その後

 夜空が薄っすらと藍色、紫色、桃色、黄色、橙色にグラデーションされていき、真上に有明の月が残る冬の美しい夜明け。

 あれは確か、珍しく朝早くに目が覚め、そのまま城の周辺を散歩しようと思い外に出た時だった。

 偶然何処かに出掛けようとしていた彼女と遭遇し、短い会話を挟んだ後、彼女は別れ際に言った


"晴明、もし私が戻ってこなかったら、私の事は忘れてくれていいですよ"


 その最後の言葉と光景が、私の夢に、毎日のように再生される。


 もしあの時、彼女を止めていたら、彼女の後をついていっていたら…あんな悲惨な事にはならなかったのだろうと




「…水無月、水無月、み・な・つ・き!」

「はっ!」ガタッ

「水無月、大丈夫かい?今日はやはり…」

「いや、悪い、大丈夫だ。このまま会議に出続ける」

 あの鬼女と鬼どもが去り、城に戻ってきた私達(正確には、鬼神と私)は、今夜起きた事についての緊急会議に出席していた。

 その会議中、どうやら私は居眠りをしていたらしい。あと体が怠い。

「そうかい?…よし!皆混乱しているだろうし、今日の会議はここまでにしよう。今は皆、休めるうちに休んでおけ。戦いは必ず起こる」

「でも!まだ話の途中…」

鬼神が私の唇に人差し指を当てて、黙らせる

「水無月、無理は禁物だ。さっきも言ったが、休めるうちに休んでおけ。事実、君は体調が悪そうだ。」

「鬼神…(ああ、お前はいつまで経っても、優しく、よく周りの者に目が行き届くな。)よく言う!お前が一番大変な立場だと言うのに」 

「そうかい?僕は気楽にやっているつもりだがな」

「嘘を言うな。昨日も執務室で夜遅くまで何か仕事していたのを知っているんだぞ…取り敢えず、お前も今日は休みな。じゃあ、私はもう部屋で休ませてもらうよ」

 そう言って、椅子から立ち上がろうとすると、足腰に力が入らず、ぐらついてまた座り込んでしまった。

「ふっ、まともに立てないとは、我ながら恥ずかしいな」

心配して、鬼神がおでこに手を当てる。

「これは…高熱だね。水無月、ここでは、無理して強がらなくても良いんだよ。ここは土御門邸でも無いし、君は次期頭首でもない。君は君で、僕の大切な客人さ」

「…ふっ、そうだな、気を張るのは辞めよう」

「ああ、君は笑っている方がいい。あっ!そこの女中の者、水無月を部屋まで送ってやってはくれないか?」

そう指名された一つ目の若い女中が、私の体を軽々と持ち上げる。

「なあ鬼神」

「えっ?何だい?」

「…九紫楼はきっと、大丈夫だよ。時代は変わった。もう二度と彼女にあんな醜い姿にはさせないし、もうお前一人にあんな辛い役目はさせない。大丈夫、お前は一人ではない。」

そう言って、チラッと後ろを見てみると、そこには涙を目に浮かべ、下を向いて耐えている鬼の姿。いや、この地の最高権力者であり、泣く事さえ許されない孤独の王。そして、私の大切な友の姿があった。


「はぁ…お前はいつまでも泣き虫で良いんだよ」

「えっ?何か言われましたか?」

「いや、何でもない。ただの独り言だ。」

「はぁ…?」

(さて、私も私で、体調が回復したら一度現世に帰って、やるべき事をやりますか)








