボケ。頭が痛くなってきた」

 本当に頭が痛そうに、人差し指で眉間を擦る彼。

 また怒られた。

 なんで?


「なんで爺さんが俺に頼んできたのか、よくわかった」

 ため息を一つ出して、彼は言う。

「俺が受けた仕事は一つ、お前を守ることだ」

 私を守る。

 ボディガードさん?

「身の安全はもちろん、それ以外もだ」

 それ以外。

 どういう意味なんでしょうか?

「お前をこのまま放り出したら、さっきのクズみたいなやつがハイエナのようにうじゃうじゃ寄ってくるからだ。自分の今の立場、わかってるのか? わかってないだろうな。そりゃ爺さんが心配するんだろうよ、死んでも死にきれないくらいにはな」

 私が疑問に思ったことを、彼が察して、答えてくれた。

 私の立場。

 そうか、私がお祖父様から家督を譲ってもらったから、その地位と資産も受け付いた。

 先日メイアさんがいろいろ説明してくれたのに、全然理解できなくて、申し訳ない気持ちが蘇る。


 そういえばお父様のこと、どうなったのでしょうか?

「あの、お父様は……」

 私は視線を隣に立っているメイアさんに向け、聞いてみた。

「ご心配には及びません、すでに丁寧に元の場所へ送り返しました。すべて会長の指示通り、お嬢様には一切手を出させません」

 彼女はすかさず私の質問に答える、何事もなかったように。

 それでお父様は諦めるんでしょうか……きっとしないんでしょうね。

 もうお祖父様はいないから。

 でも――


「そういうわけで、俺のことは……そうだな、後見人とでも思ってくれ」

 そう、今は彼がいます。

 お祖父様が選んでくれた人。

「お前がノーを言えないなら、俺が代わりに言ってやる。俺はノーが言える男、ノーマンだ」

 知ってます。ノーマンくん、ノーマン・ディネイス。

 私を守ってくれる人。


「だが勘違いをするな、一年だ。俺がお前のお守りをするのは、学校から卒業するまでの間だけだ」

 と、彼は釘を刺す。

 一年。

 その後はどうしましょう、と私はぼんやり考えて。

「学べ、生きる術を」

 そして彼は答える。

 学ぶ、それが私のすべきこと。

「俺は爺さんみたいに優しくしてやるつもりはない、後見人だからと言ってなんでも面倒を見るつもりもない。必要な時だけ、どうしようもない時だけ、口を出してやる」

 でも、守ってくれるでしょう?

 それだけで、私にはもう十分です。

「それでいいな?」

 私の目をまっすぐ見つめて、確認をする。

 前髪で覆われても、よく見える。まるで光っているみたいな瞳。


「はい、ノーマンくん。ありがとうございます」

 はい、もちろん。

 すごく感謝してます。私を守ってくれたこと。

「礼はいい、一文の得にもならない」

 そしてばっさり切られてしまった。

 あ、お金を払えばいいんでしょうか?

「それにこれは爺さんの頼みだ、お前のためじゃない、礼を言われる筋合いはない。借りは返す、それだけだ」

 やっぱり真面目な人。それに、優しい人。

「まあ、一つアドバイスしてやるよ、サービスだ」

 私を見て、彼は言う。

「背をまっすぐ伸ばせ。ただでさえ小さいのに、これ以上縮んでどうする、そんなんだから舐められるんだ」

 気にしていることを、ずけずけと言う。

 ねえ、あなた。ノーマンくん。

 守ってくれるんでしょう?

 それなら、どうして私を傷付くの?

