第2話 ノー、お断りだ
「ねぇねぇ、どこいく? シンガーボックス?」
「えぇーまたぁ? 私買い物いきたいなぁ~」
「んじゃ、スクウェアいくか」
放課後のチャイムがなる途端、そこかしこからそういうきゃきゃうふふな会話声が聞こえてきて、今日も我らのクラスメート様は青春を謳歌してらっしゃる。
こっちはバイトで全然時間ないのに、いいご身分だ。
もっとも、バイトじゃなくても、俺には一緒に青春するような友達はいないけどね。
――ピロリン!
「おっと」
リア充共への怨嗟を抑えずつ、
「爺さん?」
表示された名前を見て、該当人物が頭に浮かぶ。
たしか入院したってメイアから聞いたが、もう大丈夫のか。
「どっちにしても、面倒そうな予感がする」
ため息を一つ吐き出して、メールを開く。
『病院に来い、頼みがある』
ん?
いつもとは大分違うその文言に、違和感を覚える。
“仕事”なら普通にメイアからでいいし、それこそメールでも事足りる。
わざわざ会いに来い、しかも病院にか。
さすがに悪い予感が頭に過ぎる。
「すまんね、わざわざ来てもらって」
結論から言えば、悪い予感が当たったんだろ。
物々しい医療匣に繋がれて、普段の飄々爺は見る影もなく、弱々しい声で俺を出迎える。
「いい、それで頼みは?」
だからと言って、俺が気にすることでもないし、さっさと本題に入る。
「本当にせっかちな男だな、老い先短い爺に労いの一つでも、こほっ……!!」
突然咳き込み、ずっと無言でそばに座っていたメイアが慌てて爺さんの背中をさする。
「まあ、それが頼みなら。得意ではないが、とっておきの一発芸でも――」
俺は構わずに言葉を続ける。
心なしかメイアのやつに睨まれた気がしたが、気のせいだろう。
「……ふぅ。いや、せっかくだが頼みは別にあるよ、君の一発芸というのは非常に興味深いが――」
本当に残念そうな目をしてやがる。そこまでか、俺どう思われてるんだろう。
まあ、どうでもいいけど。
「見ての通り、ワシもそろそろ焼きが回って来そうでね。まあ好き勝手に生きて来たし、不満などないが――」
これまでの一生を思い浮かべてるんだろう、爺さんは少し遠い目をして。
「未練が一つ、残っていてね」
スッと目付きが変わり、改めてこっちをまっすぐ見てくる。
「孫娘を、頼まれてくれないかね」
孫娘。
もちろん知ってる。クラスメートだし、顔と名前くらいは。
だがそれだけ。話もしたことない。
もっとも、話したことのある生徒自体、ほとんどないがな。
「……確認だが、それは結婚しろという意味か?」
いくら借りがあるとは言え、そこまでの面倒は見切れないな。
「違うわいボケ!!誰がお前みたいな小僧にくれてやるもんかっ――」
すげぇ形相で爺さんが暴き出し、枕をぶん投げてくる。
こほこほと咳をしながら。
「か、会長、やめてください! お体に触ります!」
メイアさんがまた慌てて止めに入り、爺さんをなだめる。
やっぱ苦労してんな、メイアのやつ。爺さんの相手なんて、俺なら3分でキレる自信がある。
心なしかものすごい目で睨まれてる気がするが、気のせいにしておこう。
「まあそう怒るな、俺も別に狙ってないし、ただの確認だ。そうじゃないなら、俺も正直助かる」
「なんだと!? ワシの可愛いスレイがっ、かっかっ――」
おいおい大丈夫かよ、かへかへになってるぞ。頼みの詳細はまだ聞いてないのに。
「ノーマン!!」
さすがのメイアもしびれを切らしたか、珍しく大声を上げる。
オーケー、黙って聞くよ。メイアの心臓のために。
「……ふー。でだ、孫娘のことなんだが」
呼吸を整え、さすがに疲れたか、爺さんはまた弱々しい声に戻った。
「世界一可愛いし、天使みたいないい子だ、本当に目に入れても痛くない!!」
かと思ったらまた力説。
あんた本当はもう10年くらい生きれるんじゃね?
「しかし残念のことに、両親には恵まれなかった」
両親という言葉が出た途端、口ぶりに忌々しさが混ざった。
「我が息子ながら、本当にクズとしか言いようがない。10年もスレイをあの両親の元に置いておいたことを思い出すと、病気などよりずっと痛い」
胸を鷲掴みながら、爺さんの顔が歪める。
俺も両親にはいい思い出などないが、肉親にそこまでの恨みを覚えるのも、なかなか深刻な事情がありそうだな。
まあ、別に興味はないが。
「興味ないって顔しているな。まあそうだろうな、所詮他人の内輪揉め」
一息を置き、胸を下ろした爺さんはまた語り出す。
「ワシが去った後、家督はもちろんスレイに譲る手筈になっている。そのために今日まで持たせたからな」
今年で成年か。まあ同い年だし当然か。
「しかし、あのクズは必ずそれを奪いに来る、力尽くでな」
あー目に浮かぶわ、聞いているだけでも。
「スレイが拒めば、当然あんなクズ門前払いしてくれるぐらいの準備を整っている」
強気な言葉に反して、爺さんの顔に影が覆っていく。
「唯一の問題が、スレイはおそらく首を横には振れないんだろ」
あー目に浮かぶわ、聞いているだけでも。
「で、俺の“仕事”はそのクズが来たらぶっ殺して、孫娘さんの地位を盤石にすればいいのか? 分かり易くていいね」
多分普通のクズだろ。楽勝だ。
「……違う」
爺さんがなんとも言えない顔で俺の言葉を否定する。
まあ、やる気ならとっくにやってるだろうし、ここまで引きずることはないか。
結局憎んでいても肉親だ、あの爺さんも情には勝てないか。
「アレを殺した所で、スレイが強くならなきゃ意味がない。それにどんなに腐っても父親だ、自分のせいで殺されたと知れば、かえって悪化する」
もっともらしい理屈を並べる。
一番説得したいのは自分なんだろうな。
「後一年、学校を卒業するまででいい」
爺さんが真剣な顔で俺を見つめてくる。
「スレイを守ってくれ、頼む」
守るか。
物理的に守るという事ならば、一番得意な部類だ、楽な仕事。
でもきっとそういう意味だけではないだろうな。
「俺はノーが言える男だ、損をする仕事は絶対受けない」
この俺に、子供のお守りだと?
馬鹿を言え、一番苦手な部類だ。
けど――
「……けど爺さん、あんたには借りがある。借りは、必ず返す」
そう、何があっても、これだけは絶対曲げない。
「出血大サービスだ、一年な」
やってやるさ、借りがあるから。
話が終わり、その場から立ち去る。
「やだカッコイイ、やっぱもらってくれないか孫娘を」
出て行く俺の背後に、気持ち悪い裏声が響く。
「ノー、お断りだ」
構わず扉を閉め、一蹴した。
このジジイ、やっぱ後百年生きるんじゃね?
翌日、爺さんの訃報が回って来た。
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