 春雨さんの背中に乗って何とか逃げ延びた私たちは、異世界横断鉄道の個室部屋にいた。

「えっと…春雨様?勝手に乗り込んだ上に、この客室を無断で使って大丈夫なのですか?」

「…うん、心配ないよ銀君。何しろこの鉄道会社の社長は、私にめっぽう弱い鼠のあやかしだからね。それに、今からの話を他人に聞かれては困るだろ?」

「それは、確かにそうですね春雨様。賢明なご判断です。」

「そうは言っても、ここで悠長に話している暇もない。事は一刻を争う事。いつアイツらがまた追ってくるかわからない危険な状況だからね」

「それはそうですね…では早速、九紫楼様、貴方は千姫様という御方をご存知ですか?」

「えっと…前妖王だった御方で、鬼神様の将来を誓いあった方…あと悲劇の死を遂げた方だと、前に鬼神様から教えてもらいました。」

「ああ、確かにあれは残酷だった。まさかあんな最後になるとは」

「…取り敢えず、九紫楼様、もうお気づきだと思われますが、貴方はその千姫の生まれ変わりなのです。」

「ええ…何となく周りの反応や状況から、気づいていたわ。だけど、千姫様とはいったい?何故私は追われなければならないの?」

「そうですね…簡単に言えば、千姫様とは、全異世界に影響力を持つほど強大な妖力を持っていた方。そして、千年前、隠世を滅ぼしかけた最悪の妖王と呼ばれた方です。」

「そして九紫楼、そんな姫の生まれ変わりの君は、世界にとって希望であり絶望。つまり、君は全世界を救う事も滅ぼす事も出来る程イレギュラーな存在。だからこそ敵は、君を使って全世界を支配しようとしている。」

「そんな、今の私は、何の力もないのに…」

「今は、ね」

「じゃあ、将来は…」

「はい、貴方は確実に、これから力に目覚めるでしょう。自分が千姫の生まれ変わりだと知った事によって、そして、自分の身を護るために」

「そんな…私はそんな事、望んでないのに…私は普通に、ただ普通に水無月や愛音、皆と日常を過ごしたい!」

「九紫楼、それはもう…」

「何で?何で駄目なの?たぶん千姫様だって!」

「それは…そう願ったのだろう。だけど…」

春雨さんが歯を食いしばる。

「「…」」

桜と銀の二人も下を俯いたまま押し黙る。

「だけど、何?」

「…あの御方は、私達に何もおっしゃられずに行ってしまいました。」

「もしその苦しみを知っていたら、俺達も協力出来たのに…」

「あの日、無理に理由を聞いていたら…」

三人の悔しそうな顔から、千姫様がどれほど偉大な方だった事が伝わってくる。千姫様が何を隠していたのかは分からないが、きっと彼女は、皆を心配させないように、怖がらせない為に、自分の苦しみを悟られないように、強く美しい善き妖王として振る舞い続け、問題を何とか自分で解決しようとしたのだろう。それが、千姫様と言うあやかしだったのだろう。


「千姫様は、一体何を隠していたの?」

「それは、はっきり分からない。ただ、とても恐ろしい何か」

「あの隠世を滅ぼしかけた力は、普段の千姫様からは感じられなかった邪悪な力でした。」

「きっとあれが、千姫様がずっと隠していた物。そして、何処か俺らと一線を引いていた秘密だと俺らは考えている」

「千姫様は、何のあやかしだったの?」

「天女」

「幼少期から、私達が初めてお会いした当初から天才的な優れた力を持っておられいました。」

「…でも、そう言えば姉さん、不思議だよな?初めてお会いした10歳まで、誰もその存在を知らなかったんだもん。あれ程までに美しく、天才的な才能を持っていれば、風の噂くらい聞いたことがあるはずなのに?」

「ええ…そう言えば、昔誰かに聞いたことがあります。初めて会う日まで、どうやら何処かに閉じ込められていたらしいのです。でも、それを知る者は、多分、もう誰もいないのでしょう。」

「じゃあ、それを知っている人を探せばいいんじゃない?」

「えっ!ですが……そう言えば、千姫様のお兄様がいらっしゃりましたね」

「あっ!いたいた!紅葉様!」

「ですが、あの方は生まれつき体が弱く、ある日療養の為北に向かわれて以降、行方不明な方です。それに、あの頃は丁度後継者争いの時期で、多くのご子息が謎の死を遂げた時期です。失礼ながら、紅葉様を殺すなんて下っ端でも容易い事です。」

「それは…」

「ちょっと姉さん…」

「…」

「…兎に角!殺された確率が高い御方を探すなんて、今のこの状況から言ったら、最もリスクの高い事なのです。」

「じゃあ…他に、知っていそうな者は?」

「そうですね。今、地獄の温泉地で隠居生活を送られている。千姫様の父上、天人王様のお抱え将軍であられた長康様なら、何か知っておられるでしょう?」

「あの死に損ない爺様か…」

「私が最も会いたくない奴だな」

「同感です」

「?」


"間もなく地獄、地獄で御座いま〜す。お降りの方は、お急ぎ支度願います。"


「取り敢えず、行方をくらます為にも、一回地獄で降りよう」

「そうですね。この皆に認知されている格好では、ろくに上手く逃げ切る事もできませんし。一回変装する為にも、降りましょう。」

と言う事で、私達は地獄で降りることになった。

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