 優しいは、撤回します。やっぱり意地悪な人。




「おい、見てよこれ」

「おおー、いいね、この角とか拘りを感じる」

「キャスケット社の最新モデル、霊動式盒車レイスボッシャー第8世代 CK-RB800。最近抵抗がどうとかで車が段々丸くなってしまったが、キャスケット社さすが老舗だけあって、未だにこのフォルム維持している。俺から言わせればこの古典美こそ……」


 昼休み、お弁当を机の上に取り出すと、少し離れたところの男子グループから声が聞こえてきた。

 車の話。

「本当男子ってそういうのばっかり……話すなって言うつもりはないが、もう少し気を配って欲しいわ、昼休みだからって騒ぎすぎ、ね?」

 男の人はやっぱり車とか、好きなのでしょうか?

 彼は、どう?

 喜んでくれるなら、お礼に……

「まあ、大声でエロ談義されるよりはマシだけどね。この前なんて、あぁー思い出したらまた怒鳴ってやりたい気分になってきた」

 いいって、言ってましたけど。やっぱりお礼はちゃんとしないと。

「……ーちゃん、ちょっとスーちゃん? 私の話、聞いてる?」

 相談、してみましょう。

「ねえ、リリーさん。男の人はなにを貰えば嬉しいと思います?」

 リリーさん、とっても親切な人。

 いつも元気で、クラスの中はもちろん、学校の中でも人気者。運動が得意で、色々な部活から引っ張りだこ。

 男の人のことも、きっと詳しい。


「プッーーーーー!!」

 えぇー? なんていきなり吹き出した?

 とりあいず慌てて彼女の背中をさすって。

「だ、大丈夫ですか?」

 と、声を掛ける。

「えほっえほっ、だ、大丈夫、ちょっと噎せただけ。それよりも――」

 ガシっと両手で私の肩を捕まえて、少し痛い。

 かつてないほど真剣な表情をしています。

「だめよ、スーちゃん。男はだめ、絶対」

 目が少し、いいえ、とても怖い。

「どいつだ、私のスーちゃんを誑かしたやつ。コロス、ゼッタイコロス」

 なんていきなりこうなってしまったか、分からないけど。

 とりあいず詳しい事情とか、話した方が相談しやすいかも知れません。

 リリーさんがちょっと怖いので、彼の名前は伏せて。


「……ふーん、そういう事情か」

 話を聞いて、リリーさんはようやく冷静さを取り戻した。

 よかった。

 お葬式のことを話した時は、気を遣われるかもと少し怖かったけど。

 でも彼女はいつも通り。事情はとっくに知られていると思いますが、今日もいつも通りに接してくれた。

 それは、きっと私のために。

 優しい人です。


「そのビジネス相手?さんはいいって言ったんでしょう? それなら気にする必要はないと思うな、こういうのは子供はしゃしゃり出た方がかえって失礼だし」

 子供。

「リリーさん。私って、やっぱり子供に見えますか?」

 彼にも、小さいって、言われました。

「そりゃちっちゃくて可愛いし、髪の毛さらさらで、肌もすべすべ、子供というかお人形さん? んもぉ~お持ち帰りしたいーー!!」

 ペタペタ触られて、最後には頬ずりまで。


「や、やめてください、リリーさん」

 嫌とかじゃ、全然ないですけど。

 は、恥ずかしい。


「子供だと何かまずいのか? まだ学生だし、いいんじゃないか」

 ぎゅっと私を抱えたまま、彼女は言う。

「まずい、とは思ってませんけど。私、変わりたい、大人になりたいです」

 ならないと、いけない。少なくとも、一年後には。

 生きる術を身につけて、大人に。


「あたしはスーちゃんがずっとこのままでもいいけどね! あっ、一つだけ変えてほしい所はあるかも!」

 彼女は手をポンと合わせて、私をじーっと見つめる。

「どこですか、ぜひ教えていただきたい」

 急かすなんて、はしたないけど。

 知りたい、私の至らない所。

「それだよ、それ」

 つんと彼女の指が私の唇に止まり。

「口調よ、くーちょーうー」

 一つ一つ、音を逃さないように。

 大丈夫です、ちゃんと聞き取れてます。ですが――

「私……なにか、失礼なことを?」

 思い返してみても、分からない。

 口調、どこか変でしょうか?

「失礼よ、超しつれー! もう激おこぷんぷん丸だよ!」

 彼女はわざとらしく頬をぷくっと膨らませて。

 これは本当に失礼かもしれませんか、可愛いと思いました。ごめんなさい。

「クラス替えしてからずっとアタックして、これでもかってくらい好き好きビーム出してるのに、スーちゃんずーっとかしこまったまま。私友達だと思われてないんだ、って何回枕を濡らしたかもう数え切れない!」

 よよよと泣き出して、目がこちらをちらちら。

「そんな! そんなことは決してありません! むしろ私なんかがリリーさんの友人などと、おこがましいくらいです!」

 優しくて、人気者。私には勿体無い。どうして私なんかと一緒にいるのか、不思議に思ったことは一度や二度じゃありません。


「まあ、その口調が素だってことは割とすぐにわかったけどね」

 そして何事もなかったように、ニカっと眩しい笑顔を浮かべる。

「それでも寂しいのは寂しいよ。それにほら、丁寧すぎるのも、下に見られてしまうから」

 ビシっと指をこちらに。

「大人になりたいなら、まずはその口調、変えて」


 口調、ですか。

『アフィル家の者として、それに相応しい振る舞いを身に付けなさい』

 小さい頃の、お母様の教えが頭に過る。

 もっと丁寧に、優雅であれと。

 お母様みたいな、立派なレディには程遠いんですが。私なりに、できるだけ丁寧に、失礼しないようにしてきたつもりです。


 ですが、でも。縛られたままじゃ、大人にはなれないかもしれません。

 問題は、どう変えればいいんでしょうか?

 彼ならこういう時――

『いいだろ、そんなに親しくなりたいなら、これからはブタと呼んでやるよ、このブタ』

 などと、失礼な想像をしてしまいました。ごめんなさい。

 ……でも、とっても似合ってます。ごめんなさい。

 あっ、呼び方を変えるのはいいかも知れません。だって、スーちゃんって呼んでもらえるのはとっても嬉しいから。

「じゃ、これからはリリーちゃんって、呼ばせてもら……じゃなくて、呼んでも、いいかな?」

 私は恐る恐る、彼女の方を見て、小さい声を出す。

 馴れ馴れしすぎたかな?

 やっぱり慣れない、口調を崩すのは難しい。


「ぶはっーーーーーー」

 そしたら彼女、いきなり鼻血を吹き出した!

 ええぇーーー?? どうして?




 なんだかんだで、リリーちゃんと楽しくランチをすませて、また一層仲良くなりました。えへへ。

 鼻血はちょっと引きましたけど。ううん、うそ、かなり引いた。

 でもこういうのも含めて、友達って言うのかもしれない。


 ちらっと、彼の方を見る。

 ノーマンくん。ノーマン・ディネイス。

 私の……後見人?だと言う人。クラスメートなのに、変なの。

 でもとても強くて、頼れる人。

 ……ぐーぐーって教室の最前列で寝てますけど、授業中なのに寝てるけど。先生なにも言わないんだ、なんでだろ?

 いつも寝てる印象なんだけど、なぜか成績は毎回学年トップな気がする、だからかな?

 私の代わりに、ノーを言ってくれると彼は言った。

 だから――

「……ノーくん」

 じーっと彼の大きい背中を見つめて、私は小さく呟く。

 すると彼はなんの予兆もなく身を起こし、振り返る。

 目が、合っちゃった。

 ふえぇー? 聞かれちゃった?

 うそ、そんなはずない、そんな大声出してないもん、絶対。

 そうよね?

 カァーっと顔が熱くなった気がして、私は慌てて俯く。

 

 ちらり。あっ、また寝ちゃった。ほっ。

「いいの、かな……」

 リリーちゃんは喜んでくれた。鼻血は、引きますけど。

 彼は、どうかな?

「あう……」

 想像してみたら、きっと思い切り叩かれる気がして、私はそっと頭を抱える。


「ごめんね、スーちゃん。私も一緒に帰りたいけど、今日は助っ人に呼ばれちゃってて、本当ごめんね」

 放課後のチャイムが鳴ってすぐ、リリーちゃんが申し訳なさそうな顔で一緒に帰れないことを伝えに来て、別にいいのに。

 私も一緒に帰りたいけど、リリーちゃんは人気者。独り占めするわけにもいきません。ちゃんと分かってる、よ? ……ちょっと寂しいけど。

「かまい……あっ、いい、のよ? 別に約束をしたわけじゃ、ないから。私なら、一人でも大丈夫」

 そう言って、私はふと彼の姿を探す。もう教室にはいないのかな?

 普段なにをしているのか、全然知らない。

 噂で用務員をしていると聞いたことありますけど、本当かな。お祖父様と親しい関係なら、本当かも知れません。

「じゃあたしはいくから、気を付けて帰るのよ、知らない人について行っちゃだめだからね?」

 手をふりながら、リリーちゃんは早足で教室から出ていく。

 私、本当に子供だと思われてるかな。少しショックです。


「いたいた、スレイ・アフィルさん――」

 一人で教室を出て、廊下を歩いてる時。

 呼び止められちゃった、知らない人に。

 とりあいず……ついて行っちゃだめ、ついて行っちゃだめ、ついて行っちゃだめ。うん、大丈夫。

「すまない。いきなり呼び止めて、ボクはBクラスのクラウド・ポールだ。知らないかな? これでも一応手方ハンドキューブ部の部長をしているんだ」

 有名な人なのかな? 自信たっぷりな笑顔で自己紹介をしてくれる。

 でもごめんなさい、私は部活に入っていませんので、あなたのことは全然知りません。

「はい、わざわざありがとうございました。Aクラスのスレイ・アフィルと申します」

 リリーちゃんに口調のことを指摘されたけど、さすがに初めてな相手に失礼はできません。

「知ってるよ、だから呼び止めたんだ、アフィル家のお嬢様」

 おかしそうに笑われてしまいました。

「おっと失礼、あまりにも可愛らしいのでつい……」

 パチっとウィンクを一つ。

 すごいなー、こういうのが自然と出てくると、大人な感じがします。

 私も練習、しておこうかな。

「それで用事なんだけど――」

 そう言って彼は手を服の中に入れ、手紙のような物を一枚取り出して。

「この度当家でささやかな舞踏会を開くことになりまして、もしよければ是非、両家の親睦を深めるために」

 とソレを私に差し出す。


「きゃー舞踏会だって! セレブっぽい!」「ぽいっていうか、セレブっしょ、アレ」「男の先輩超イケメン、うらやま」「女の方も制服からして先輩? 信じられない、ちっちゃい!」「でもお人形さんみたいで可愛い! ちっちゃいけど可愛い!」「ロリコン死すべし」「三年の先輩ってことは、まさかの合法? み、ミラクルだ」「ロリコン滅べろ」


 いつのまにか、周りに人が集まっていた。

 うぅ、どうしよう。舞踏会のお誘い? 私なんかに?

 何かの間違いではないかしら? でもアフィル家って言ってたし、間違ってない?

 無意識に、私は人混みの方に視線を向け――

 

 ――いた。

 ちゃんと見ててくれたんだ、私のこと。

「……」

 えぇー? なんで無言で目を逸らした?

 ぐるりと背を向け、離れようとしている彼を、私は慌てて足を走らせ、追いかけた。

 ツンと、彼の制服の裾を掴む。

「……」

 あ、しまったという顔をしてます。分かります、なんとなく。

 ごめんなさい。でも仕方ないの、わたしには言えないから、あなたが言って。

 言ってくれるって言ったよね?


「……っ」

 ギッっと私を一目睨んで、彼は観念したように、またぐるりと振り向く。

 あう、ごめんなさい。叩かれるかな……

 でも、振り向いた後の彼、なんて言えばいいかな。

 雰囲気、そう、雰囲気がガラリと変わった。

 すっと背筋を伸ばして、穏やかな笑顔。存在感が突然ぽんと全身から漏れ出す、いままで私以外誰も見向きされてないのに、注目が一気に集まってきた。

 大きいのに、どうして誰も気づかないかなと思ったこと、あるけど。わざと?


「こほん、ポール家のお坊ちゃま、お初にお目にかかります。私はアフィル家で執事をしている者で、ノーマン・ディネイスと申します」

 すごく綺麗な所作で、彼は一礼をする。

 わぁー大人だ。リリーちゃんが言ってた通り、口調や態度の一つで、すごく大人に見えます。すごいです、見習いたい。

 でも、執事? そうなの?

 私、初耳なんですけど……


「あ、あー、執事くんだったか。こちらこそ、ご丁寧にどうも」

 呆然としていたクラウド・ポールさんも、彼の挨拶を聞いた後、ようやく気を取り戻して。

「それで、舞踏会の話なんだが……」

 所在なげに持っていた招待状をもう一度差し出す。


「その話ですが……見ての通り、当家のお嬢様は人見知りなので、失礼ですが、私の方から返事をさせて頂きます」

 さりげなく私を背中に回し、堂々とクラウド・ポールさんと向き合う。

 当家のお嬢様だって、なんだか彼の口からそんな言葉を聞いていると、背中が痒くなります。

 嫌いじゃ、全然ないけど。むしろいい響きかもしれません、えへへ。

「折角のお誘い、大変嬉しく思いますが、返事はノーとさせて頂きます」

 笑顔を一つ崩さずに、彼はノーって言ってくれた。

「お嬢様はまだ学生の身分で、そういう場に出させるのは早いと大旦那様から仰せつかっております。なので申し訳ないが、これにて失礼させて頂きます」

 また一礼、流れるように。

 そして彼は私の方に振り向いて、手を出口の方にすっと伸ばす。

「さあ、お嬢様。迎えの車はすでに来ております」

 眩しい笑顔。作りだと分かっていても、ドキドキしてしまう。

 悟られないように、俯いて歩き出す。

 でも彼は心が読めるような人だから、きっと隠せない。

 なんだか顔がすごく熱い。うぅ、これも知られてしまうのかな。


「ま、待て――」

 クラウド・ポールさんの声が後ろから聞こえてくる。

 そしたら、彼が平然と振り返り。

「まだ、何か?」

 同じ笑顔を浮かべる。ですが、なぜか、とてつもない威圧感が出てます。

「……い、いや、こちらもいささか性急であった。そういう事情があるなら、仕方ない、また次の機会を」

 それに押されたか、クラウド・ポールさんの方が少し萎縮したかのように見えます。

 諦めてくれたかな、よかった。

 だって、知らない人について行っちゃだめだって。あ、自己紹介をしてくれたから、知らない人じゃない?

 でもごめんなさい、舞踏会とか、私なんかが行くようなところじゃないと思います。

「では、失礼します」


 校門を出て、迎えの車の所まで来て。そして彼がドアを開けてくれて、どうぞと。

 なんだかお姫様になったみたいな気分です、少し楽しい。ううん、とっても。

 わたしが乗った後、彼もそのまま車に乗り込んで、ぽんとドアを閉める。

「出せ」

 あ、またガラリと、雰囲気が変わった。顔から笑顔が消え、無表情になってます。

 お、怒ってる? 無表情だけど、なんとなく怒っているように見えます。

 た、叩かれるかな…っと、私は無意識にそっと両手を頭の上に乗せる。


「……一応聞いておくが」

 けど彼は私を見向きもしないで、淡々と言葉を続く。

「これはどうしようもないことなのか?」

 無表情なままで。

「……うん、そうだよ?」

 私は正直に答える。

 だって、ノーはあなたが言ってくれるんでしょう? 私の代わりに。

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